074-201 線を辿れば
――線を辿ってしまったらしい。
校内で暴れ回る千尋が見えた。
赤い目を不気味に輝かせて、薄らと微笑みを口元に浮かべて、窓ガラスも、教室の壁も、机や椅子も、蛍光灯ですらも、その全てを走り抜けただけで木っ端微塵にさせていた。
その赤い目は、堕転して欲望に乗っ取られている証拠。
千尋の欲望は破壊だったらしい。
このままでは、例え水神の肉体を直せたとしても欲望側の千尋が出て来てしまう。
「壊すのは、楽しい?」
私は訊ねた。
千尋が立ち止まる。
どうやら声は届くらしい。
「君が暴れる限り、誰も君を理解はしてくれないよ」
『理解されなくていい』
千尋ははっきりと答える。
『貴方が理解してくれても、他の人は誰も認めてくれないから』
おや、と内心で気付く。
理解者は要らないと言っているくせに、私のことは理解者だと思っていることに。
しかし、私はそのことを言いたかった訳ではなかった。
「見殺しにしたのは君自身でしょ?」
『さっきっからうざいなあ!! アンタのことも壊してやるから出て来いよ!!』
今の千尋は本来の千尋を殺している。
つまり、本当の理解者は自分の中に居る。
だけど、それを説明することは難しい。
私は立ち上がり、ふわふわした空中から廊下らしき場所に降り立つ。
その途端、目の前にパンチが迫って来ていた。
大会の時だったらこのような威勢が欲しかった。
そう思いながらもパンチを受け止める。
そして、そのまま千尋の腕を捩じるように自分の肩にかけて背負い投げを決めた。
もっとも、それだけだと容易に起き上がって来るので片腕を足で踏みつける。
『何者だよ?!』
「君と同じ死人だよ。でも、君と違って現実を見ているけど」
足と腕の攻防は続いた。
しかし、その最中でも優位な私は口を開く。
「君は本当に自分のことを死人だと思っているようだけど、別に君、死んだ訳でも、生まれながらに死んでいた訳でも無いよ。……君はまだ生きている。確かに、尋雪さんは亡くなってしまったけど、君はまだ生きているのだよ。尋雪さんの分も生きて、この生を楽しもうとは思わない?」
口調は普段の私ではない、と客観的に思った。
なぜか、自然に出てきたモノ。
もしかしたら、千尋自身が苦手にしている相手の口調なのかもしれない。
『……楽しく何て、ない』
千尋は否定して横を向く。
それはまるで、過去の自分を見ているようで悲しくなる。
「それは楽しくないと思い込んでいるから。君は現に破壊という今を楽しんでいるじゃないか」
だから敢えて圧迫する。
「痛さを感じる。悔しいと思う。それは今も生きている証拠。死んでいたら破壊出来ないし、悔しいという感情さえも失う。それが死人の世界。それに、そんなことを言ったら純が泣くよ?」
『じゅん……』
一瞬、本来の千尋に意識が戻った気がした。
今なら解る。
千尋と純は思考が似た者同士だった。
だから純は私ではなく千尋と一緒に居ることを選んだ。
千尋の力が抜けたことを理解して足を外す。
「お迎えが来たらちゃんと帰りなよ?」
私はそう言って、自分の名を呼んでくれた者の元へと戻ることにした。
「……紫、」
「もう、大丈夫」
私は天津の言葉に答えた。
天津の安堵の溜め息から私が魘されていたのだろうと悟る。
もっとも、嫌な汗もたっぷりと掻いていたから理解できたのだが。
「千尋に会った」
その一言に天津が目を丸くした。
「でも、本来の千尋では無かった。欲望に飲まれた千尋だった」
「そう……でしたか」
天津は答えながらも、近くに置いてあった矢文を手にする。
「ユリさんから連絡が来ました」
「……ユリさん?」
「市原ユリさん、ですね。貴方は先生と呼んでいるようですが」
納得して、手で催促する。
天津は頷き返して答える。
「『娘が一時的に目覚めた。このままだと雷神まで水神に引き摺られて死んでしまうと予言した。聖地の守護神曰く、雷神は危険な水神の夢に入り込んでいるとは連絡が来ている。このままでは過去の輪廻と同じ結末を迎えてしまうかもしれない』」
「……線を辿れば、夢に辿り着く」
私は呟いた。
多分、千尋の夢に潜れたのは無意識に線を辿ったから。
「だけど、辿り着いても次は潜り込めないかもしれない。今回は直前まで暴れ回っていたから結界まで意識されていなかっただけ。何か……媒体になるものがあれば……」
しかし、そこで輪廻が暴発しそうになった。
先に気付いた天津が調整してくれたものの、もしかしたら魘されていた時にも暴発していたのかもしれない。
そう考えたら、天津に捜索に出てもらうことは止めておいた方が良いと感じた。
だから天津の手をしっかりと握り返す。
「一緒に、居て欲しい」
たぶん、次話は3日後になります。




