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075-208/214 線を辿って

 線の途中で何かに絡まった。

 そこで遠音を上空から発見する。


 遠音は精神だけを夢の中に送っていた。

 しかし、それは精神と肉体が完全に分離して危険極まりない術式でもある。


 そして、遠音が先に侵入している所為で結界が強化されていたので私に入り込む余地は無かった。


『君独りで頑張り過ぎ』


 思わずテレパシーで伝えた。

 千尋の肉体も、欲望に満ちた精神も、どちらも直そうとしていたらしい。


 もっとも、遠音は首を傾げていた。

 全く、呑気なものだ。


『勝手に幻覚だと思わないでくれない? こう見えても、君よりは彼女のこと、解っているつもりだけど?』

『誰だよ?』


 遠音は警戒しながらも訊ね返す。

 しかし、今は私のことなど関係ない。


『誰だって良いだろ。それよりも、ウチは君のことが心配だよ』


 遠音の魔力は底を尽こうとしていた。

 それにも関わらず、出て来る気配はない。


 このままでは遠音が死ぬ。


 だから私は線を通じて遠音に魔力を分け与えた。

 それは輪廻の時に蓮が貸してくれた魔力。


 遠音は気付いて驚いているようだった――これもまた、彼女の導きか。


『死神に助けられた恩があってね……その死神に頼まれたから、仕方なく君と同じようなことをやって水神を引き止めていた訳だけど。彼女のもう1人の人格はちょっと厄介だよね。導こうとしたけど、追い返されてしまったよ。しかも、あの魔力量。あのまま現実に引き戻したら、聖地が危うくなるのでは? ……まぁ、あの先生ならどうにかしてくれそうだけど』


 聖地の守護神は恐らくあの人だろう、という目星はついていた。

 遠音はそれだけで警戒心を解いてくれたらしい。


『お前は、一体……』

『彼女と同じ魔物、と言ったら驚くかもしれないね』


 説明は面倒だったので省いた。

 でも、更に味方だと伝える為に続ける。


『出会った時に、既にウチは気付いていたよ。だからこそ、彼女との過剰な接触は(無意識に)避けた。こうして一緒に魔物の世界に引き摺りこまれる可能性はゼロではないし、完全に引き込まれたら引き込まれたで、私まで一緒に君らに破壊される危険性があったから』

『破壊……そう、それが解らない。どうして水神独自のこの世界を自身が壊す必要があるんだ?』


 自分の無力さを嘆くように遠音は言った。


『無力? 違う……君は独りで背負い過ぎなだけ。少しは相手を頼っても良いと思うよ。頼りに出来ない現状だったとしても、中には君のようなお人よしも居るかもしれない。そういう可能性に賭けないと、これから先、君はまた昔のようにボロ雑巾になってしまうよ?』


 病んだ者の末は自滅。


 遠音はまだ無力を嘆くだけの思考がある。

 それを越えた先が今の千尋。


 理解どころか思考が消滅した状態。

 暗示よりも面倒な、ただの思い込み。


『何、オレのことを知ったような口を……』

『知っているよ。だから言っている。そんな全ての世界を恨んでいるのが彼女だよ。世界を――というよりは、社会を嘆いている。が、その怒りをどこにぶつけたらいいのか解らないから破壊を繰り返している……特に意味は無いのに』


