063-161/164 新東都タワー
花菜子が帰宅したのは、それから間もなくだった。
ただし、ヘトヘトに疲れていたらしくすぐに布団に潜り込んでしてしまう。
その直後、聖地の守護神が山場を越えたことを章二から伝えられた。
また、未だ正体不明の白雲運河の協力者に連絡をとり、守護妖怪の2名を既に属性神の呪いの緩和に回してくれているとのこと。
「でも、いつまで持つかなぁ」
章二は不謹慎にも呟いていた。
しかし、それは私も感じていたこと。
あの遊園地の時点で、既に属性神は疲れ切っていた。そこに暗示や呪いが加わったとすれば、人間でいう病気のように併発し、長期化してしまう可能性がある。
鳥籠の中の綺麗な珠が跳ねる。
段々と、その動きは活発になってゆく。
布団を剥いだ。それが夢だったのだと悟り、安堵する。
でも、夢の意味は解っていたので準備を始めることにした。
神社を出て、まだ暗い外を駆ける。
雲行きが怪しい挙句、街灯がほとんど無かったので、出来る限り下には降りないよう、屋根の上ないし空を通った。
こんな時に、黒い面になんて出くわしたくなかったから。
『どこに行く?』
道中のビルの屋上で白雲運河と出くわした。もっとも、それが章二と天津以外のもう1人だということは解っている。
「水神の元へ。多分、属性神が動き出した」
私の答えに白雲運河が目を丸くした。
が、しばしの沈黙の後で答える。
『一度、戻れ。これから、そのことで会議を開こうと思っていた』
「そんなことをしている時間は……」
『魔物である水神の器が完全に壊れた』
白雲運河のその一言には、理解が出来ずに首を傾げた。
だが、しばらくして気付く。
私は自らの体を壊して瘴気を増幅し、報告したら死ぬ覚悟で花菜子の元に辿り着いた。実際には花菜子に救われたものの、あのまま死んでいたら無意識に魔力暴走、又は輪廻を引き起こしていたかもしれない。
恐らくは、千尋の身にも同じようなことが起きた。
『まだ残っていた住民が襲撃し、水神の肉体を破壊した。見張りから連絡をもらって助けに行こうとしたが、既にどこかへと立ち去った後だった』
悔しそうに話した白雲運河に敬意を払い、一度帰還することに決めた。
「……そうか」
帰還して例の場所に集い、説明を受けた章二はそう呟いた。
ギリギリまで寝ていた花菜子が眠そうに目を擦っている。
「魔物は範疇外や」
「ええ、解っています。そもそも、魔物の器を修復できるのは最初に契約した主人のみですから」
『しかし、属性神の中には岸間家の者も居る。術こそ全く異なるが、岸間家には代々、屍を操る魔術を受け継いでいると聞く』
「それで操れても、水神の核は反応しないけどねぇ」
元は岸間家だっただろう章二の返答で私以外の全員が溜め息をついていた。
結局、案は出れども答えが出ないまま、部屋に置かれていた鳩時計が朝の6時を告げる。
考えても仕方ない。
章二は私を伴ってお握りを拵えた。
それを持って例の部屋に下りる直前、ふと気になった私は章二に訊ねる。
「そう言えば、北都には被害が出てないの?」
ここは東都。国の中心とも言えるべき場所。
そして、ここから最も近くて行きやすいのは北都。
次いで四万都だが島なので行きにくいし、南都と西都は国の反勢力・大和という地域を越えなくてはならなかった。
里の主は東都にしか手を出していなかったとはいえ、それも半年前の情報。
「東都と違って、北都全域には全てを覆う強力な結界があるからね。暴徒の被害は出ているようだけど、黒い面までは出ていないらしい。あと、東都に近付かないよう、電車もバスも出さないよう、国が御触れを出しているみたいだけど」
「他の地域は?」
「現状で連絡が取れているのは北都と四万都だけだよ。まぁ、四万都は山賊の居る気高い山を越えないといけないから、恐らく(被害は)出ていないと思う。ほら、数日前、来客があったでしょ? あのお客さんが連絡網を回してくれたんだよ」
なるほど、と感じながらも少しだけ安心した。
「あ!」
不意に章二が嬉しそうに私を覗き込んだので見返す。
「ちょうどいいから北都までお遣い、頼める?」
「……え?」
