062-000 分不相応
遅めの夕飯を頂き、シャワーで汗を流して、布団に潜る。
先程までの記憶のおかげで、ここが夢の中だと理解できた。
舟山の森の中、桜色の髪の少女が黒い翼を持つ少年と寄り添っている。
その姿は、まるで今日の私と天津に似ていた。
何度か、私に話しかけて来た少女。
全てを見通す力を持っていた少女。
最初から外界で自由を得ていた少女。
その少女は全て同一人物で。
「私は、貴方になりたい」
それが本音だった。
少女がぼんやりと目を開き、私を見つめる。
「貴方のような存在ではなく、貴方自身になりたい」
無理なことは解っている。
それでも、全てを持っている少女を羨ましいと思った。
少女は悲しそうな表情をする。
「貴方の能力が欲しい。紛い物ではなく、貴方が一緒に殺そうとしている、その完璧な力が欲しい」
実際には、少女が抱える鳥籠が欲しい。
その鳥籠には歴代の神々の全ての記憶が治められていた。
それを入手できたら、私は少女に成れると思う。
でも、それを少女が望まないことは知っていた。
『貴方は力に頼っているだけ』
少女の返答を期待していなかっただけに、その言葉には目を丸くした。
『強大な力は身を滅ぼす――それは貴方が最も知っていること』
言われて、思い出す。
鬼の面に飲まれた円と瞳のことを。
暗示に飲まれた小池のことを。
今の私は何も我慢していない。
ただ、何も出来ないことを焦っているだけ。
『貴方はまだ何も知ろうとしていない。私はもう、十分に情報を開示したわ』
少女は私に背を向けて立ち上がる。
「待って!」
『あと、6夜』
少年が重い口を開く。
『それ以上は持たない』
そこで、目覚めた。
汗を拭おうと右手を伸ばそうとして、その手が掴まれていることを知る。
隣で寝ている天津だった。
そう言えば、少女の右手をずっと掴んでいたのは少年だった気がする。
天津が見回りに行った後で、私は章二の居る部屋を訪ねた。
章二は細い和紙に文字を描いている。
それが術式だと、御札だと、どこかで感じながらも、その手の動きが切れるのを待った。
本来、この時期ならば蝉が鳴いていてもおかしくはない。
だが、これから起きる異変を察知してか、蝉どころか虫の声も聴こえてはこない。
「どうした?」
優しい声が響いた。
章二はこちらを向かず、庭の方角を見つめているだけ。
でも、こちらに注意が向けられていることは解った。
「夢の中で音神に会いました」
今まで敬語何てあまり使ったことはない。でも、自然と出てきたのは何故か敬語だった。
「白雲運河の協力者――残りの2名は、音神とリュウ様だったのではないですか?」
「実際には、咲九ちゃんと音神、なんだけどねぇ」
だから、昨日は姿を現せなかった。
その代わり、私の夢に現れた。
「咲九ちゃんは、音神であるリュウ様と契約し、名前を借りていたんだよ」
「それだけで、あれだけの偉業は出来ないですよね?」
「そうだね。白雲運河を作ったのは、元は前世の咲九ちゃんの言葉があったから、なんだよ」
驚く私を章二が振り返る。
「前世、というとちょっと違和感があるんだけどね。大元の咲九ちゃんは2人居たらしいよ。詳細は解らないけど、私達でいう肉体の融合に近い契約をして1人になったんだって」
私は、如月と手を合わせた時のことを思い出していた。
確か、修学旅行の1日目の夜だったと思う。
あの時以降、私は変わった。
もしかしたら、あの時に既に融合という契約をしていたのではないか。
「融合自体は精霊が瀕死の人間に憑依する現象に近いと言っていたけど、そもそもその存在が類稀。まぁ、私も彼女1人しか知らないくらいだからね」
「そのことと、如月が強かった理由は繋がっています?」
「前世の咲九ちゃんは、天界で唯一の人間――閻魔という存在だったんだよ」
途端、私の脳内に何かが流れ込んできた。
『私は天界の人間だから、地界の方式で生み出された貴方では、私には成れない』
深い森の中だった。
すぐ近く、背中越しに気配はあるのに、そこには誰も居ないという状態で、相手から齎された言葉。
『しつこい。そこまで言うなら、教えてあげる』
何度も通い詰めて、最終的に如月の痛烈な過去を知った。
でも、当時の私では解せぬことばかり。
結局、如月になることは出来ないのだと感じた。
でも、ある時。
『貴方に神名をあげるわ』
そう言って如月は私に空神という名を与えてくれた。
それらは随分と古い記憶で、恐らくは当時の複製の私が辿り着けた未来だったのだと思う。
しかし、私に神名を与えたことで未来予測がしにくくなったって、どこかで聞いたような……。
「閻魔のことは、実は私も良くは解らないんだ。天使や悪魔の上級と一般的には思われているようだけど、ならば純粋な悪魔の血を引く岸間家が知らない訳がない。私よりも年上の天津も知らないようだからねぇ」
「夢魔は?」
私は呟いた。
章二が目を丸くする。
夢魔は夢の中で未来予測が出来る。それは他者の夢に入ることが出来るから。
如月も同じ能力を保有していたのならば、閻魔は恐らく夢魔の上級。だから、希少な夢魔を舟山に集めることが出来ていたとしたら。
「でも、今はそれ以上、追わない方が良い」
章二が何かを悟ったように助言した。




