061-000 白雲運河
天津と共に神社に帰宅すると、章二と花菜子、それになぜか黄が横一列に並んで私達のことを待ってくれていた。
「遅れて申し訳ございません」
天津の一言に花菜子はそっぽを向き、章二が失笑する。
「大丈夫。まだもう1人が来ていないから」
「普段は遅刻と無縁の方なのに……何かあったのでしょうか?」
どうやら待ち合わせをしていたらしい。
すると、急に嫌な気配を感じて振り返る。
そこには白雲運河が立っていた。
明らかに敵意を私に向けている。
だが、天津は私を引き寄せた。
「私の新しい主人に何かあっても困りますからお連れしました。何か問題でも?」
「それに、彼女を招いたのは私が最初だからねぇ」
章二はフォローするように白雲運河に言った。
白雲運河が溜め息をついたような様子を見せる。
『そんな甘い相手ではない』
「だからこそ来てもらったんだよ。このまま野放しにしておくよりも、味方につけた方が良いと判断したの」
「まぁ、とりあえず中、入らん? 結界があるっちゅうても、ここじゃ外野から観覧し放題やで?」
花菜子が2人の喧嘩を仲裁してくれたお陰で、やっと屋根がある場所に入ることが出来た。
章二が先陣切って進んだ先は、あの狭くて窓すらない正方形の部屋だった。
その更に中央の畳を外せば地下に続く階段が現れる。
章二の術で狭くて暗い階段が照らされ、足元に注意しながら進むと、何重にも施された結界があった。
それを抜けると、広々とした空間が突如として姿を現す。
空間は、良く見れば檻だった。
硬そうな岩を削って空間を作り、周囲に鉄格子を巡らせ、中央に古びた木製のテーブルと椅子があるだけ。
壁方面にある鉄格子の先は個室になっていて、実際に檻として使用できるのか、区画ごとに扉が設置され、個室内には便器とベッドが置かれてあった。
「さて、どこから話そうか?」
「章二が白雲運河という組織のリーダー且つ創案者、ということからで良いのではないでしょうか?」
章二に答えた天津が適当な席に座った。
特に決まっている訳ではないらしいので、私は比較的安心できるだろう、天津と章二の間に収まった。
もっとも、白雲運河が現れたあたりで今の発言内容の見当はついていた。なので、席に着かずに壁に凭れ掛かる、もう1人の白雲運河の様子を黙って伺う。
白雲運河は黙って章二を見つめていた。
「まぁ、色々あってね。現在の、この国に居る白雲運河は私を含め、ここにいる3人。この他に、変身アイテムを公認で渡している協力者が3人。その内の1人は花菜子だね。もっとも、国内だと変身アイテムは違法だし、そこまで流行もしていないようだから、部外者が白雲運河を名乗ることはまず無いと考えてもらって構わない」
「それだけ、この国が平和だったのでしょう」
「平和だったのは、彼女が居たからだと思っているけどね」
そう答えた章二は白雲運河を見た。
白雲運河が面倒臭そうに腕組みを解く。
「今まで君は、属性神の神器の保管場所を知らないと言っていた。でも、本当は知っていた。それも、保管場所を守護する者まで存じていた。それを私にも言わなかったのは、他に何か理由があったから――違うかい?」
『昔から……それこそ貴方がこの国に来る以前から、あの場所は聖地として代々守られて来た。そんな聖地を、天使や悪魔には踏み躙られたくなかった。もっとも、輪廻によって劣化した今の守護神では聖地を潰しかねなかったから、聖地の地界側に安置されている神器の一部を借用して聖地側と繋ぎ、特殊な結界道を繋いである場所と一体化させていた。結界道は諸刃の剣。だが、ある場所の守護神は黙認してくれていた。故に、あの聖地の仕組みを口外するようなことはしたくなかった』
「要約すれば、その結界道が途絶えたら属性神の神器を失ってしまう……ということか」
記憶にあった、灰色の世界。学園と同じ風景なのに違和感があった。
あそこが結界道と同じ境界なら納得できる。
そして、ある場所というのは恐らく如月が居た森だろう。
私は黙ったまま白雲運河から視線を外して花菜子を見た。
花菜子は大きく溜め息をつく。
