064-000 みのる
どんな事情か詳しくは聞かなかったものの、例の会議で役割分担したらしく、天津は私と共に一度美島市へ向かうことになっていた。
黒い面は互いの淘汰で数を激減させていた為か、それとも誰かが暴れていた為か、隠遁した程度で何事もなく美島市へと到着する。
しかし天津は市街地に入らず、その市の結界沿いに空を進んだ。
『どこに行くの?』
『短距離で森に入れる地点があるんです。ついてきて頂ければ理由は解りますよ』
優しく答えた天津が、本当にある地点で停まったので私も停まる。
真下には大きめの樹が薄らと見えていた。
市の結界を抜けた目前に、複数の六角形で構成された独特の結界が見えた。
その1つから結界の中へと潜ったので続く。
少し前に結界を超えた時は、ここまで入り組んではいなかった気がする。
複雑な結界の中を進む内に、かなり大きな空間へと抜けた。
その反対側、空間の隅に祠と小屋がある。
その小屋の前には誰かがこちらを注視して佇んでいた。
移動前に変身していた天津が変身を解く。そして会釈した。
相手は黙ったまま小屋に入る。
「ちょっと話をしてきますので、この空間の中で待っていて下さい」
天津はそう言うなり、ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして走って行ってしまった。
呆然とすること5分くらい。
小屋から出て来た天津は同じように私の元へと戻って来る。
「それでは、行きましょうか」
「何の話をしてきたの?」
「今でこそ彼はここの結界の主ですが、本来は他の場所の守護神で今も兼任しています。これから向かう場所は彼の管轄内、それも彼にとって思い入れの深い場所。ですから、先に許可を頂いていました」
里の主も守護神だった。だから許可が必要だということは理解する。
「でも、白雲運河としてではなく天津として行ったのは?」
「行った先で説明しますよ」
天津はそう言って飛ぶ準備を始めた。
森の結界を抜けて、市の結界の中を通り、分厚そうな結界を抜ける。
本来ならば、そこは結界の外なのだろう。
しかし、そこもまた結界の中だった。
「隣の小槌市ですよ。そして、あそこが目的地です」
天津が指した先には建物があった。病院のマークも見える。
森のような場所を抜けて病院の前まで来ても、その建物には病院名が全く書かれていなかった。
更に、本来あるはずの入口が見つからない。
「ここは、ある方々の為に専用で造られた病棟です」
「・・・?」
「これから会いに行って頂く相手は夢魔――私とは相容れない方です。基本的に天使も悪魔も夢を見ない生物です。私と一緒では、夢に潜れる確率が極端に下がります。ですが、魔物と類似している貴方であれば、恐らくは私が目的としている方に出会えると思いました」
「要は、私1人でその人に会ってこい、と」
相手の顔も知らないのに。
「目的は?」
「正直、属性神を救う手立てが思い付いていません。ですが、予知夢で少し先の未来が解れば対処のしようもあるかと」
「要は、予知夢の結果を聞いてくれば良いのね?」
「えぇ。ただ、目的としている方ではないと、属性神との関係が無いので正確性は保証できません」
「相手の特徴は?」
「少女です。それも、貴方よりも幼くて強力な土属性の術師です」
特徴としては十分すぎる情報だった。
そもそも数が少ない夢魔、更に滅多に居ない土属性の挙句に私よりも幼いなんて。
天津が術式を掌に描いて建物に触れると入口が開かれたので、そこから静かに入らせて頂く。
病棟の中は静かだった。
まるでファンタジーのお屋敷のような構造。
カーブしている階段を上がれば、いくつもの扉がある2階の廊下に出た。
手前の扉のドアノブを捻ってみるものの、鍵がかかっているのか開かない。
仕方ないので円術で気配を探す。
引っかかった気配は3つ。が、流石に属性までは解らない。
とりあえず、一番近くの気配がある部屋へと近付いてみる。
そして扉を開いてみる。
だが、そこには老人が眠っているだけだった。
『誰の見舞いだい?』
恐らくはその老人に聞かれたのだろう。
その老人は眠っているはずなのに、老人がベッドに座って見られている感覚。
でも、不思議と嫌な感じはしなかった。
『少女を探しています』
『……5階に行ってみなさい』
老人があっさり教えてくれた。しかし起きる気配はない。
私は軽くお辞儀をしてから部屋を後にした。
1周回ってみたものの、5階には扉が1つしかなかった。
しかし、気配は感じ取れない。
恐る恐る、その扉を開いた。
だだっ広い部屋の中央に、老人とは桁違いに豪華なベッドが置かれてあった。
部屋が広過ぎた所為で気配が読める範囲を超えていたらしい。
そのベッドに近付いて、初めてその気配を感じ取れた。
か弱そうな少女が微笑んでいる。
「起きて……いるの?」
思わず訊ねた。でも返事はない。
それほどまでに、少女は嬉しそうな笑顔だった。
『やっと来てくれたのね? 待ちくたびれたわ!』
私は少女に手を伸ばす。
少女の頬を撫でて、布団から細くて小さな手を拝借した。
何だろう。
前にも、こうして少女の夢に潜ったことがある、気がした。
でも、その記憶は恐らく彼女のモノ。
知らないはずの術式を少女の甲に描き、ゆっくりと目を瞑る。
走馬灯のように、花びらの記憶のように、私は街中を普段の倍以上の速さで駆け抜けていた。
そして景色が止まったのは、巨大なビルとビルの間に出入りの形跡がある路地の前だった。