「いや、すぐに、とは言わないよ。それに女の子を1人で、とも言わない。天津を同行させるからさ? うん、そうしよう!」
「えぇぇぇぇ~~?!」
勝手に決めつけられた私は反論するも、章二は聞く耳を全く持ってくれなかった。
会議は結論が出ないまま、時間だけが無情にも過ぎていく。
なので、私は1人、静かな神社の縁側に座って空を見上げていた。
【 新東都タワーよ 】
不意に声が聴こえた。恐らくは、彼女が私に教えてくれたのだろう。
即ち、そこに向かえ、ということ。
「こんなところにおったんか? 今から――」
花菜子の声が聴こえた。
でも、何があるか解らないのに花菜子を巻き込む訳にはいかない。
「ごめん、花菜子」
「……どないした?」
「留守を頼む」
それだけ伝えて、私はさっさと神社の屋根に登る。
と、そこには隠遁していた黄が居たらしい。黄が驚いて目を真ん丸にしている。
ただ、その目には大粒の涙があった。
すごく、気にはなる。
でも、今は頭を軽くポンポンすることしか出来なかった。
民家の屋根を伝い、時折高いビルで方向を確認しながら、ほぼ直線を描くように進む。
不思議と、焦りと不安から嫌な汗が噴き出て来る。
念の為、歪になった鬼の面を被ってみたものの、道中で黒い面と鉢合わせしなかったことだけが救いだった。
「(どこかで、誰かが暴れているのかな……?)」
そう思いながらも、新東都タワーが目視できるビルの上、給水機の合間から様子を伺った。
良く見れば、新東都タワーの上層部に黒い結界が張られていた。
ここからでは内部の様子までは解らないまでも、結界のオーラの種類から円と瞳が居ることは理解できた。誘われた属性神もその中に居るだろう。
しかし、その円と瞳が本物かどうかまでは私でも解らない。もしかしたら、私と同じように複製されている可能性もある。
遠くから何かが近付く気配がした。
それが私の上部を飛び越したあたりで遠音だと解ったので声をかける。
『来たか』
しかし、思えば遠音は私の鬼の面の姿を見るのは初めてで。
警戒されていたのか、
『ここで何をしていたんだ?』
とテレパシーで訊ねられた。
色々と思考回路は巡らせるも、良い返答は思いつかない。
時間は少しかかったが、答えない訳にはいかない、と感じて最良の答えを探し出す。
『あの中に守りたい人が居るから、雷神がここに来るまで4人の悪化を抑えていた』
嘘も方便。
ここに里の主の幻影が来られても逃げ出せるように、味方とも敵とも言えない曖昧な返答をしておいた。
流石の遠音も悩んでしまったのか黙ってしまう。
もっとも、遠音が4人に触れたら今の発言が嘘だと解ってしまうだろう。
なので、
『だが、予想よりかなり早い到着だったから、その必要も無かったようだが』
とは続けておいた。
『そうだな。少し飛ばして来たことに変わりは無い』
遠音は即答し、ポケットから小袋を取り出た。
更に小袋から小玉の飴を取り出して口に放り込んだ。
減少しつつあった遠音の魔力が周囲から補充されていくのが目に見える。
『お前も、要るか?』
一瞬迷ったものの、
『貰っておく』
答えたら即行で投げて寄越した。
危うく落としそうになるが、何とか押さえて口に放り込む。
甘いイチゴの香料が鼻を抜けると同時に段々と身体が温まってきた。
魔力が戻って来る。
なるほど、白い神器にもこのような使い方があったとは。
複製だったとしても2人のことは助けたい。
しかし、属性神を助けることが最優先。
もっとも、あの結界がどういう種類か解っている訳ではないので下手には動けない。
精々、ここで遠音の活躍を見守ることくらいしかできないだろう。
『行ってくるわ』
いつの間にか、遠音が足に魔力を込めていた。
それをも見守るだけの私。何も出来ないことを伝えるべきか悩んだ。
『まだそこに居るつもりなら、しばらく周囲を様子見していてくれないか?』
まるで私の心を読んだかのような言葉。
でも、一応ツッコミをいれておく。
『敵である自分に、それを頼むか?』
『お前は友達を助けたいんだろ? 友達をオレに殺されたくなかったら、そのくらいやってくれ』
遠音は私の正体に気付いたのかもしれない。
だからか、さっさと背中を向けて飛び立っている。
