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056-000 美島舟山

 美島市内は異様な程の住民で溢れていた。


 誰もが一様に結界師、又は結界そのものに魔力を流している。

 子供も大人も関係なく、交替で流し続けているようだった。


 そんな光景を垣間見ながらも、記憶を頼りに舟山の方面へと足を進める。


「まさか、こんな時に来るとは」


 懐かしい声がして探せば、私の進んでいた道の先に遠音が立っていた。

 もっと近付けば、遠音が溜め息をつく。


「遠音が見張り役?」

「いや。ただ、その見張り役から連絡があったから顔出ししたってだけ」


 舟山の守護神は遠音。

 つまり、本来なら先に許可を取るべき相手だったのだと理解する。


「ごめん、今まで気付かなかった。管轄内に入っても大丈夫?」


 遠音は少し目を丸くしたが、それでもすぐに、いつものダルそうな目に戻る。


「ここまで来ておいて、今更だな」

「私もそう思った」

「……お前()変わったんだな」


 遠音は敢えて言葉を多く言わなかったのだと感じた。


 言いたかったのは、私が如月に似たことだろう。

 実際、私もここまで推測して広範囲で行動できるようになるとは思ってもいなかったし、そういう点でも如月に似てきたとは思う。


 遠音の案内は迷宮結界の出口までだった。

 きっと見張りをしなくても何をするか、解っていたからだろうと思う。


 その場で別れた私は、記憶を頼りに木々が開けた場所に出る。

 木の切り株がちょうど木陰にあったので休憩する為にも座った。



 そして目を閉じる。




 如月は私に言った。


『貴方は今日から空神 ―― 時空乃守(じくうのもり) と名乗りなさい』


 途端、私の胸元は何故か温かくなった。

 それが急激に全身に広がり、やがて溢れ出るオーラを抑え切れなくなって一気に放出する。


 ――嗚呼、何て心地良い響きなんだろう!


 それはまるで感動だった。

 全身でその名を歓喜しているようだった。

 オーラがどんどん底から湧き上がってくる。


 こんな感覚、初めてだった。

 里の主の拘束による快感よりも、解放による快感に心臓のドキドキ、ワクワクが止まらない。


『そしてこれからは、貴方が新しい神に名を与えなさい。それが貴方の神としての役目』


 神名は私を縛り付けた。

 名称を呼ばれる度に魂が抜けるようになった。

 見知らぬ土地の夢も見るようになった。


 だが、呼ばれても神になるだけの力が無い者には、例え神名を考えついて口に出しても、相手に受け取られることはなかった。


 ただ、一度だけ。


 如月がある精霊に神名を授けた時に垣間見えた光景がある。

 いくつもの光の線が精霊に降り注ぎ、真夜中にも関わらず、その一帯を晴天の日中のような光景にしてみせた。そして、小指程に小さかった精霊は少女として蓮の花の中に佇んでいた。


 だから、神は縛られても信仰という魔力を糧に生き続け、力がある者には役目(ねがい)として返還する。

 その力というのは、努力なのか、実力なのか、そこまでは定かではない。ただ、返還できる相手は限られるのだと思う。

 だからこそ、神は役目を忘れてはならなかった。役目を忘れた神は悪神と呼ばれてしまうのは致し方ないことだと思う。




 目を覚ましたのは、既に日が隠れた後だった。

 誰かがかけてくれたのか、温かい毛布に包まれていた。


 すぐ近くで気配がしたので、毛布を畳んで切り株に置いてから移動する。

 相手は少女の姿をしていたものの、それが妖怪であることはオーラから理解した。


 少女はゆっくりと私を振り返る。


「あたしは阿吽の妖怪、狛犬のアコ」


 名乗られた途端、私の中の何かが弾けた、そんな感覚がした。

 この森で如月が封じていた記憶が次々と流れ込んでくる。


 ――ただ、それはあまりにも辛くて。


「……如月は、死んだの?」


 あの時、遠音は何も言わなかった。

 でも、目の前のアコが頷く。


 私はここに来て、如月から原点に関する話を聞こうとした。恐らくは、黒い蔦こそが原点だと感じたから。

 でも、もうその如月は居ない。

 無駄足だったか、とは感じたものの、クローンである存在はそう長くは生きられない。


 だからか、悲しくは感じなかった。


「この森が静かだったのは、妖怪をあまり見かけなかったのは、如月が死んでそんなに経っていなかったから?」

「うん。でも、あたしはそこまで悲しまないよ。前々から自分の死を予言していたし、あの人なら絶対に現状を見たら叱ると思うから」

「違いない。私も、私が先に死んで友達が嘆いてばかりだったら叱ると思う」


 答えてから、内心では円と瞳に謝罪していた。

 もっとも、如月には感謝している。


「あの人は私を輪廻から救ってくれた。あのまま輪廻し続けていたら今の私は存在しなかったと思う。だから、会って伝えたかった」

「……来て」


 しばらく黙っていたアコが私に背を向ける。

 ついてこい、という意味だと気付いてアコに続いた。


 アコは無言でどんどん深い森を進んでいく。


 辿り着いたのは古びた巨大な扉の前だった。

 が、そこに建物は無い。扉だけがある。


 そして、その扉は鳥居によって支えられていた。

 扉の模様を、どこかで見たような……。


 しかし、アコは思い出す時間を与えてはくれなかった。


「阿吽の血の契約に基づき、扉の封印を一時的に数秒間、解除せよ」


 扉は一瞬にして透明になり、アコの手に引っぱられて中へと誘われる。



 そこにあったのは、亜空間だった。


 黒い蔦に覆われた球体の空間の中。

 中央にアコの生み出した火の玉が浮いている。


 その火の玉が照らした場所をよく見れば、半透明になった蔦の向こう側に桜色の髪を携えた少女が眠っていた。


 私は目を丸くさせる。

 その少女は、私に良く似ていた。


「あの人が貴方を助けた理由。本当は、妖怪の私達は貴方を殺したかった。でも、あの人はそれを最後まで許してくれなかった。それは貴方があまりにも大元に似ていたから」


 衝撃的な事実に驚愕する。


「そんな……! それだけの理由で私を助けてくれたというのっ?!」


 私は後方のアコを振り返った。

 だが、そこには既にアコの姿は無かった。


 アコどころではない。いつの間にか亜空間からも追い出されていたのか、ただただ深い森が広がっている。


 大元を振り返ってもそこには何もない。

 周囲には妖怪の気配さえも無かった。


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