059-(140) 里と同じ光景
目を覚ました。鈴虫がリンリンと遠くで鳴いている。
夜明けが近いのか、障子紙の向こうが白っぽく色付いていた。
それから一度も寝付けなかった私は、しばらくして耳に入って来た、章二が活動する音で布団から出た。
そして、何だかんだと朝食の手伝いをさせられた。
もっとも遅かったのは花菜子だが、自堕落なところは姫と呼ばれていた大昔の時代から何も変わっていなかった。
ただ、その朝食にははっきり言って驚かされる。
「神社なのにパンなんだ……?」
「昔からパンが主食だったんだよ」
「でもまさか、朝一で生地から作るとは……」
「前に納豆食べたい!っちゅうて頼んだら納豆を練り込んだパンにされて、ウチも驚いたよ」
そんな会話から始まり、
「暇やから寝る」
と言って花菜子は朝食のお皿を片付けることなくその場で横になってしまい、
「花菜子が寝ているからお遣いを頼みたい」
という調子で、あれよあれよと手紙を渡されて。
今、既に遊園地の入場ゲートの前に居る。
道中、黒い面は居たものの、襲撃してくる者は稀。あの時ほど力を使わずに済んでいる。
ただ、驚くべきことは遊園地の中だった。
黒い面同士がデートをしていたり、黒い面の家族で遊んでいたりする光景には、流石に里で見慣れていたはずの私でも背筋を凍らせた。
しかも、それは全員ではなく一部。
明らかに低能力者、まだ黒い面になっていないだけの、半分だけ黒い顔の一般人も混ざっていた。
街中の黒い面の暴動を知らないはずがない。
だが、その一般人にはまるで黒い面が見えていないかのように過ごしている。
都内の情報が遮断されている地方から旅行で来ているのだろうか。
そう疑ってしまうくらい、普通の日常を過ごしていた。
指示された場所にはサーカスのテントが張られていた。
そのテントからは天津の気配が感じられる。
ドキドキしながらも入れば、天津は受付に座っていた。
「一体、何しに来たんです?」
口調はちょっと不機嫌そうだった。
しかし、私だって来たくて来た訳じゃない。
私は鞄から天津宛の手紙を取り出して突き出した。
「ラブレターなら要りませんよ」
「章二っていう神主から」
天津の冗談をスルーして帰ろうとした。
でも、その腕を掴まれて引き止められてしまう。
振り返れば、天津が真面目な表情をしていた。
「今の私、ピエロなんです」
何を言うかと思えば。
既に天津はピエロの格好をしている。その姿を見て解らないはずがなかった。
「ピエロはお客様を笑わして帰すことが仕事です」
「それが?」
「私は貴方にも笑って帰ってほしい」
さっさと帰る予定だった。
でも、そんな天津の目を見ていたら、それが円の演技に懸ける目と同じだと気付かされた。
「入場料は取らないよね?」
溜め息をついた後の私の一言に天津は目を丸くしている。
が、すぐに答えた。
「もちろん。それも、特別な予約席に御通しさせて頂きます」
「とか言って」
私は天津の手元にある予約者のリストを垣間見る。
「空席があると目立つから誘ったんじゃ?」
「それもありますが、」
「あるんだ……」
「ある手品に参加して頂きたいだけですよ」
もっとも、サーカスというモノを見たことが無いので手品も行うのだな、くらいの気持ちだった。
「手品といっても、貴方は舞台に出て来て頂いて、私の言う通りに動いて頂けば、身の安全は保障します。今回の予約者は親子連ればかりでしたので、流石に家族の1人だけをスタッフ側に巻き込むようなことはしたくありませんから」
「まぁ、そういうことなら……」
そうは言いつつも、実は生の手品など今まで一度も見たことはなかった。
任務の道中、電気屋の前のテレビで偶然見かけ、魅入ったことはある。
でも、その程度の知識しかないのも事実だった。
だから内心、ワクワクしていた。
天津が言っていた親子は、能力こそあれどそこまで凄くはない、5組で遊びに来たお友達同士だったらしい。
母親同士は凄く仲良いのに対し、父親同士は子供の面倒を押し付けられている、という構図に少し和ませてもらった。
輪廻を終わらせることが出来たら、私にもこんな家族を持つことが出来るのだろうか。
いや、そもそもクローンに子供が作れるのだろうか。
サーカスは静かに始まった。
ピエロのパントマイムによる挨拶、ちょっとした手品から始まり(そこで呼ばれるかと身構えていた)、ライオンショー(ライオンは恐らく妖怪と思われる)、綱渡り(一般人の技に驚愕)、空中ブランコ(イルカとシャチの格好をした人だった)、曲芸(大半が能力者なのに1人だけ一般人でまたも驚愕)、と続き。