「で? 神主は何でこないな話を最初に持ち出したん? 普段なら先に紫のことを打ち明けるべきやない?」
「慌てなければならない事態、なのでしょう?」
天津の一言で章二まで溜め息をついた。
「属性神の5人が、誰も欠けずに遊園地から脱出できた。そして、その後には属性神を呪詛の攻撃が待ち受けている。本来なら1日ほどの猶予があるはずだった。が、恐らくは5人揃ったことで危機を感じたのか、既に攻撃は始まっているらしい」
『雷神からの情報?』
「本人から直接ではないがね。だが、全員が呪詛に耐えられる精神状態ではないらしい。雷神でも外に居ると危ういそうだ」
「確かに、呪詛に抵抗するには神器が最適やろな。特に、属性神のみが所持を許された神器の放つ独自の結界には、未だに解明できとらん術式が組み込まれておるっちゅう話やし」
『今はまだ無理。準備が整うにはもう少し時間がかかる』
白雲運河の一言に章二が唸る。
しかし、白雲運河も理由があったのか、答えに困っているようだった。
チラチラと私を見る様子から、私が居る所為かと考える。
だが、これには天津が口を挟んだ。
「先程も申しましたが、今の彼女は私の主です。それに、既に有益な情報は頂いています。……貴方ならご存じでしょう? 如月 咲九が森でお亡くなりになったことは」
ピクッと白雲運河の肩が動いた。
かと思えば、大きく長い溜め息をついていた。
『聖地の守護神が呪詛の影響で我を失っている』
「……そういうことですか」
天津は溜め息をつき、章二や花菜子が失笑する。
「守護神なのに自身すら守れないとは情けない……」
『それだけ弱い守護神だから仕方ない。そして今はまだ、里の主には神器のことも、呪詛のことも気付かれていない。だからある者の協力で聖地ごと一帯が守られている。万が一にも、今の属性神が今の聖地に踏み込むことがあれば、恐らくは境界ごと全てを消滅されてしまうだろう』
「守護神が正気に戻る可能性は?」
『仮面は剥いだが、黒い蔦状の術式が残ってしまっている。聖地の神器で抑えてはいるが、その神器も黒く染まるほどの呪詛。どうしたものか』
思わず花菜子を見た。
花菜子が私を見て失笑する。
「ウチの出番やね」
「花菜子……」
「咲九と同じ。どのみち、ウチにもそう時間は残されてへん。それに、やることが解らんっちゅうて途方に暮れとるよりは、少しでも前進できる方がよっぽどマシや」
『方法はある、と?』
白雲運河は驚いているようだった。
「あるで。まぁ、紫がこっち側に来ぃひんかったら解らんかったこと。感謝すんなら紫に言うて」
花菜子の一言に白雲運河は黙った。
もっとも、こんなところで繋がるとは思わなかっただけに、私も驚きを隠せていない。
「どちらにしても、属性神は神器を入手しなければ勝ち目はないだろう。それに、まだ里の主が気付いていないということは、花菜子が解呪しに行ってもすぐにはバレないかもしれないし。ということで、聖地の守護神の件は花菜子と彼女に任せよう。となると、属性神の呪詛はどうする?」
「耐えてもらいません?」
天津の一言には、流石に全員が失笑を返していたと思う。
ただ、天津なりに理由はあったようで。
「帰り際の4人が、水神と風神、炎神と地神に分かれる姿を見ました。風神のことだから、水神の居続けた宮本家の結界が例え半壊していても結界が丈夫だと知っていると思いますし、地神の義理の母親は非常に強力な結界師として名を馳せていたことがあります。このことからも、4人共に呪詛に多少は耐性のある結界の中に身を置くと思われます」
「まぁ確かに、以前と同じであれば、呪詛の内容もどちらかと言えば暗示に近いらしいからね」
章二の一言に安堵して息を吐いた。
それを見ていただろう白雲運河が溜め息をつく。
それからは、私の話題になった。
しかし、私はあまり説明せずに済んだ。
花菜子は、1人目の私が修学旅行直後に殺されていたことを知っていた。
1人目の私が言っていた言葉を信用したい思いから、最初は相談に応じてくれていた。
しかし、私が変化していく様を見続けることが辛くなって突き放したという。
