080-250 四大神
最後の幻術を解いた時、灰色の翼を出した天津が上方から私の元へとやってきた。
持久戦の最中、廃ビルの階段を登らされていたことは解っていた。
だが、まさか結構な高さまで来ていたことには気付けなかった。
思わず来た階段を少しだけ顧みる。
ただ、天津が金色の目をしていることから何となく悟り、天津に視線を戻した。
「そっちの術式は里の主が居る亜空間を繋げておく為に必要だったの?」
『ええ、その通りです』
いつも通り、ニッコリと微笑んだ天津が答えてくれた。
しかし、その笑顔は偽物。
「里の主が居る里、それは亜空間――私はずっとそう思っていたけど。実際には天界の一角だった。その場所が判明したから、里の主の本体が地界に接触している場所を特定し、塞がれないようにしている。でも、それが出来るのは四大神だけ」
だけど、女神は不完全だし、死神には天界での記憶が無い。
鬼神は魔力暴走を起こしやすい体質。
恐らく邪神にも何かしら欠けていることがあった。
だから4人掛かりで繋げるしかなかった。
天津は微笑んだまま黙っていた。
きっとそれが答えなのだろう。
「だから4人は幻術の解除の方法を知っていても、雷神を直接手伝う訳にはいかなかった」
『まぁ、その術式が安定してきたからか、3人は助太刀しに行ってしまいましたけどね』
諦めた様子で天津は答えてくれた。
花菜子は香穂里に、蓮は遠音に、黄は花菜子の付き添いという名目で紗穂里に、各々に会いたい人が居た。だから解らなくもない。
「天津は、私に会いに来てくれたの?」
『えぇ』
我ながら意地悪な質問だと思ったのに、天津は照れもせずあっさりと答えてくれた。
『これが本当の最後になりますからね』
「違うよ」
私は呟く。
「最後になんてさせない。その為の輪廻だから」
天津が目を丸くした。そして口を開きかける。
だけど、それは中央にあった結界が、遠音が解除し続けた最後の1つが崩壊したことで互いに続けることは出来なかった。
急に現れた属性神の強い気配に対し、すぐ上の階に居る花菜子が話し出す。
「ウチはな、過去にアンタらに封じられた女神の魂を元に転生したん」
天津がゆっくりと目を閉じる。
「細かい説明はせんよ、面倒やから。せやけど、最終的に女神の核はウチに戻ってきよった。女神にも成れん、寿命の短いウチの元に、や。それほどまで女神は切羽詰まってたんやろな。せやから過去の件を含め、代理の女神としてアンタらを助太刀することにしたんや」
「改心したかのように言っていますが、貴方の場合はそれだけじゃないでしょう? ……僕は単純明快。死神を担っていた姉さんに憧れたから、死神として立派に働こうと思ったまでですね。まぁ、要するに姉さんの代わりに死神の想いを受け継いだ、という訳です」
「各々の想いはバラバラですが、結局、私達は先輩方を "本物の相手" の元に導くことしか出来ません」
花菜子の後に、蓮、黄が続けて声を発した。
天津はゆっくりと目を開ける。
『この術式は一度だけ、術者の数だけ向こう側に送ることが出来ます。ですが、その範囲に居る者は全て巻き込まれてしまうので、貴方は絶対に上層階に来ないで下さい』
そう言って天津は上の階へと飛んで行ってしまう。
「鬼神っ?!」
香穂里の声に私は黙る。
属性神は本当に何も知らないまま、ただ必死に里の主を止めることだけを目標に歩んできた。
だから陰で四大神や私が動いていたことを知らない。
『そんなに驚くことではないでしょう?』
それには、天津が優しく答えていた。
不完全な四大神では里の主の悪行を止められない。
奥義である封印を施すことも出来ない。
だから属性神にその役目を託した。
しかし、属性神もまた不完全だった。
本来ならば、四大神と属性神は共に協力すべき関係だった。
だが、それすらも妨害されてしまった。
「邪乃丸、遊びは終わりです。これは返してもらいますね」
黄は怒りを込めた声色で言った。
きっと神器を返してもらったのだろう。
『半分は既に貴方に返っているので、私の分を返して頂きます』
天津はいつもより厳しめの声色で言った。
きっと核を取り戻したのだろう。
『それでも邪乃丸、貴方は何も出来ないでしょう。自身の核を分解し、あろうことか "神の掟" 以上に粉砕した核が元に戻ることはありません。尤も、様々な神の核を蓄えた本当の貴方なら、もしかしたら既に理解していることかもしれませんが』
術式の気配が消失した。
同時に属性神の5人の気配も無くなった。
きっと天界への移動が完了したからだろう。
私は第一声を考えつつも、上へと繋がる階段を上る。
「あかん。魔力切れやわ」
しかし、手前に居た花菜子に先を越されてしまった。
その右奥に居た黄が唇を紫色にさせて頷き返している。
よく見れば、術式の穴はまだ中央に小さく残されていた。
「このままでは、属性神が、戻って来られなくなります……!」
必死そうな最奥の蓮が答えた。
魔力切れを起こしている3人分をフォローしている天津は黙々と集中している。
だけど、徐々にその穴は小さくなっていた。
術式の形成には、花菜子の契約者となっている私も参加させられていたのだと思う。
だから5人目の枠で遠音を天界に送ることが出来た。
その分、4人は維持を頑張ったのだろう。
例え神器や核を取り戻して完全に戻れたとしても、それは直後に完全になる訳ではない。
しかし、だからと言って、今の私が魔力を貸す訳にもいかない。
「これが最後やねん! お願いやから! ウチはどうなってもええから!!」
花菜子の必死のお願いに私は思わず唾を飲む。
4人から同様の気持ちが窺い知れる。
私は……恨まれるかもしれない。
だけど、崩壊した天界が輪廻に巻き込まれたら属性神は消失してしまう。
万が一を考えたら、この術式を消失させる訳にはいかない。
そんな思考が私を突き動かした。
「ここに集う亡霊よ! 力を欲する彼らに汝らの魔力を譲渡せよ!」
それは蓮が遠音に託した魔力と手段は同じ。
だけど、亡霊から託す魔力は決して良質とは言い難い。
場合によっては魔力暴走を引き起こすかもしれない。
——それでも、私はこの奇跡に賭けた。
黒い影が渦を巻く。
良くない兆候だと悟ったが、私は絆を信じて願い続けた。
——お願い、属性神を守るための、力を!!
千尋は、良くも悪くも、とにかく優しい人。
純は、流されやすいけど、しっかりしている人。
香穂里は、我が強くて厳しいけど、ハキハキとモノを言える人。
紗穂里は、あれでもちゃんと、決意したことは貫き通せる人。
遠音は、見た目と違い、大人な考え方をする人。
『千尋ちゃんは我らのアイドルだ! 絶対に助けるぞ!』
強靭な複数の男性が出口を押し広げた。
『香穂里は私の自慢の娘。その娘の為ならば……!』
燕尾に仮面の男性がステッキで出口を支えた。
『あの子には、まだ私がついていないとダメなの』
凛とした女性の声で出口の収縮が緩和された。
――そして。
『もう、こんな不毛の争いはしたくない。純、がんばれ!』
この声に聞き覚えがあった私は目を丸くさせた。
嗚呼、これは、千秋さんの声――。