そしてピエロが再度登場する。
ピエロは異彩を放ちながらも私の前まで、わざわざ舞台から降りてきて手を出した。
その手を握れば、ピエロもまた緊張しているのか、少し震えていることに気付いた。
だが、
「きゃっ」
思わず声が出てしまい、その愛らしい声に自分でも凄く驚いてしまった。
が、ピエロは動じる素振りもなく私を御姫様抱っこして飛び上がり、舞台の定位置に戻る。
そこで静かに降ろされた。
『1分後、詠唱するので合わせて下さい。合唱みたいに少しズレても大丈夫です』
「(詠唱?!)」
と、ピエロが私の脇腹を掴んで上に持ち上げる。
そして、そのまま高らかにジャンプした。
私は自然と客席を眺めることになる。
客席の後方には多くの黒い面と、数名の鬼の面が居た。
だが、隅に居る鬼の面の様子がおかしい。まるで悶えているかのような姿に、一瞬だけ円を連想した。
ピエロは私をあっちこっちと空中遊泳させた後、また定位置に戻る。
『皐月の名において時を封じることを赦し給え』
その言い始めに瞬時に悟る。
この場に居る者の時間を停止させ、鬼の面ごと封じるつもりなのだと。
しかし、それを使えるのは輪廻の力を持つ如月家の血筋だけのはず。詠唱の呪文も薄らと記憶に残っていたから間違いないだろう。
だが、詠唱は既に始まっていたのでピエロに続いた。
詠唱は私の知る呪文と少し違っていた。
が、私は天津を信じて詠唱に続く。
天津に魔力を譲渡していることが解る。
そして詠唱を終えた時、私の前には鬼の面が立っていた。
「なっ?!」
気配が全くしなかった。
鬼の面が私の顔面を目掛けて拳を振り下ろす動作が見えた。
気付いて咄嗟に避けようとしたが間に合わない。
思わず目を閉じてしまったが、その衝撃は全くなかった。
ゆっくりと目を開ければ、鬼の面はパックリと2つに割れている。そのお陰で動作が止まったらしい。
「先にレディを狙うとは質が悪いですね」
天津は答え、背中越しに私を引き寄せた。
「今の詠唱は手前に居た一般人にしかかけていません」
耳元で教えてくれながらも、天津は私を抱いたまま後方に飛んだ。
先程まで居たところに魔弾が飛んでくる。
「団員には既に退避するよう伝えてあります」
「最初からこれが狙いだったのか」
「無料という誘い文句に引っかかる方が悪いのですよ?」
天津はそんなことを言ったが、最初から言ってくれたらよかったのに、とは感じた。
「黒い面も鬼の面も、ここで少しでも排除しておこう、って魂胆?」
天津の腕から離れた私は黒い面の1人を蹴りで対処する。
一方、天津は私の背中越しに戦闘しながらも答える。
「いいえ。サーカス団を解散する理由にしたいだけですね」
少し前に天津と花菜子が会話していた内容を思い出していた。
花菜子は引き止めたが、天津は推し進めた。
きっと、結果的には良くはなかったのだろう。
「流石に、私の夢という理由だけで団員を死にさせたくはないですからね」
「ピエロをやることが?」
「ええ、そうですよ」
互いに背中合わせで戦いながらも話す。
「私の憧れた人が言っていました。道化師のように生きた方が私の性分には合っている、と。それまで感情を押し殺していた私は更に気を引き締めました。ですが、彼女が言った意味は、失敗しても笑え、人を欺いても結果で驚かせろ、ということでした」
花びらの記憶に残っていた私は思わず微笑していた。
誰に言っていたか、記憶を思い出した時にはそこまで思い出せなかった。
でも、それは天津だったらしい。
「さて、そろそろ貴方にも演じてもらいましょう」
「既に演じているようなもんじゃない」
思わずツッコミを入れながらも、天津が先程から地面に描いていた術式が消えていないか確認しつつ、踏まないようにして天津側に飛び退く。
それだけで、黒い面は大半を地面に落とした。鬼の面は既に面を軽く割っているのですぐには動けないはず。
「いきますよ……!」
予想よりも長い呪文だったが、天津との詠唱は上手くいったらしい。
窓ガラスのように分厚くも黒みがかった結界が生み出され、テントの隅に居た鬼の面すらも一瞬にして飲み込んだ。
しかし、同時に全ての生物の気配が消える。
まるで個々の時間だけが輪廻しているかのように、悶え苦しむ様子が繰り返されていた。
「宮本家の魔物が扱う術と同じですよ」
天津はさらりと術式の解説を始めた。
「天使族が扱う特殊な結界の1種です。これを霊力に適用したのが、宮本家が扱う結界術です。もっとも、あちらは魔物の器を消費しなければいけませんし、内部での効力もわざと弱く作ってあるようですね。それに比べ、私達の場合は物質であれば何でも利用できます。本来であれば、結界の中に入り込んだ、又は残ってしまった瘴気を無限に束縛する、非常に強力な術なのですが」