私はただ遠音の背を見守ることしか出来なかった。
何をしに来たのだろう、と少しだけ恥じながら。
遠音が結界を解除してくれたおかげで中の様子が明らかとなった。
それでも動かなかったのは、すぐ近くに里の主の気配を感じ取ったため。それも背後から近づいてきていたのだから、当然ながら隠遁し、更に給水機の下に隠れた。
遠音の方向よりも後ろが気になってしまったが、里の主の幻影は単独で行動していたらしい。
私のことは気付かずに(又はスルーして)真っ直ぐ遠音の方へと向かって行った。
しばらく経って、幻影は瞬間移動でもしたのか気配が唐突に消えた。
しかし、同時に強烈な魔力暴走の気配を感じて唾を飲みこんでしまう。
それが円と瞳から発せられていると、しばらくしてから知った。
慌てて給水機の下から出て、里の主を警戒しながらも足に力を込める。
ビルの側面を蹴り、勢いよく空中へと飛び出す。
『少しキツイかな。しかしまぁ……問題は無い、か』
到着直前、遠音のそんな言葉が聴こえた。
『問題無い訳がないだろ』
思わず答えてから溜め息をついた。
対面した2人は本物だと思う。
だが、里の主の魔力供給と鬼の面、更には魔力暴走によって体型が崩れていたのでまだ区別はつかない。
もしも遠音が1人でこの2人を相手にしようとしているならば、恐らくは遠音が負けてしまうだろうと感じた。遠音が負けたら、中央に捕らえられている他の属性神の命も危うくなる。
だが、遠音は問題ないと言った。
その本意に気付き、失笑を返す。
『宛てにされては困る。私は敵だぞ??』
『そうだったな』
便宜上は、と付け加えたが遠音に聴こえていたかは解らない。
答えた遠音は2人からの魔弾を回避していた。
【 未来の刃は雷神専用の神器。癖は強いけど瘴気を祓う程度は朝飯前 】
【 鬼の面の蔦は足跡が残る。連れて移動したいなら従者を呼べ 】
遠音が瞳の鬼の面にヒビを入れ、そこから強制的に剥がした。
その影響で瞳の暴走は一時的に停止したものの、代償として黒い蔦が出始めてしまっていた。
しかし、そのお陰で本物だと知ることができた。
その瞳を見た円が悲鳴を上げそうになっている。
『帰れ!』
急に遠音が怒鳴ったので私は目を丸くした。
そして、遠音の視線の先に居る属性神を振り返る。
そこから感じ取れたのは、風神である純と、炎神である香穂里と、地神だと思われる紗穂里の気配だけ。
水神である千尋の気配は全く解らない。
いや、むしろ危険な別の気配を感じ取る。
『お前らが何をしようが構わないが、オレらの邪魔だけはしないでくれないか。オレらはただ、オレらが皆で生きている未来に進みたいだけ。それを邪魔する者はクラスメイトであっても許さない』
既に遠音は解っていたらしい。だから白雲運河に連絡をとった。
ということは、恐らく千尋以外の3人も鬼の面の正体を知ることになるだろう。
『(天津……この場に移動用の道を繋げてほしい……!)』
心の中で祈った。契約しているなら聴こえるだろう、そう思いながら。
その直後、空間が軋む音が聞き取れた。
精霊が1ヶ所に集まっていくのが見える。
天津が応えてくれたらしい。
『仲間が邪魔をした。このまま連れて帰るから、そっちの4人を起こせば良い。もっとも、もう手遅れかもしれないが……』
『手遅れにはさせない』
伸び切った瞳を回収すれば、私のすぐ隣の空間に球体の何かが生まれていた。
それが人間1人を通すくらいの黒い穴と化す。
遠音の意志は固かった。
でも、遠音なら千尋を救ってくれるかもしれない。
『……そうか』
そう答え、私は円を傍に呼んだ。
円は私を仲間だと、もしかしたら紫だと確信したのかすぐ傍までやって来る。
『瘴気はその神器である程度まで祓える。皆で輪を作る様にすれば、巡り巡って瘴気を薄くすることは出来るはずだ』
彼女の受け売りだが、と内心で呟きながらも、天津の負担にならないよう、円の手を取ってその暗い穴に入る。
体が落ちる感覚があったものの、核融合炉ほど嫌な感じはしなかった。
穴を抜けた、らしい。
外の新鮮な空気を肌で感じた。下を見れば遊園地のような光景が広がっている。見覚えがあるテントもあったので、すぐにあの遊園地だと理解した。
