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067-000 時空乃守

 時間が無いということで、天津と私はすぐに北都へ旅立つことになった。

 東都を離れるまでは蓮が護衛を担い、道中で出会ったら分離して幻影を引き付けてくれるらしい。


 しかし、そんな心配をしなくても良かったくらいに、北都側へと渡れる、東都の隅にある集落へと入ることが出来ていた。無事に避難できたのか、心配になるくらい生活感が残っている。

 だからか、蓮は集落に残留者が居ないか、自然と見回りに出て行った。


 その間、私は天津と2人、一軒のお宅で食料を拝借しようと探させてもらっていた。


『……このお宅、少し作りがおかしいですね』


 隣の部屋に居る天津が私に伝えて来たので、手を休めて周囲の気配を伺い、何もないことを確認してから天津の方へと向かう。

 天津は壁の一ヶ所に手を当てていた。


『ここに手を当ててみて下さい』


 言われた通りに、天津が離したヶ所に手を当てた。

 すると、赤子らしき泣き声が聴こえてくる。


 超能力者の赤子は、本来の声の他にテレパシーを自然と発してしまうことがある、と文献で読んだことがあった。

 ただ、自分の感情が解らないから、泣き声と同じく言葉や文字にはならない。


 私が天津に頷き返すと、天津は溜め息をついてから美しい大声を出す。


「そちらに、どなたかいらっしゃるのですか?」

「っ?!」


 急に壁の奥からガタガタッという音がした。

 中の空間は相当狭いのか、反響していることまで解る。


 東都の避難勧告は東都地方全域に出されたはず。

 それでも避難せず、気配やオーラを遮断する空間に居るくらいだから事情があるのだと思う。


 ただ、このままでは出て来てくれないと感じた私は口を開いた。


「私達は発令された避難に応じず、北都へ向かおうとしている者です。もし、お1人で避難が出来ないのであればお手伝いします」


 しばらく、静寂が漂った。

 でも、このままだと相手は死を待つことになってしまう。


 どんな相手であれ、幻影に捕まれば糧にされてしまう。

 まして赤子なんて、想像したくもなかった。


「……北都に、向かわれるの、ですか?」


 やっと返答があった。

 随分と若い女性のような、しかし、芯がある声。


 私は頷きながら答える。


「はい。これから北都へ行きます」

「……良かった……」


 不意に、壁に当てていた手の先から嫌な感じが伝わって来た。

 脳裏にヤバイという文字が過る。


 慌てた私は、その壁を破壊する術式を描いていた。


 天津が言葉を発する間もなく壁を破壊して空間を露見させる。


 しかし、そこには女性なんて居なかった。

 代わりに泣きじゃくる赤子がベビーベッドの上に居る。


「この子を、アカネを、北都の門番まで、届けて下さい」


 声だけが空間から放たれる。


「この姿になってしまったら、私ではもう、動けませんから……」


 唖然とする私の肩を天津が叩く。


「解りました。この子は必ず門番に届けます」

「お願いします」


 不思議なその空間に雨が降ってくる。



 見回りに行った蓮は戻って来て驚いていたものの、天津の説明で納得し、見回りの結果(誰も居なかったこと)を報告し合っていた。

 そして、蓮は結界道を探しながら戻るらしいので、私達は赤子と3人で進むことになった。


「蓮君は黄のことが心配だから戻るんだよね?」


 東都地方を出て北都へと向かう道中、天津に訊ねたら失笑が返された。

 まぁ、何となく気付いていたので気にはならない。


「それで、この子のことは、門番に何て説明するつもり?」

「いえ、多分もう連絡はいっているはずですよ。北都の玄武族と白虎族は協力関係にありますから」

「……うん?」


 思わず首を傾げた。

 が、天津は解っていたらしい。


「赤子を守っていたのは、あの空間に化けた玄武族の女性でしょう。玄武族には特殊な遮断空間を生み出す奥義があると、大昔に聞いたことがありますし。ですが、その奥義を使ってしまったら最後。元の姿には二度と戻れません」

「そんな……」

「そして、北都の門番は基本的に白虎族が担っています。これは北都では有名な話ですね。ですから、恐らくこの幼子は玄武族の女性の手で北都に避難されようとしていたのでしょう」

