068-(175) 怒髪天を衝く
天津は四天王に応援を頼んでいたらしい。
だから、駆け付けてくれた時には既に戦闘は終わってしまっていたものの、後処理を任せることが出来た。
なお、その四天王の内の1人が、少し前に東都に短時間で渡れる一方通行の結界道を発見していたらしい。一緒に居た部下たちは、その入口までの案内人でもあったとか。
そのため、天津と私はその道であっさりと東都に戻って来ることが出来ていた。
しかし、結界道の出口となっていた場所は、赤子を発見した集落とも異なる、何もない悪森の中だった。悪森から出たところの電柱にあった地名から、東都と言ってもまだ隅の方らしい。
そう私に言った天津は、方位磁石と太陽の位置、遠目にビル群を順に眺めつつ、恐らくは進路を確認している様子だった。
天津の秘密部屋に戻るのは、恐らくかなりの危険が伴う。
何となくだが、それは私も感じ取っていた。
挙句、この近くに結界道への入り口は無い、と天津が言い切った。
「どちらにしても、この荷物を狙う者が出て来るでしょう。ですが、元から各地の結界師や守護神に均等に届けなければならない物です。ここで二手に分かれましょう」
「半分、手伝うよ?」
「いえ。配布は白雲運河の役目です。しかし、貴方には白雲運河の姿への変身の許可は下りていませんので、これは私に任せて下さい」
天津はそう言いながらも空間に穴を作成していた。
天津は結界道に自らの結界を繋げる力を持っているらしい。
だから、あの時も私の呼びかけに応えてくれた。
「ここから最も近い、比較的安全な場所は本拠地です。そこまで行ければ、神社同士の結界道を通って私の秘密基地の近くまで行くことが出来ます」
本拠地、というのは花菜子が居る場所だとすぐに勘付いた。
だから頷き返す。
天津はどこか不安そうな表情を見せていたものの、麻袋から何かを取り出し、私に1つ渡してから穴へと消えていった。
握らされたのは魔法石だった。
その魔法石は私と天津の赤い線に引っかかっている。
私の線はあちらこちら、本当に色々な箇所から、気持ち悪くなるくらい沢山伸びていた。
それこそ、赤子を救う為に尽力してくれた女性に伸びる線まである。
もっとも、天津に比べたら全然少ない方。
天津の線は色とりどりで、注視してしまえば天津の顔すら見えなくなってしまうほど。
だから、まずは線を自然と見てしまわないように力をコントロールする必要があるとは思っていた。
「じゃないと、線の所為で天津の顔が見えにくかったし……」
とはいえ、それも本拠地に無事に着いてからの話し。
私は線の中から花菜子に続く1本を探し出し、それを頼りに進むことにした。
穴の空いた大地に、半壊しているビルや家屋。
その穴は徐々に浸食しているらしく、半壊している箇所からポロポロと、時に団塊となって全てを飲み込んでゆく。
人気はもはや全くない。
黒い面すらも、黒い砂と化して風に晒されている。
人間が目撃したら絶望するだろう。
だが、私には絶望とは思えなかった。
不意に、私のすぐ傍の空中に小さな穴が空いた。
空中の穴は何度か目撃していたので何となく悟る。
見様見真似、私はその穴に手を翳した。
しばらくして、その穴から1本の矢の頭が現れる。
それを引っ張れば穴は即座に閉じてしまったが、手元の矢はそのまま残った。
矢には、おみくじのような形で手紙が縛られてある。
ただ、その手紙は赤色だった。
緊急、ということだろうか。
『大至急、本拠地に集合せよ。』
手紙にはその一文だけだったが、私は花菜子に繋がる線に違和感があったので、その隣に沿うように存在するいくつかの線から章二の線を探す。
だが、それに触れてすぐに悟った。
本拠地が襲撃されたのだと。
穴を避けながらも、何とか私が駆け付けられた時には、境内のあった大きな屋敷の方には何も残されてはいなかった。
何かで地面ごと、削り取られたような平坦な黒い土だけが露出している。
しかし、線はこちらではなく奥側へと繋がっていた。
奥へ向かえば、私が避難所のように使用していた家の2階部分さえも奪っていた。
