072-177/187 絆が生む奇跡
そして、数日後の早朝に学園が炎上したと見張りから一報が入った。
一瞬だけ緊張したが、それもすぐに治まる。
火が治まって、雷神が他の4人を引き連れて学園の傍に行くまでは、きっとまだ時間がかかるはず。
まだ術式を展開するには少し早いだろう。
それは全員一致の思惑だったらしく、逆に安堵の溜め息を結界の主はついていた。
「ある意味、想定通りに動き出してくれてよかったな。このまま動かなかったらどうしたものかと……」
「火災に関しては結局、犯人や原因が判明していませんでしたからね」
「そもそも追える手隙の奴がいなかったからな。しゃぁない」
なんて会話を聞きながらも、店長はさっさと術式を展開する準備に入っていた。
「俺の術は安定するまでに時間がかかります。なので、お先に発動して安定化に努めます」
「よろしく頼みます」
「ってこたぁ、結界も強化しておくかね」
私に出来ることは今の所、全くといっていいほど何もない。
いや、何も思いつかない、と言う方が正しいかもしれない。
それから体感ではあるが、更に半日から1日くらい、経過して。
やっと次の一報が入った。
矢文を急いで広げた天津が唾を飲みこんでから全員に伝える。
「雷神が残る2人と合流し、聖地に入ったようです。しかしながら、水神はまだ目覚めていません。雷神は水神を直す為に幻の本神と出会う予定のようです」
時計は9時過ぎを伝えていたが、それが朝なのか夜なのか、景色が変わらない結界の中では判別出来なかった。
しかし、情報としては十分。
本神というのは、確か数度ほど彼女が出会っていたと思う。
記憶には無いものの、その神の名前だけは聞き覚えがあった。
だからきっと、雷神も本神に会えるとは思う。
その知らせは様々な者の耳に届いたらしく、時間が経つにつれて協力者が続々と集まって来た。
恐らくは森の妖怪であろう数名に夢魔、どこかへと行ったり来たりを繰り返す蓮、金色の狐の姿で魔力を温存しているらしいコンノ、その他にも、アコや、アコそっくりの男の子まで居る。
ただ、既に私は店長の地面に展開した術式の中に立っている。
恐らく、術式に組み込まれているのだろう。だから一歩も動けない。
ただ、会釈程度で挨拶を済ますことしか出来なかった。
「紫!」
天津が何かを掲げていた。黄色の矢文だと悟る。
「境界に5人が入ったと知らせがありました! 発動させて下さい!」
それを合図に、私は輪廻の術式を自らの周囲に展開した。
どのくらい経ったか、解らない。
とにかく、輪廻が過去に戻せと言う。
煩い。
煩い。
必死に抵抗するほど煩くなる。
このままでは、ダメだ。
でも、焦るほどにそれは浸食してくる。
意識が、肉体から離れつつあった。
『大丈夫だよ』
アコが私の意識を押し戻してくれた。
無言で手伝ってくれている、アコと同じ顔の少年が私に皆の頑張りを教えてくれた。
結界の主が店長の体を支え、店長がひらすら東都の地図を片手に詠唱し続けていて、いつの間にか来ていた市長が結界の主の代わりに結界を維持している。
恐らく市長は章二と交代したのだろう。章二は唇を変色させていた。
『呪いはあたしに任せて』
そうか。輪廻自体、呪いだったのか。
だから私に原点が付きまとう。
『だから今は範囲に集中して』
店長は立っていられない程に消耗していた。
それは、私が集中できていない所為かもしれない。
結界の主に伸びる水色の線を通して魔力が送られていた。
嗚呼、このままでは夢魔の少女まで引っ張られてしまうかもしれない。
私の発想は、本来なら最終手段だったのかもしれない。
これが正答ではなかったのではないか、という不安に襲われた。
このまま輪廻すれば、もしかしたらワンチャンス、奇跡を起こせるかもしれない。
『その奇跡は取っておくべきよ』
そう、それで何度も輪廻を起こし続けていた。
結局は、時間を戻せばいいという甘えからきている。
大地は既に未来を育む力を失い、涸れ果てた砂漠が国内でも増え続けている。
本来ならば、未来で改変されなくてはならなかったことが、輪廻によって技術も知識も繰り返してしまった。
だから、誰も彼もがその衰退に気付けなかった。
それでも、ここに集まった協力者は衰退に気付いていた。
だから、私の大きな賭博に付き合ってくれている――全員で勝ち取る為に。
皆が、私を信じてくれているのだと理解した。
『それなら貴方も皆を信じて』
彼女の言葉が全てを打ち払ってくれた。
輪廻はさせない。
だから過去を想像せずに、自分の目で見て来た東都の街並みを思い出す。
濃霧のように、全容をしっかり思い出せる訳ではない。
でも、それで良い。
濃霧のまま、東都を凍結すればいい。
全て、あの死体の氷の塊みたいになれ。
誰一人、心臓以外を動かすことは許さない。
「ここで死んだら、2人はもう二度と輪廻せんで? しかも、アンタも心がのうなる」
修学旅行の最終日に花菜子が言い放った言葉。
そこから私は自らの意思で2人を助けた。
そして妖刀の呪いを全身に受けた。
切り裂かれる肉体。
その時の痛みは半端なかったと思う。
涙を流していたことは覚えている。
でも、それが痛みからなのか、死ぬことに対する悔しさなのか。今でも見当はつかない。
花菜子は私の核を手に取った。
そして、私を彼女の元まで運ぶ。
「ありがとう」
花菜子が立ち去った後、何故か彼女にそんな言葉をかけられた。
「貴方の核は私や原点だけではなく、この世界そのものと同化し始めている。そういう意味では、お父さんにとって貴方は最高傑作だと思う。
だけど、ごめんなさい。私は貴方を砕いて記憶を分散させないとならないの。
そうしなければ、貴方は2人の親友のことどころか、花菜子との思い出まで失ってしまうことになるから」
彼女は私を撫でた。
その手のぬくもりは、お父さんよりも暖かくて、優しくて。
「大丈夫。全てと繋がれば自然と解るから」
彼女が強いのは、全てと繋がっているから。
繋がった相手のことを、信じているから。




