047-130 欲望と理性
目を覚ましたのは、崩れかかった建物の内部だった。
病院の待合室、のようなソファの上で眠ってしまっていたらしい。
永い夢だった。
だけど、先程までの夢はしっかりと覚えていた。
廃病院を出て、水道が生きていた家まで戻った。
今が夏場で良かったと感じながらも、風呂場で埃っぽい体を軽く流す。
そして、夜まで呆然と過ごした。
今まで休日を呆然と無駄に過ごすことは多かった。
でも、それは記憶違いかもしれない。
何故ならば、お父さんに実験されていた記憶も残っているから。
今思えば、借りて来た本は全く進んでいなかったし、死神様に呼び出されたはずの記憶もない。
だから、自らの意思で呆然と過ごせたことは、恐らくは無かったと思う。
移動しようと準備し始めた途端、カタカタッと屋根上から音がした。
誰かが足場にした音だとは思う。
だけど、その音から同じ里の者だと判別出来た。
警戒しながらも、念の為に隠遁して外へと出る。
そして遠目からその姿を黙認したら逃げるつもりだった。
ところが、そこに居たのは千尋だった。
千尋を見た瞬間。
全身の塞がれていた箇所から一気に魔瘴が流れ込んできた。
―― 水神ヲ、名乗ル、モノ。
核まで届かないように努力してみる。
が、その間にも、コントロールできなくなった器は千尋を守る純と刃を交えてしまっている。
―― 水神、殺ス。
『うっ?! ぐぐっ ……』
結界で何とか核だけは守る。
でも、次第に視界が揺らいでくる。
このタイミングで徐々に器の感覚が戻って来るが、同時に奥底から沸き起こる狂喜、それに伴う快感を求め、千尋が持つ濃厚で強力な魔瘴に心惹かれていく。
―― 欲シイ! アレ、欲シイ!!
―― 死神様カラモ、ゴ褒美、貰エル!!
私は死神様の為に存在する。
死神様が全てで死神様の為なら死んでもいい。
死神様の任務は絶対厳守。
成功すれば魔力を下さる。
魔力で呪い殺したらあの快感が手に入る。
恨み、憎しみ、……他人を貶める快感が!!
『でも、純を殺したら、ダメ』
私の思考に口を挟む、もう1人の私。
死神様から、純を殺して良いとは言われていない。
まして、純は私に与えられた守るという任務の対象者。
ここで純を殺せば、例え水神を殺せても成功にはならない。否、むしろ失敗の方にされるだろう。
しかし、純に守られている水神は、今は無防備にも眠っている。チャンスは今しか考えられない。
結界の中に戻られてしまえば、それこそ二度と快感を得るチャンスは巡ってこないだろう。
しかし、純は既に私の動きを解っている。
水神から離れるようなことはしないだろう。
―― シカシ、私ハ欲シイ!!
―― しかし、殺したくない!!
葛藤が私の足を止めた。
嗚呼、良かった。
私の理性までは、まだ浸食されてはいないらしい。
快感は、確かに欲しいと思った。
でも、欲望を抑え込んだ私は純に伝える。
「――!」
でも、何を伝えたか、自分でも理解できなかった。
純は悲しそうな表情をして水神を連れて、立ち去る。
追いかけようとする私の足を、理性で無理くり、抑え込んだ。
純は、私にとって初めての友達だった。
だから、例え自分が死ぬことになっても、純を守りたかった。