後ろを振り向いてはいけない。
何となく、そう感じて前へと進む。
路地、と言っても幅は2人分くらい。両方のビルから配管が飛び出しているが、邪魔というほどではない。
その隙間を縫って奥へと進むと、不自然にも真っ赤な祠が佇んでいた。
その祠の前に少女が座っている。
眠っていた少女と同じ容姿をしていた。
『みのる』
少女は私を見上げて言った。
『あたしは、みのる。何しにきたの?』
『私は紫。貴方に属性神の予知をしてほしくて来たの』
『それは、むりだよ。みのるは、地神様としか、せってんがないから』
でも、今はその5人が一緒に居る。
天津のことだから、その点を信じているのかもしれない。
『それなら、地神様の予知をしてもらうことは出来る?』
『うん、いいよ』
答えたみのるは私の手を握った。
途端に周囲に広がった光景。
それは明らかに学園の校庭だった。
そこが炎に包まれている。何かしらの液体が宙を舞っている。
でも、不思議と熱さも怖さも無かった。
少女が私から手を離すと、光景も一緒に消え失せた。
『こわくないのはね、今の予知夢が、"とうじしゃ に ちゃんと つたわる しょうこ"、なんだって。でね、でね? たぶん、今のばしょに、火事にあう前に行ったらダメ、っていうことか、火事があるからにげなさい、っていうことだとおもう』
『なるほど』
夢魔の予知の方法に驚きながらも、少女の解説に納得して頷く。
『あと、お兄ちゃんに、つたえてほしいの』
『お兄ちゃん?』
『うん。あたしのお兄ちゃん。たまにね、来てくれてたの。でも、もう時間がないから……』
少女の悲しそうな表情から事情を察した。
天津は建物を病棟だと言った。
老人も眠ったまま私と会話をした。
即ち、ここは病気になった夢魔の為の病棟。
時間がないということは、死が近いということでは?
『あのね? すごく、すっごく!! いい精霊と、おともだちになったの!』
『??』
『だから、だいじょうぶだよって、つたえてほしいの』
予想の斜め上の発言に理解はできなかった。
でも、それが少女の伝えてほしいことらしい。
だから頷き返した。
『解った。必ず伝えるよ』
『ありがとう!』
少女は嬉しそうに微笑んだ。
『それじゃ、ゆかりさんを、あまつさんのところに、おかえしするね』
『えっ』
少女は天津のことを知っていたらしい。
しかし、私の感嘆は誰にも届かなかった。
少女の元へ行った時の逆再生が始まる。
それも、見事に建物の中での光景まで含まれていた。
老人が私に手を振っている。
パッと目を開ければ、そこには真っ白の壁が映されていた。
掌を壁から離せば、そこが建物の外だと理解する。
壁に寄りかかった天津が私を見上げていた。
「おかえりなさいませ。……その表情。無事に出会えたみたいですね」
「天津は、少女と会ったこと、あるの?」
「えぇ。大昔に一度だけですが」
「そう……なんだ」
印象的な予知夢の前に、私は先に少女の兄への伝言を天津に伝えた。
天津は冷静に聞き終え、納得の表情をしてから答える。
「その伝言ですが、そのまま結界の主にお伝えして下さい」
確かに、この状況下で少女の兄を探すよりは、守護神である結界の主に伝えた方が早いかもしれない。
でも、私はこの言葉をお兄さんに直接話したかった。
「我々にはあまり時間がありませんから」
私の表情から悟ったのか、止めの一言を打たれた。
自分でも我儘だと感じた。
だから諦める。
結界の主は私達が戻って来ることを解っていたらしく、空間に抜けた先で不機嫌そうに待っていた。
「全く。ここにはあんまり立ち入らないで欲しいんだが?」
「解っていますよ。ですが、みのるさんからお兄さんに伝言を頼まれましたのでね」
「! ……って、会いに行ったのか?!」
結界の主は喜怒哀楽が表情に出やすい人物らしい。
舌打ちしながらも腕組みを解いていた。
「で? その伝言の内容は?」
私は天津に背を押された。
自然と結界の主の前に歩み出る。
「凄く、良い精霊と友達になれたそうです。だから、大丈夫と伝えてほしいそうです」
「……そうか。耐えられなくなったのか」
結界の主の呟きに疑問の表情をしていたのだと思う。
その表情から察した結界の主は再度、舌打ちしてから溜め息をついていた。
「翻訳すれば、精霊に肉体を渡す、融合するってことだ。本人の魂は消失しちまうが、その代わりに夢や希望は受け継がれる。まぁ、叶えるも叶えないも、精霊次第になっちまうが」
「え。じゃぁ……」
「転生もしねぇよ。それでも、誰かの役に立ちたいっていう奴だったからなぁ」
彼女を思い出した。その希望は彼女も同じだった。
今、彼女から託された希望は私に引き継がれている。
「大丈夫です。きっと、その精霊が叶えてくれますよ」
思わず出た言葉が結界の主を驚かせていた。
結界の主にも属性神への予知夢を伝えたら、特殊な方法で創られたという紙とペンを貸してくれた。
それに内容を書き込み、最後に相手の名前を記入して、紙を折る。
文字は瞬く間に消えて見えなくなってしまった。
が、名前を書いた相手、今回の場合は遠音が紙を開けば文字が浮かび上がってくるという。
「これだけ高性能でも失敗作なんだとよ」
「へぇ。どこが失敗なの?」
「紙を開かないと浮かび上がって来ない点だってさ。要は、折らなくても本人が貰ったら本人の視野にしか入らないようにしたいんだと」
「……変わった方もいるものですね」
思わず出た一言に、何故か天津は唖然とし、結界の主はゲラゲラと笑っていた。