「じゃぁ、宮本家に術を教えたのは天使ということ?」
「えぇ。他ならぬ私ですよ」
天津は自分を天使だと認めた。
でも、驚かなかった。
どこかで解っていたのだとは思うものの、それがいつの記憶だったのかまでは解らない。
「私達は少し特殊な出自でして。天使であり、悪魔でもあります。まぁ、あの時は若気の至りと申しますか。ただの人間如きがどこまで天使や悪魔に近付けるか、興味がありましたから。ですが、今では後悔しています」
クローンという術は魔物の研究が発端だと言われている。その魔物を生み出し、利用する原因を作ったのが天津だということだろうか。
しかし、それならば、天津が術を教えていなかったらクローンの私は誕生していなかったかもしれない。
いつの間に書いたのか、天津から手紙を返された。
「了解しました、とお伝え下さい」
もっとも、手紙の中身は読まない方が良い。詮索もしない。
それが女神様の時からの暗黙のルールだったので私は黙って受け取った。
天津との間に微妙な空気が流れる。
「気にならないのですか?」
「気にならない、と言えば嘘になる」
「もう少し、人間らしく生きても構わないと思いますがね?」
天津は溜め息をわざとらしくついていた。
人間らしく、というなら、私は今、とても人間らしく生きていると思う。
少し前までは、自分の考え何て無いに等しかった。
何も考えずに、自分の意見は言わずに、ただただ命令に従って生きる。
円や花菜子と一緒に居る時だけが、意見が言える唯一の場所だった。
でも、その時もまた、暗示という命令に従っていただけかもしれない。
それに比べ、今は自由。
こんなに自分で考えたことは、恐らく今まで無かったと思う。
しかし、これが幸せかどうかは解らない。
結局、世界の崩壊を推奨する立場から抑止する立場に代わっただけ。
まだ世界が無くなるという悪夢のような不幸からは脱却できていないのだから。
天津に案内された、遊園地の裏門から外へ出る。
外は既に暗くなっていた。
そして暗闇に紛れながらも隠遁して帰路を急いだ。
夜は流石に黒い面による襲撃者が多かった。
だから帰宅は深夜になってしまったものの、章二は起きて待っていてくれた。
手紙をその場で読んだ章二は眼鏡を外してから私に言う。
「あの遊園地は最初に甚大な被害が出る場所なんだ」
章二の言葉に私は首を傾げた。
「輪廻から推測して、それは明日。属性神の数名が巻き込まれる。行かなかった者だけが生き残る。そして、里の主によって魔力暴走させられる」
「・・・」
「だが、今回は展覧会が開催されるらしい。こんな輪廻は今まで無かった。そして、展覧会の内容と生存者の健康状態からして全員が揃う可能性が高い」
「彼が遊園地に居るのは、属性神を逃がす為?」
「私もそう考えた」
「……属性神の代わりに殺されるかもしれない、と?」
私の一言に章二が黙る。
「可能性は高いが……遊園地を壊滅的にするのは、里の主ではなく人蝕の繭 ―― あの空に浮いている船なんだ。そして、今の彼には魂や核が無い」
「……え?」
「彼もまた、里の主に奪われたらしい」
章二の言葉に愕然とした。
「もっとも、里の主には内臓を奪う手段はなかったはずだ。恐らくは章一と契約して能力を融通しているのだろう」
「どちらにしても、明日。一度は遊園地に行きます」
「それは展覧会が終わってからの方が良いだろう。下手すると君の核まで奪われかねない」
章二の言葉に頷き返した。
しかし、実際には歯痒さが残っていた。
天津が危険に晒されるという未来が解っているのに助けに行けないこと。
船が来ると解っているのに来客者を避難させられないこと。
そして、的確な案を出せない、自分への怒り。
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夢の中、灰色の空間に如月が立っていた。
「天津を助けたい」
私は如月に言った。
如月が振り返って私を見る。
「私はどうしたら良い?」
如月は微笑んだ。
しかし、それだけだった。
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しばらく、こちらは1日おきくらいの更新になります。
なので次は4月2日の更新予定です。
(頑張ってはいますが、本編の進捗によっては2日おく日も出てくるかもしれない)