 ここは夢の中。

 夢を壊しても無になるだけ。自分を壊すだけ。


『その宮本に取り憑いているのは、何だ?』


 遠音の一言で確信が持てた。


『それは君が一番に解っているはずだよ』


 千尋と夢の中で出会った時、私は4つの気配を感じ取っていた。


 内2つは千尋本人のモノ。

 残りの2つは外部から齎されたモノ。その片方は千尋の母親の怨霊と思われた。


 遠音も悩んでしまったらしく、それ以上の追及は無かった。

 なので、私が行おうとしていたことを伝える。


『わざと取り込まれてみたら良いと思う。大丈夫――君には大きな別の加護があるから』


 別の加護は、もちろん彼女のこと。

 それに今、遠音の線に触れながら話をしているし、と内心で呟いた。


『それにいざという時は、ウチが現実に引き摺り出してあげる。……何、この世界は魔物同士で共有されているから、君を見つけ出すことくらいは簡単に出来るよ』


 線が絡まる、という現象は解らない。

 だけど、私がこの線に触れている限り、遠音を戻すことは出来るような気がしていた。


 もっとも、最後まで遠音が精神を保っていられるかは解らないけども。


『お前は……』

『言っただろ。君の味方だよ』


 私はそう答え、流す魔力を強化させた。




 遠音と千尋の攻防が始まる前に、私は一度、自らの意思で眠りから覚めた。

 とはいっても、私の意識の半分はまだ夢の中にある。


 天津は私の手を握っていてくれた。

 なお、他にも蓮が来ている。その蓮も私の手に触れていた。


「その表情だと接触できたようですね」


 そう言って蓮は私から手を離した。

 蓮の手には花の模様のヘアピンが納まっている。


「姉さんと花菜子さん、それから水神で交換し合い、3つのピンに魔力を溜めていたようです。そのピンを花菜子さんが貸して下さいました」


 言い終えると蓮は再度、私の腕にヘアピンを当てた。


「僕の魔力は存分に使って下さい。……あぁ、天津さんは寝ていますよ」


 私が天津を見ただけで蓮は教えてくれた。

 確かに、天津の目は閉じられている。


「短い間とはいえ一緒に暮らした雷神はもはや家族も同然です。その雷神をも助けようとしてくれているのです――何もしない訳にはいかないでしょう?」


 蓮は全てを解っていたようだった。

 だから安心して目を閉じる。




 もう一度戻った時には、既に2人の勝負は後半に差し掛かっていたようだった。


 夢の中であっても、やはり守護神という存在は強い。

 特に、その守っている土地と類似する環境では本領発揮がしやすいのだと思う。

 私が魔力をそんなに流していなくても、遠音はしっかりと地に足を着けて立っていた。


 もっとも、私が舟山と類似する環境まで導いたのは遠音の為ではない。

 元々は千尋と由縁のある環境から遠ざけるため。


 本来の水神は舟山のように水辺の近くだと有利になる。

 しかし、今の水神は不完全。それも複数の魂が宿ってしまっている。

 だから舟山のように神社や祠が数多くある地域では力が弱くなると考えた。


 結果的に誘導は大正解だったようで、遠音は容易に千尋の精神を肉体ごと破壊した。


 この魔界での肉体は壊しても再生するが、精神は再生しない。

 内心ヒヤッとしたが、遠音がポケットから水神の核を取り出したので安堵する。

 ポケットには、水神の神器も一緒に納まっていたらしい。


『このままだと、目覚めるのは裏側だろうな』


 遠音は私に言ったのだろう。

 だから答える。


『でしょうね』

『果たして、オレはここから出られるのかね?』

『君なら大丈夫。でも、君の身体は地界にしか戻せない。だから、境界からの脱出は他の4人の力に賭けるしかないよ』


 実際には、魔界にある精神は地界にしか戻せない。

 だから境界にある肉体ごと一緒に呼び寄せるしかない、という説明が正しい。


『なるほどね。で? その勝算は?』


 しかし、遠音は解ってくれた。

 伊達に彼女と長く連れ添った訳ではないらしい。


 だから、4人のことも加味して正直に答えてあげた。


『五分五分』

『だろうなぁ』


 まぁ、解ってはいただろう。

 ただ、まだ輪廻などという事象より確率は高い方。


『4人を信じて待てば良い』


 そう。それが信頼。




 私は遠音に蓮の魔力を多めに流し込んでから意識を肉体の方に戻した。

 しかし、自らの意思では目覚められないらしい。


 困っていると、不意にみのるの気配を感じた。


『つたえて、あげる』


 そんなか細い声が聴こえた気がした。


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