削り取った何かは、木々や竹の上半分も一緒に奪ったらしい。
ただ、こちらは境内よりも低めの位置にあったためか、1階部分の基礎と井戸だけは残されていた。
線は、その井戸の底から伸びている。
『こちらです』
坂の下方、奪われなかったらしい竹の合間から黒猫姿の蓮が顔を覗かせていた。
周囲を警戒しつつも、その黒猫と共に、更に坂の下の方へと移動する。
そのあたりの竹林は無事だったらしい。
身を隠しながら更に下り、麓までは行かない辺りに横穴が空いていた。
横穴と言っても、人間の場合は這って進まないとならないくらいの大きさ。
そこへ黒猫が当然のように入っていく。
横穴はかなり暗かった。
そして、抜けた先には石畳の牢屋になっていた。
手前から数個目の牢屋に入ると、更に奥へと繋がる部屋があった。
手前の壁に寄り掛かり、警戒していたらしい白雲運河が私達を黙認して中に通す。
そこには、ベッドに寝かされた章二と花菜子の姿があった。
「里の主の幻影に襲撃されたようです」
最初に口を開いてくれたのは、いつの間にか黒猫から人間の姿に化けた蓮だった。
「偶然にもその幻影を監視していたので、すぐにここが標的にされたのだと解りました。しかし、忠告が遅れた所為でお2人が被弾をしてしまって……」
『元々、白雲運河の中で真っ先に狙われるのは章二だった。もちろん、私とて彼の命を無下にはしたくない。……長い付き合いだから。だが、やるべきことが最優先。本来なら、この時だって1人でも多くの命を救わなくてはならない。だから貴方が深く気にすべきことではない』
「私もすぐ近くには居ました。ですが、幻影に近付き過ぎて私の存在が明らかになった方が危険だとご主人様、えっと、花菜子に言われていたので、幻影が消滅するまで近づくことが出来ませんでした」
蓮と白雲運河の発言、奥の給湯室から出て来た黄の発言から事情は察した。
「でも、幻影が原因で昏睡に至っている訳ではないはず」
眠る2人からは気配が読み取れなかった。
しかも線の色が薄まってきている。
即ち、危険な状況ということ。
「それは、鬼の面がいたから……です」
「……封印されていた円と瞳が動き出したのね?」
私の質問先は、後ろからやってきた天津。
天津もまた赤い手紙を握り締めて頷いた。
「申し訳ない。魔法石を回収しに北都へ戻っていました。まさか、その間に封印が解けるとは思ってもなく……」
『でも時間稼ぎには十分だった。東都の住民の大半はシェルターに避難してくれた。残っているのは、ごく一部の、それも有能な戦士のみ』
天津の懺悔に対し、白雲運河は軽く労う。
『それで、魔法石は配布できた?』
「いいえ、まだ半分にも至っていません。元々、魔法石は運命から離脱した者。つまりは、属性が宿っている物になります。利用者との相性が合わなければ毒にもなり得ますから、時間をかけて慎重に選んでいます」
白雲運河の質問に答えた天津に対し、今度は蓮が訊ねる。
「北都は無事でしたか?」
「いいえ、あちらにも幻影の襲撃がありました。もっとも、幻影自体は主人が退治しましたから、今はその後片付け程度で済んでいるでしょう」
『幻影を?』 「退治??」
これには白雲運河も蓮も驚いているようだった。
しかし、これは何度も出来る芸当ではない。
あの時は、線が1本だけだったから的確に細くなっていた箇所を絞れて斬ることができた。
これが複数あって、本体との距離が短い線だったら、探している間にこっちが浸食に負けてしまう可能性がある。
「東都と北都にはかなりの距離がありますからね。幻影も適度に弱くなっていました。それに、北都の結界は幻影の魔力を半分くらいに出来ますから、結果的に処理できてしまいました。
まぁ、本来なら私も残るべきでしたが。元々、その権力で養成所を作ることが目的で、既に達成しています。この一件が片付いたら四天王の地位は5位の妹に譲るつもりでしたし、丁度良かったのですよ」
天津は私の心情を察してか、そのようにうまく答えてくれていた。