そう言えば、確かこの遊園地の管理は円のお父さんが、政界の人が経営していたはず。
偶然とは思えない逃げ場だったので天津に訊ねる。
『何で、ここ?』
『思い付いたから、ですかねぇ?』
答えた天津は、思ったよりもすぐ近くに居たらしい。
見上げれば、天津が白雲運河の姿で円と瞳の服を掴んでいた。
未だに気絶したままの瞳はともかく、円は必死に足掻いて天津の手から逃れようとしている。
ただ、その瞳の下にぶら下がる体勢だったので、私も慌てて円を掴むことになった。
が、その所為で円が大人しくなる。
『何を思い付いたの?』
『主人はお2人から手を離して下さい』
『答えてくれなきゃ離さない』
『仕方ないですね……それなら、こうするだけです』
天津は両腕を上に振り上げた。
持ち上げられた円と瞳に釣られ、私が一番上に来る。
それを、天津は一気に下へと振り下ろす。
狙いに気付いた私は手に力を入れたものの、天津は私の手に電流のような刺激を流した。ビリビリする。
その所為で力が自然と抜けてしまったので、結果的に私は下へと、それも1人だけ振り落とされることになった。
落ちながらも、見えた光景。
それは天津が2人のことを、あのテントの中でも使っていた術で拘束している姿だった。
『止めて!! その2人をこれ以上、苦しめないであげて!!』
【 じゃぁ、貴方は2人を殺せるの? 】
―― 殺せるわけがない。
そう答えかけて、気付いた。
今ここで2人を殺害しなければ、化物化した2人はすぐにでも属性神を襲撃しに行くかもしれない。
しかし、私には2人を殺害する覚悟がない。
そして、それは私と契約してしまった天津も同じ。
主人である私は属性神を助ける道を選んでいるのに、これでは矛盾してしまっている。
『それに、里の主による魔力の器化、つまり化物化がかなり進行してしまっている者は、複製でもない限り里の主以外、殺害することは出来ない。魔力暴走を引き起こさせる方法しか無いの』
天津の風のお陰で地上に降り立った私は呆然とした。
つまり、円と瞳を殺す方法は魔力暴走しかない。しかし、魔力暴走を起こさせたら苦しむことになる。
だが、このままでは里の主の魔力供給源として属性神を襲撃し続けることになる。
でも、円はきっとそんなことを望んではいないと思う。どっちに転んでも苦痛は伴う。
それが、里の主の狙いであり、手段。
2人に術をかけ終えた天津が私の前で変身を解いた。
その表情にはどこか哀愁が漂っていて。
天津もきっと、こんなことはしたくなかったのだと思う。
しかし、仕方なかった。
私が下手に暴れたり、説明を聞き出したりすれば、その隙に円なら瞳を連れて逃げ出すだけの力はあっただろうから。
「私は……」
これが、如月が能力大会の時に言っていたこと。
決断と自覚が試される分岐点。
「このまま2人を殺してあげたい。魔力暴走でも良いと思ってる」
「・・・」
「でも、魔力暴走をして属性神に被害が及ぶことだけは避けたい」
「それは避けられないと思います」
即答した天津は2人を見上げた。
もがき苦しむ様子が地上からでも見えている。
「ですが、今はまだ属性神が完全ではありません。なので、今はお2人には眠って頂く必要がありました。里の主(の幻影)にとっても、複製を施していた程、お2人は大切な最終手段だと考えられます。そういう点でも、時間稼ぎにはなると思って封印させて頂きました」
酷いとは感じた。
でも、その処置が今は正しいことだと理解はできた。
「……怒っても良いのですよ?」
「天津は私の急な呼びかけにも応えてくれた。それに、如月が教えてくれたから……」
「彼女は既に故人ですよ?」
「でも、私の中では生きている」
「……だとすれば、彼女が見てきた記憶が核とは異なる方法で引き継がれたのかもしれませんね」
「でも、私は――」
「全てを知っている訳ではない、でしょう? 彼女のことですから、類似する事象と向き合った際に思い出せるようにしていてもおかしくはありませんよ」
天津の言葉には力がこもっていた。
きっと天津にとっても彼女は大切な人だった。
だから私に彼女の話しをしてほしくないのかもしれない。




