057-000 私たちの想い
"私たち" は肉体こそ同じでも、顔立ちは少しずつ異なっていた。
多分、本来であれば如月は大元の魂を所有していたから全てを知っていたのだと思う。
お父さんは大元から瘴気に満たされた黒い蔦と黒い石を奪った。
黒い蔦は大元の髪の毛。黒い石は大元の内臓が砕けたモノ。内臓はお父さんの固有能力で大元の体内から奪った。
それらを調合と培養で増やし、魔法石の粉末を混ぜたモノと、神器を混ぜたモノの2種類を生み出した。
それが、それぞれ劇薬と黒い面になった。
あとは、私が記憶していることと大差なかった。
分解され、発狂する。
死んで、再生される。
その繰り返しの中で、擦り切れる心。
ただ、如月は全ての運命を変化させる為に私に神名を授けた。
私は役目を担い、核融合炉の中で適任者に神名を与え続けた。
誰に何の名を与えたのか、その詳細な記憶はない。
でも、だからこそ里の主に分割された核が新たな核として独立していった。
しかし、私の所持している核だけは私が回収し続けていたので独立しなかった。
役目はすぐに全てが引き継がれる訳ではない。
それでも、輪廻が進むにつれて徐々に役目の力を如月は失っていった。この役目の力は強大だったからか、力を失った如月は弱っていった。
だから、輪廻の影響を受けにくくする為にも、事前に準備しておく為にも、予知夢が見られる夢魔をこの森の中に滞在させていた。
夜の間に美島市を後にして、重い体を引きずるように線路の上を歩いた。
もうじき、私の体は動かなくなる。
それは、核融合炉を出てから瘴気が摂取出来なくなってしまったから。
橋の袂で朝日を迎えた。
でも、私はもう、その一歩を踏み出す力も残されていなかった。
鉄橋に寄りかかって、雲で掠れた朝日を全身に浴びる。
『病院で起きた火災には色々な噂があるわ。でも、どれも真実には至っていない』
如月の言葉に私は頷く。
有力視されている説は2つ。
親を失った子供が火を点けた説と、狂った患者が火を点けた説。
でも、どちらも違う。
そう言い切れるのは、私も真実を知っているから。
『院長が真実を隠蔽する為に火災を引き起こした。全てはお父さんを犯人に仕立て上げる為に』
『皮肉にも、院長の行いによって隠蔽の連鎖が続いてしまうのだけれど』
そう。その連鎖も断たなくてはならない。でも、私はこのまま……。
『死にたい訳ではないのでしょう?』
如月は言った。
死にたくはない。
いや、実際にはここでは死にたくない。
どうせ死ぬなら、先に花菜子に事実を伝えなくてはならない。
何故なら、属性神を黒い蔦に長く触れさせる訳にはいかないから。
あれに長く触れたら、例え里の主とお父さんの行為を止められたとしても、地界の崩壊は免れなくなってしまうのだから。
とりあえず、目を開けた。
まだ朝日は昇ったばかり。時間はそこまで経っていない。
呆然とする頭で、必死に考えた。
でも、同じ結論しか思いつかない。
私は自らの胸元を思い切り貫いた。激痛が全身を駆け巡る。
しかし、同時に皮膚の下にあっただろう黒い面がいくつも割れた気がした。その黒い面から瘴気が溢れてくる。
所詮は紛い物の器。激痛と引き換えに私は "私" を壊した。
それでも手足だけ残したのは、舵取りが必要だと解っていたから。
体を無理に起こしてわざと川に落ちる。
激流に呑まれながらも結界で空気層を作っておいた。
海に出たのか、結界が浮袋になって水面へ浮上する。
そして不格好でも、結界から手足を出して海を進んだ。
予想通り、沿岸には黒い面の姿はあまり見られなかったと思う。
やがて、花菜子の最寄り駅の近くの沿岸に打ち上げられた。
目を覚ました時、最初に飛び込んできたのは茶色の天井板だった。
起き上がってみて、最初に驚いたのは自分の体だった。
完治……まではしていないものの、表面上は元に戻りつつあった。
そして、部屋の内装。
正方形の和室なのに、襖以外の3方はただの壁。窓すらない。
本来、こんな造りはしないはず。
「起きたか」
襖を開けた花菜子がその場に立っていた。
そう言えば、前にもこの部屋に入ったことがある。でも、あの時は逆の立ち位置だった。
つまり、ここは花菜子の言う本堂。
私は無事、花菜子に助けられたのだろう。
「知り合いから連絡が無かったら迎えにいけへんかったわ」
「無茶をしたとは思ってる。でも、花菜子の力が必要だったから……どうしても伝えたくて」
「必要としてはるんは、紫?」
「違う」
「じゃぁ……」
「属性神」
私の一言に花菜子が目を丸くした。
「今、女神の核を持っているのは、花菜子だよね?」
「・・・」
花菜子は黙った。もちろん、確認で聞いた訳じゃない。
「女神の役目は抑制、麻痺。どちらも体に関わること」
花菜子の特殊な体は、傷付けられた相手に瘴気を渡してしまう。だが、きっとそれを利用して私に瘴気を分けてくれたのだと思う。
このことからも、私のこの体よりも花菜子の能力の方が勝っていることは明確だった。
「黒い面は黒い蔦から出来ていて、その蔦は私達の大元の髪の毛から出来ている」
クローン実験の被害者は生み出された私だけではない。
花菜子のその体も、元はと言えば劇薬によって体質を改造された所為。
「黒い蔦は魔力を瘴気に変換する力がある。あれに長時間触れてしまったら、例え正常な神でも堕転は免れない。だから、お願い。女神の力で属性神を守ってあげて……!」
「……どない思う?」
花菜子は私、ではなく後ろを向いていた。
花菜子の後ろに立つ人物は、私も良く覚えていた。
ここの神主で名前を章二という、お父さんの実の弟にあたる人。
「間違ってはいないけど、若干、情報が足りていないかなぁ」
章二はそう答えて部屋に入り、私の傍でしゃがんだ。
「原点から黒い面まで、恐らく直接伸びている訳ではないよ。中間には、君のお父さんや里の主が居ると考えられる」
章二が少し下を向いたことで黒縁の眼鏡が鈍く光る。
「確かに女神の力で暴徒の抑制をすることは可能だが、同時に女神の核がまだ残っていることを里の主に教えてしまうことになる。だから、今はまだ女神の力を使えない」
私は黙った。
だが、伝えられたことに変わりはない。
でも今も黒い面で苦しむ人を助けることは出来ない。そのことだけが悔やまれた。
「逆に聞くんやけど、あの融合炉からどうやって生還したん?」
花菜子の質問には、時間をかけて答える必要があると感じた。