白雲運河と天津は魔法石の配布に行き、寝ている2人を任された黄はしばらく蓮と会話を交わしていた。
2人の会話を聞くに、どうやら蓮と黄は彼女の居た森に住んでいたらしい。
黄こと龍子が家出をしたのは、彼女の傍を離れなかったリュウ様も魔力暴走をしやすい体質であり、その要因が龍子の持つ魔瘴と魔力暴走にあった為らしい。
一方で、蓮は亡きリュウ様から継いだ、私達のような有能な戦士の集まるチームとの連絡係を担っているらしい。
そちらのチームのことは解らなかったが、チームの1人がシェルターに入らなかった理由が、家出して捜索中の家族が数日後に始まると予言されている濃霧の主犯格だから、とか。
そこまで聞いた辺りで私は外に出た。
そして、更に薄くなりつつある線に触れる。
線は生命力そのもの。
だから私は花菜子に生命力を流そうと試みた。
しかし、あくまでも互いの生命力が絡み合って線になっているだけ。
線を通して強く流そうと念じても流せる物ではなかった。
何度も、私は円と瞳を見殺しにしようと思った。
修学旅行の最終日の時も、天津が封印をした時も。
そんな2人を救ってくれたのは、私ではなく花菜子と天津だと思う。
それに、花菜子は女神の核を持っている。
花菜子を失えば、きっと黄は路頭に迷う。だから花菜子も助けたい。
しかし、完璧な彼女はもう、私の声の届かない場所に行ってしまっているだろう。
私は意を固めて美島市に向かうことにした。
「で、ここまで来た、と?」
舟山の結界の主が怪訝そうな表情で私を見つめていた。
頷き返す私に対して大きな溜め息で返される。
「確かに巫女さんは完璧だった。それこそ俺が居なくても結界に支障が出ない程。だが、それは仲間の絆があってこそ。今のアンタには……」
「別に完璧になろうと思っている訳じゃない。ただ、私は彼女から継いだ、この力を使いこなす方法が知りたい」
そう言って、今まで我慢していた、線が視えてしまう能力を全開放した。
1対の目なのに、異なる2対の目を持ってしまったような感覚。
きっと結界の主からは、先程から一転、金色の眼孔の中に2つ目の赤色の瞳孔が現れているように見えるだろう。
それが切り変わった途端、結界の主から多数の線が視えるようになる。
「・・・」
結界の主は私の目を見ても驚かなかった。
一瞬、彼女のこの能力を知らないのではないかと脳裏に過る。
しかし、結界の主は知らなかった訳ではないらしい。
「巫女さんは線に触れるだけで、本来ならば2人にしか解らない過去を読み解いていた、と聞いてはいる。アンタがどこまで出来れば納得するかは解らんが、実験体になってやっても構わない」
提案には正直に言って驚いた。
「結界の主には何も利益が無いのに?」
「いや、流石に条件は付ける」
「……その条件は?」
「今後、俺と情報交換する相手になれ」
これには思わず唖然とする。
「それだけ? という顔をするな。
確かに巫女さんは完璧だったが、人間味は全くと言って感じられなかった。効率は良いが薄情とも思えた。それに比べて、今のアンタは時間の穴を埋めようと努力している。世界状況よりも、原因追及よりも、必死に自分と向き合っている。そんな度胸の据わった奴が成長しようともがいているんだ。年長者として手伝ってやるべきだろう?」
「それに、その行動力は嫌いじゃないからね」
気配も無く返答があったので身構えたが、その人物は小屋の中に居たらしい。
小屋のドアから大欠伸をしながら少年が出て来ていた。
「巫女とは関係なく、君は何度も健気に市内に通っていたでしょ? 例え上からの命令だったとしても、君のことを迎え入れていたのは僕のお気に入りだったから♪」
「市長は玩具にしていただけじゃないっすか」
市長と呼ばれた少年は失笑を返す。
しかし、それで私も納得できた。
美島市には結界がかかっている。
市内は目前に居る市長のオーラで溢れていた。
ここは結界の主の中とはいえ、この結界自体にも市長のオーラが混じっている。
だから結界の主の気配にも市長の気配にも、同化しすぎていたから気付けなかった。