「でも、あの集落で命の危険を感じ、守る為に奥義を使った、と?」

「まぁ、そういうところだと思います」


 集落を出てからは荒れた田畑が続いている。

 収穫されずに伸びすぎた野菜、明らかに稲穂ではない植物が放置されていた。


 赤子は泣き疲れたのか、静かに寝息を立てている。



 赤子は泣いては寝て、を繰り返した。

 しかし、拝借した食料の中には赤子が食べられそうな物はない。


 だから仕方なく、途中から走って北都へと向かった。



 北都地方の被害は関所のお陰で本当に最小限で食い止められているらしく、道中でいくつか立ち寄った関所では厳重な警戒網が敷かれていた。

 もっとも、天津は北都に戸籍を置いていたらしい。しかも有名人らしく、私は "その連れ" というだけで優先的に通してもらえた。



 いくつかの関所を抜けて、やがて北都の大きな関所までやって来た。

 東都と違い、北都は周囲を巨大な壁に囲まれている。その入口となる関所こそ、通称は大門と呼ばれる場所。


 だが、流石は東都と肩を並べる北都。

 そう簡単には門番にすら通してもらえず、長蛇の列を待つしかないようで。


 その間に、赤子が弱々しく泣いた。


 頑張ってあやしても赤子は泣き止まない。

 列の周囲に居る年配の女性に託しても、哺乳瓶のミルクを分けてくれようとしてくれても、赤子は受け取る素振りも見せない。


 中には苛々した老人がこちらを怒鳴りつけることもあった。

 だが、年配の女性たちが反論して言い負かしてくれる。


「声質からもしや、と思って来てみれば」


 不意に背後から声をかけられて振り向けば、関所の紋章を付けた軍服の男性が立っていた。


「君が玄武族の方かい?」

「玄武族ではありませんが、道中で玄武族の女性からこの子を預かりました」


 天津は丁寧に答えて会釈する。

 すると男性は目を丸くした。


「ありゃ、天津さんじゃないかい。ってことは、玄武族の方は死んだのかい?」

「死んではいませんが、奥義を使用したようです。なので時間の問題でしょう」


 答えた天津は泣き止まない赤子をチラリと見る。


「それよりも、この子には何を与えれば良いのでしょう? 弱っていることは解っているのですが、何分、子育てなどしたことがありませんので」

「そりゃ大変だ! アカネちゃんはこちらで預かるよ!!」


 男性は赤子の名前を言っていた。なので安心して渡した。

 名乗りもしなかった男性はそのまま門の方へと走り出す。


「玄武族って聞こえたんだけど」


 先程の年配の女性が私達に声をかけてきた。どうやら話を聞いていたらしい。


「それなら、私の持っているミルクも違う配合にしなくちゃならないのよ。まぁ、流石にその配分は違う種族の私にも解らないけどねぇ」

「そうだったんですね」


 納得している間にも、先程の男性が若い男性と一緒に戻って来る。


「間違いなくアカネちゃんでした。届けて頂き、ありがとうございます」


 若い男性は恐らく偉い地位の方なのだろう。

 それに、わざわざ御礼を述べる為に来た訳ではないだろう。


 私と天津はその場で直る。


「この現状では大した御礼は出来ませんが、優先的に検問に回させて頂きたいと思いますので、どうぞこちらにおいで下さい」


 そう言って男性2人は門の方向に道を示してくれていた。


 私達は後に続きながらも、気になった私は振り返る。

 すると、年配の女性たちが、まるで自分事のように嬉しそうに手を振ってくれていた。


 その分、女性たちの順番が遅れてしまうというのに。




 あの列を待っていたら数日かかっていたらしい話を聞きながらも、北都の繁華街を抜けて、比較的静かな愚者の塔、その近辺へとやって来る。

 周辺にはボロボロの軽食店が立ち並ぶ辺りで天津と分かれ、その近くにあった公園のベンチに腰を下ろした。


 つい数ヶ月前、この辺りには来ているというのに、その時に比べても静かすぎて気味が悪かった。

 あの時は、円と瞳の行動を注視しすぎて周囲が見えていなかった気がする。


 そう考えている間にも、時折、私を監視するような強い視線が向けられた。

 でも、どれもかしこも敵意がある訳ではないらしい。


「何か?」


 何度目かの、同じ視線に対して訊ねた。

 相手はすぐに隠遁する。でも、場所が解っていれば意味はない。


『何で私を監視しているの?』

「ち、ちがう!!」


 相手は慌てて大声を出していた。が、同時に驚いて口元に手を当てている。

 どうやら、色々とまだ慣れていない相手だったらしい。


「……み、みんな!」


 相手はおっかなびっくり話し出す。


「天津さんの連れだと聞いているから手を出さないだけ、です」

「普段から、この辺は人気がないの?」

「ここはスラムだから、いつもなら、俺らが屯って、ます。でも、今は、東都の危機。天津さんの呼びかけで、東都に行ってる奴らが、います」

「天津って、そんなに北都では有名だったんだ……?」

「塔の四天王の1人、です」


 思わず、少し考えた。


 公園から見えているのは愚者の塔。

 塔には北都の強者が集うと言われている。

 天津はその四天王……つまり北都で最も強い4人の内の1人ということ。


「なるほど。その連れだから、どのくらい強いのかと見に来た訳か」

「何も知らずに来たん、です?」

「だって、天津は何も教えてくれないから」


「何も聞かれなかったからですよ」


 そう答えたのは天津だった。


 先程までの相手は、天津の声を聞くなり、そそくさと逃げ出している。

