079-(243)/248 連係プレー?
人間に見捨てられた時計は7時を指していた。
どちらの7時か、解らないが。
元々は高いビルの屋上にあった小さな遊戯施設だったのかもしれない。
今は階層を中抜きされ、すっかり低くなってしまっている。
私は数日程、そこのベンチに座っていた。
その角度は中抜きの衝撃によって偶然にも魔物の方角を向いている。
あの魔物は円と瞳の成れの果て。
それに遠音は止めを刺したところだった。
ビルよりも巨大化していた魔物は一瞬にして消滅する。
そして瓦礫の合間に出来た広場の中央に遠音は1人、呆然と立ち尽くしていた。
魔物に留まっていた瘴気がこちらにも薄らと漂ってくる。
雷神は、属性神の中でも微妙な立ち位置にいた。
そしてまた、輪廻の中でも常に遠音は微妙な立ち位置にいた。
校内では属性神たちと仲良くしていても、それ以外では決して交流は無い。
それが一定の距離を保つことになったのだろうが、結果として大切な友達を失うことになる。
つまりは、今の私と同じ。
だから勝手に共感してしまう。
しかし、それが彼女の狙いだとしたら、彼女は遠音に酷いことをしているとも感じとれた。
もっとも、今となっては彼女は死人。本心はもう誰にも解らない。
遠音が動き出す前にベンチから腰を上げた。
そして遠音が通ることになるだろう道を綺麗にしながら黒い建物に向かって進む。
大半のビルが崩壊している中、その黒い建物だけは禍々しい瘴気を放ち続けていた。
その瘴気で今が朝なのか、夜なのか、そもそも何月何日なのかも解らない。
近づけば近づく程、その感覚は消え失せて行った。
だが、こんな現状ではそんな日付も時間も、もはや何の意味もなさない。
なぜならば、敵ですら白い繭に包まれている挙句、地界にあったはずの地面が崩壊を開始している現状、最終日までのカウントダウンが既に始まっているのだから。
黒い建物は黒い蔦の呪いによって苦しむ黒い亡霊で覆われていた。
亡霊はどれも必死に手を伸ばしている。
私が近付けば一気に亡霊が寄って来た。
「里の主の願いは自身が原点に成ることだったのか」
私は呟いた。
黒い建物を黒い蔦と解釈すれば、建物の中は悪夢結界と幻術の複合体になっているかもしれない。
しかし、それらの術はどちらも1人では維持できないはず。
分析していたら亡霊の1人が私の腕を掴んだ。
途端に激痛を伴ったので慌てて退避する。
亡霊はあっさり離してくれたので助かったが、掴まれた箇所は薬品でも掛けたかのように皮膚が融けかかっていた。
「何しとんの?」
花菜子の声がした。
振り返れば、そこには真っ白の鎌を構えた花菜子が居た。
私は嬉しさのあまりに感無量だったが、私の腕に気付いた花菜子は大きく溜め息をついている。
「何やっとるん。そないな傷作って」
「花菜子……!」
思わず花菜子に抱き着いた。
「はいはい」
その間にも、花菜子は私の傷の治療に当たってくれている。
今はまだ、花菜子との契約はまだ続いている。
だからか、私の術を使って花菜子は傷を治してくれた。
「まだウチ、ここにおらんとあかん?」
「ううん。もう大丈夫」
答えてから離した。
「もう時間がないっちゅうに。雷神はどこで道草食っとるんや」
「もうすぐ来るよ。その為に道を綺麗にしながら来たし」
「さよか。そんなら、先に展開しておこうかね」
花菜子はそう言って歩み出したので付いて行こうとした。
だが、花菜子は立ち止まって振り返る。
「アンタは来たらあかん。これはウチらの仕事やからね。近くにおるだけで巻き込まれるで?
それに章二がおらん今、雷神を守れるんはアンタしかおらへん。
雷神は猪突猛進やからなぁ。多分、なぁんも考えずに中に突っ込んで、そのまま迷子になるで?」
そんなことは言われずとも解っている。
それでも、私も花菜子達と一緒に居たかった。
もっとも、先に止められてしまったのなら仕方ない。
「……聞いても良い?」
私は訊ねた。
花菜子は頷き返す。
「章二さん、花菜子の家族のこと、話しした?」
「何や、いきなり」
「お願い。答えて」
「? まぁ、なぁんにも聞いてへんよ。興味もないし」
花菜子は答え、首を傾げながらも歩み出す。
間に合わなかったのか。
私は内心で呟いた。
遠音が中に入った、という報告は矢文で齎された。
近くに居たからか、黄が放ってくれたらしい。
しかし、数分前から建物の亡霊が私の居る方面ではなく、逆側に集中していることには気付いていた。
報告から遠音が突っ込んで行ったからなのだろう、と勝手に解釈して、かなり太くなってしまった遠音との線を辿る。
なお、既に遠音は悪夢結界を1つ解除したところだったらしい。
「思ったよりも(解除が)早い」
私は呟きつつ、亡霊の隙間から建物のように見える結界に触れた。
亡霊がやって来るかと身構えていたものの、恐らくは花菜子辺りが引き付けてくれているらしく、痛みも無く手は無事で済んでいる。
薄らとしか記憶には残っていない。
だけど、必死に思い返しながらもその結界に術式を展開する。
修学旅行中に彼女が黒い結界を凍結し、ガラスのように叩き割った、あの術式。
誰にも真似できそうな簡単な模様なのに、誰にも成功できない、あの術式を。
「(それもそのはず、)」
私は遠音と繋がっている線から色を拝借した。
そして指先で、展開した術式の上からなぞる。
まるで鉛筆で下書きした上から色ペンで清書するかのように。
「(生命力を消費する禁術なのだから)」
綺麗になぞったら表層の結界にヒビが入っていった。
それを、恐らくは逆側に居る誰かが攻撃したのだろう。
表層の結界は一気に崩れ去った。
同時に、表層に居た亡霊が黒い煙となって蒸発する。
だが、内部にはまだ建物を維持する結界と亡霊が多く居た。
そこからは持久戦だった。
遠音が悪夢結界を内側から解除して、私がすぐに結界のように見えている幻術を外側から解除する術式を展開し、誰かが術式を利用して破壊する。
ただ、この無言の連係プレーが間に合わなければ里の主に先に悪夢結界を再生されてしまう。
遠音には悪いと思ったが、説明する時間も報告を貰う時間も惜しいので、遠音にはどんどん壊して進んでもらうことにした。