「まずは小手調べ。僕と情報屋――じゃなかった、結界の主との関係性や過去を探ってみて」
2人の間には、太過ぎず、細過ぎもしない緑色の線で繋がれていた。
その線に触れてみる。
結界の主にとって、市長は親のような存在らしい。
大人の市長が本来の年相応の姿なのか、背の低い結界の主が怒られている場面が最初に打ち出された。
市長にとっても、結界の主は息子のような存在らしい。
だが、こちらはヤンキーの格好をした結界の主が少女を助け起こしている場面だった。
少女ということは服装から解るが、顔はぐちゃぐちゃで解らない。
きっと事故か何かだろうと察した。
自分の生命力を自然と流していたらしく、もっと深く潜ろうと、線に根を張るようなイメージを持った。
市長の方から、結界の主に対する親心を感じ取った。
しかし、同時に悪寒を感じたので停止させ、意識を現実に戻らせる。
気付けば、私は口で息をしていた。
喉はカラカラ。目の前がグラグラと揺れている。
「戻れたようだね」
市長の一言に頷き返すのが精一杯だった。
そこに、いつの間にか傍を離れていた結界の主が戻って来る。
その手には水の入っているだろうカップが握られていた。
それを渡される前に、奪い取って飲み干す。
「巫女さんも前に言っていたからね――この能力は欲望と直結しているから戻れなくなることもある、と」
「よくお冷を求められたね」
「懐かしいねぇ」
そんな2人の会話にも、まだ、思考がついていかなかった。
「結果は聞かなくてもいいや。というか、当人同士だから良く解っているし」
市長はそう言いながら私の肩に手を当てた。
私の魔力をコントロールして、乱れてしまった体内の流れを良くしてくれているのが良く解る。
「でも、使いこなしても誰かの命を救うことは出来なかった」
私はピクリと肩を震わせる。
「彼女もまた、自分と酷似した顔の死を沢山見ることしか出来なかったんだ」
市長はそう言い残し、小屋の中へと戻って行った。
ここに居ても先には進めない。
この能力でも花菜子は助けられない。
ならば、私がここに居続けることに意味はない。
残念だが、これが現実であり、私の結論だった。
「まだアンタに心を許していない白雲運河が居るだろ?」
帰還という道を選んだ私に、唐突に結界の主が訊ねた。
頷き返しながらも答える。
「それが何か?」
「夢魔の少女・みのるのことは覚えているか? そいつと俺と、その白雲運河には只ならぬ関係を持っている。まぁ、所謂チームとは異なる関係だ。それに気付けたら、白雲運河の正体が解るかもしれない」
もっとも、もう1人の白雲運河の正体なんてどうでも良かった。
「白雲運河に変身する道具は容易に入手可能。ということは、正体を知らないと騙される可能性もあるってこと。恐らく、アンタの妹も正体を知らないだろう?」
「……何が言いたい?」
「今、誰がアンタの親友を守っているのかな?」
結界の主の意趣に気付き、私は目を丸くさせた。
願うように、崖の上に咲き乱れる彼岸花の道を突き進む。
その上空を、人蝕の繭が次々と後方へと向かっていた。
私が戻って来ると、黄の気配が薄かった。
代わりに、白雲運河の姿をした何者かが花菜子の首を絞めつけている。
「止めろ!!」
白雲運河が振り返った。
そして魔弾をこちらに投げて来る。
瞬時に、その白雲運河が里の主の幻影、それも主力であると理解した。
特徴的な黒くて太い線だけがある。
幻影は、恐らく本物が居る方面の空中を斬られると消滅すると判断したのか、不自然なほど壁に寄っていた。
確かに線は見えにくくなる。
だが、今の私はかなり頭に血が上っていた。
「幻影如きが神聖な白雲運河の衣を借りて私の友人に近付く、なんて言語道断! まして油断した妹を襲撃するなんて絶対に許せない!!」
小次郎に斬れないモノはない。
それならば、と私は構える。
「その術、一生使えないモノにしてやる!!」
そうして私は、若干見えていた線に対して縦に刃を刺した。
私の想いに応えるように、小次郎はその傷から線を縦に切り裂いてくれる。
そして、幻影の面も縦に割れた。