 逃げ足だけは速かったらしい。


「まぁ、これだけ回収できれば大丈夫でしょう」


 天津はそう言いながらも、両手に抱えている重そうな白い袋を見せてくれた。




 白い袋は全部で4つ。大門まで部下が手伝ってくれるらしい。


 その大門へと戻る道中、嫌な気配を前方から感じ取った私は自然と走り出していた。

 天津は何かを察し、袋を部下に預けてついてきてくれている。


 前方に大門が見えた直後、様々な悲鳴が一斉に門の向こう側から聞こえてきた。

 元々、両脇の狭い扉しか開けられていなかったものの、そこですら閉じようとしている門番が見える。


「待って!」


 私は門番の行動を止め、その隙間から外へと続く大門内の通路へと駆け抜ける。

 そこで、その嫌な気配の正体が黒い面の集団だとすぐに察した。


 天津が門番に説明してくれていたので、私は全てを天津に託し、通路から外へと飛び出した。



 大門の外では里の主の幻影が結界を張り、避難民を囲っていた。

 その結界の中で、黒い面が次々と避難民に襲い掛かっている。


 数名の門番が命を懸けて門を守っているものの、既に黒い蔦によって手や顔の一部が浸食され始めていた。

 先程、赤子をあやしてくれた年配の女性が襲撃されているのが見えた。懸命に自分の子供を守ろうとしている。


 頭では、この数の黒い面に対抗する力が無いことは解っていた。

 まして幻影も居る。


 しかし、このままでは全員が死んでしまう。


 そう思ったら、体は自然と動き出していた。



 我武者羅に黒い面を潰す。


 潰す。


 潰す。



 しかし、潰しても、潰しても。

 黒い面は次々と湧いて来た。


 嗚呼、潰した中には侵された避難民が居たかもしれない。


 でも、今の私にはそれしか出来なかった。

 考えられなかった。


「ゆかり!!」


 天津が私の名を叫んだ。


 我に返った私は、背後に迫っていた巨大な影に気付く。

 振り返るも、既に遅かった。


 黒い蔦が、私を浸食し始める。



******************************


『まだ、死ねない』


 私は心の中で呟く。


 赤子を助けるつもりはなかった。でも助けたことで、結果的に時間を得られた。

 女性が私に声をかけてくれたおかげで、少しだけ緊張した心を解してくれた。


 だから、この場を凌ぐ力が欲しい。

 私は皆を守りたい。

 このまま、何も出来ないまま死にたくない。


『お願い……私に力を下さい!!』


 それは今の私の本心。

 そして、彼女の力を受け継ぐ決意。


『戻れないわよ?』


『戻る必要なんてない。私は未来に進みたいから!!』


 最初は、世界を知ることすら怖いと感じていた。


 でも、今は違う。


 私は全てを知りたい。

 彼女になるのではなく、彼女と同じ知識が欲しい。


『解ったわ。目を開けなさい、時空乃守』


 私は目を開いた。


 沢山の様々な色の線が、黒い蔦に絡まって見える。

 黒い蔦は、その線の色を吸い取っているように見えた。


 私から伸びる赤い線に触れてみる。


『何も迷うことはない。貴方の力で、貴方の感じた通りに進みなさい』


 私の赤い線は天津と繋がっているらしい。

 天津の、驚愕と哀願の感情が流れ込んでくる。


 その赤い線から、手を放す。



 そして私は、


 絡まっていた黒い蔦を両手で千切った。



『大丈夫。貴方にはもう、沢山の線が繋がれているわ。だから、世界を怖がらないで』


 これが彼女の固有能力。

 関係の線が見え、触れることで、相手と繋がりがある相手との絆を知る、特異な力。


 この関係の線は互いの生命力が絡み合っていて、少し触れるだけでかなりの寿命が削られる。

 しかし、寿命何て関係のないような私達には、ただ霊力が削られている程度にしか感じられなかった。


『ありがとう』


 私の声は、彼女に届いたか解らない。


******************************



「紫!」


 天津はすぐ傍まで来てくれていたらしい。

 しかし、私は黒い蔦の方向を振り返っていた。


 黒い蔦が集中しているのは、幻影を中心にした半径3メートル程。

 そこからいくつもの蔦が各黒い面に伸ばされている。


 私から伸びている天津とは異なる色の線も、黒い蔦が食していた。

 これを全て透明にされてしまったら、線は消滅して黒い蔦に侵されてしまう。


 その完全に飲まれた者が黒い面。

 だから黒い面には線が1本も見えない。


 一方、幻影にはたった1本だけ、凄く目立つ太くてヤバそうな線が繋がっていた。


「ゆかり……?」


 私は右手に小次郎を現したいと思った。

 たったそれだけで小次郎が応えてくれる。


『我はどんな線でも絶ってみせよう』


 だから、小次郎と瓜二つの神器を彼女も所持していた。

 あれは小次郎の白い神器ないし、魂の片割れだったのかもしれない。


 神器を構えて飛び上がる。

 目指すは黒い蔦の合間から天高くに伸びる、1本の太い線。


 幻影は黒い蔦を私に伸ばした。

 私は捕らわれる。


 でも、同時に小次郎でその線を絶っていた。


『きさま……!!』


 里の主の声が聴こえた。

 これで私は敵と判断されたかもしれない。


 幻影は黒い蔦と共に活動を止め、何もなかったかのように風に掠れて消えていく。

 黒い結界も無事に消失した。


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