天津は、異端な行動をする緑色の鬼の面、つまりは私を観察し続けた。
記憶が混濁する間のことを詳細に覚えていたおかげで、白雲運河だけではなく私までもが、分離した私のことを知ることになった。
「私は、お父さんに……悪神に会って、実験を止めさせないとならない」
私は自らの想いを白雲運河に伝えた。
黙っていた白雲運河が失笑する。
『クローン実験なら既に止めさせている』
「いや。彼女の言う実験はそっちじゃない」
章二の言葉に頷いて私が続ける。
「私達の原点 ―― 呪詛を用いた世界の崩壊。それによって現れると思い込んでいる世界の創造主を、悪神は待っている」
『馬鹿馬鹿しい』
「そう、馬鹿馬鹿しい。でも、そう思わせているのも呪詛。全ては原点が悪い。でも、動けない原点がどこから来たのか、あの音神でも解らなかった。その原点から興味本位で素材を持ち出したのはお父さん。原点からの呪いで、黒い面の所為で悪神に堕ちたのだとしたら、本当のお父さんは真の地獄で苦しんでいると思う。止めさせる為にも、まずは黒い面を操縦する里の主を先に止めるしかない」
私の言葉に白雲運河だけではなく全員が黙った。
多分……いや、恐らくはそれが答え。だから音神は何度も輪廻を起こした。
属性神なら里の主を止められると信じていたからこそ、属性神が全員で生存する未来を探し求めた。
「私は如月 咲九という同類に何度も助けられた。だが、お礼を言いたくても彼女はもう居ない。ならば、せめて彼女が思い描いた未来に属性神を導きたいと思ってる。というか、それしかもう、お礼を伝える方法がない……」
「せやね」
どこか遠くを見ていた花菜子が呟いた。
白雲運河が大きく溜め息をつく。
『解った、信じよう』
章二と天津が安堵の表情をした。
『あのアコが原点を見せた時点で君が既に敵ではないことは解っていたのだが』
「・・・?」
『アコは原点の守護妖怪。もっとも、我々は存じていても、その事実を知っているのは舟山の住民でも一握り。だが、まさか原点の呪いが利用されているなど、代々守ってきたアコでも気付いてはいなかっただろう』
「彼女は私よりも長寿の妖怪なんですよ」
耳元で天津がそっと教えてくれた。
『しかし、呪いの原因が原点だと解した今、花菜子以外にも呪いを無効化、ないし弱体化できる者が居るかもしれない』
「守護妖怪の2名ですね」
『あぁ。しかし、その2名を使えば原点の守りが手薄になる。だが、思い当たる協力者は他にも居る。聖地の守護神が最優先故に、少し時間はかかるだろうが、属性神への呪詛の件は私の方でどうにかしよう』
白雲運河の発言からは、もう敵意を感じられなかった。
花菜子が頷く。
「あとは暴徒化しとる奴らやね」
「早めに霧が出れば解消されるのだが……」
章二の発言には天津も唸る。
だが、それ以上に気になることがあった。
「今、里の主はどこに居るの?」
その質問に全員が一斉に沈黙した。
すると、今まで沈黙を貫いていた黄が溜め息をつく。
「里の主の肉体は今も行方不明です。ですが、幻影ならば居場所は特定できています」
いつもよりも硬い口調で答えた黄は地図を広げた。
そこには赤く点灯している箇所がある。
「幻影は最大で5体しか出せません。香恵子様が発言されていたので間違いはないでしょう。ですが、今は酷く消耗をしたくないのか、又は襲撃されて消されることを考慮しているのか、3体しか確認されておりません。もっとも、これは東都だけしか共有されていませんので、もしかしたら北都などの地方に遠征している可能性は十分に考えられます」
「ウチが黄を傍に置いとるんは、里の主が黄の魔力を狙っとるからや。せやけど、それを利用して黄を里の主に近付けさせ、固有能力で里の主の魔力を奪わせ、居場所を特定することで会わへんようにしてきた。まぁ、当時の紫に言うたら、今頃のウチらは死んどるやろなぁ」
さりげなく花菜子が暴露する。
その最後の表現に笑いそうになったものの、真面目な周囲の表情から事実なのだろうと察した。
「どちらにせよ、今はまだ大丈夫。監視してくれている味方が他にもいるからねぇ」
章二が応えて、その場は解散になった。




