029-000 公認の家出
日曜の報告時、同時に申告して死神様の許可が下りた。
思い切った私は月曜日の放課後、急ぎ帰ろうとする花菜子を掴まえて告白する。
「しばらく花菜子の家に泊めて欲しい! って言ったら怒る?」
「…… は?」
もちろん、急だっただけに驚くのも無理もない。
だが、花菜子はその点で目を丸くした訳じゃない。
『許可、下りたんか??』
『うん、下りた』
『思い切ったことするなぁ。処分されても知らへんで?』
どうやら宿泊よりも命の心配をしてくれたらしい。
だが、この許可にはちょっとした事情がある。
それを花菜子と一緒に帰りながら説明することにした。
黄の入院期間は大事をとって6月いっぱいと言われた。その間に魔力暴走が起これば期間が長引く可能性は高い。それは女神様にとっても、死神様にとっても好ましいことではない。
そして、黄も私と同じ劇薬を摂取しないと発作が治まらないこともある。
劇薬は外界では禁忌の薬。万が一、本人が劇薬を所持していることが判明したら、恐らく二度と里へ帰還は出来なくなる。
それを避ける為には、対処法を知っている私が傍に居て見守る必要があった。
市原先生は、少なからず私と黄の正体に気付いていると思う。花菜子の病気を知っていることを考えれば協力者の可能性は高い。何かあれば連絡を入れてくれるだろう。
でも、里では特別な術を使わない限り電波を受信することが出来なかった。その術はかなり高度な結界術だったことと、条件がかなりシビアなことからも、花菜子に相談しても難しいことは解っていた。
この2点については死神様に伝えなかったものの、里で携帯を使われるよりはマシと判断されたのか、6月中という期間限定で日曜以外の宿泊を許可された。
「なるほどなぁ。しかし、それならそうと、早めに言って欲しかったわ」
「ごめんね、急で。でも、まさか本当に許可が下りるとは ……」
「想定外やったんか ……」
流石に花菜子も言葉を失っていた。
花菜子の住まいは、正直かなり遠いと感じた。
しかし、各駅停車で遠回りする路線だから遠かっただけで、実際にはそこまで距離はないらしい。
その駅からバスで更に15分。
到着したのは、小高い山の2つ目の頂点に近い場所だった。
駅からはほぼ直線だったが、急勾配と1つ目の山の所為で駅は見えない。
ちなみに、降りた停留所からは海が一望できた。
私達を降ろしたバスはゆっくりと下り坂を走っていく。
道路を渡って、細い下りの道を進んだ。
そして2分と歩かないうちに、目の前を階段状の壁に突き当たる。
壁、という表現が正しいくらいに、その階段は急勾配だった。
「まぁ、こっちは裏側なんやけどな。緩やかな階段がええんなら表側に回るけど、どないする?」
「花菜子が表側に行かない理由は?」
「参拝客がおる、拝まれることがある、こっちよりも2倍くらい距離がある」
「じゃぁこっちで」
もっとも、ビルを足場にして隣のビルへと飛び移ることは日常茶飯事だっただけに、それらに比べたらマシだとは思う。
ただ、いざ登り始めて気付いたのは、石段が思ったより狭いということだった。
足のサイズからして、広くて20センチ、狭いと12センチくらい。それも、天然の石なのか幅も凸凹もまちまち。高さには慣れていても、足を踏み外さないかと少しヒヤヒヤする。
その中腹で、花菜子は立ち止まって右脇の獣道を指した。
「ウチ以外は、例え友人ゆうても神主の許可があらへんから本堂には立ち入れん。こっちに正月の炊き出し用のかまどと休憩スペースがあるから、そっちなら自由に使ってええよ」
そう言いながら獣道へと足を踏み入れたので、それに倣う。
両脇を竹林が続く。獣道は普段から人間の出入りがあるのか、しっかりと平らに踏み固められていた。狭くても、階段よりはこちらの方が歩きやすい。
その竹林を抜けたところに建物はあった。傍に小さいながらも井戸らしきモノもある。
「裏側から上ったんは、表側からやとここはちょっと遠回りになるん」
花菜子が私の前を進みながら理由を教えてくれた。いつの間にか取り出していた鍵をクルクルと回している。
建物は井戸の方向だけに開いていて、中にはいくつものかまどが連なっていた。
花菜子の言う通り、たまには使われている形跡が残っている。それに、蜘蛛の巣や悪霊が少ないことからも小まめに手入れはされていると思われた。
「本当は外側に階段があって2階に行けたんよ。でも、誰かはんが階段を破壊してからは、こうせぇへんと行けのうなっとる」
そう言った花菜子は井戸の近くで高いジャンプをし、建物の2階の上部のでっぱりに手をかけてみせた。
そのでっぱりこそが、階段があったという証拠だった。きっとでっぱりは屋根だったのだろう。
でっぱりの奥にはドアがあり、辛うじて崩壊を免れた足場が絶妙に残っている。
花菜子はもう片方の手で器用に鍵を開け、ドアノブを回して引っ張る。しかし、ドアを引いてしまうと唯一の足場が隠れてしまっていた。
なのでドアを勢いよく開けながら一度着地し、もう一度上り直している。
「…… 階段、作り直した方が良くない?」
思わず聞いた。だけど、花菜子は失笑する。
「どうせまた破壊されるんや。せやったら最初っから無くてもええやろ」
「破壊される? もしかして、不法侵入されるとか?」
「似たようなもん。まぁ、ここに誰かおる時はそういう輩も近付かんと思うで。実際、ここで何度か寝とるし、知り合いを泊めたこともあるけど、誰も会ったことはあらへんから」
そう答えた花菜子は私を2階に上がるよう促した。
2階の部屋はだだっ広かった。里の私の自宅の2倍くらいはある。
一面畳張りだけど、イグサの匂いが薄らと残っている。隅には足の短い長机が数枚、イグサで編まれたクッションが数十枚、綺麗に積まれてある。
窓にはブラインドがあって、ちょっとした集会所のようなイメージだろうか。
下駄箱に靴を放り込んだ花菜子が疲れた様子で座り込む。
だから、花菜子の靴を直してから私も上がる。
「お邪魔します」
「実家だと思うて使うてええよー。まぁ、たまーに、近所のちっさい坊主どもが入り込むけど、2階までは来ぃへんから気配消しておけば問題あらへん。驚かせてもええけど、ウチはフォローしーひんで?」
もっとも、屋根があって火と水と明かりが揃っていれば十分だった。
「神主にはウチから言うとくけど、最近は忙しいからあんまこっちには来ぃへんと思う。いっつも神主らしい恰好しとるから、まぁ、会えればすぐ解る」
「…… 本当に、自由に使ってええの?」
「ええよ? …… あー、裏がある、って思っとん?」
私は素直に頷き返した。花菜子が失笑する。
「あるにはある。せやけど、今は言えん。それに、ウチやのうて神主が決めること。ただ …… せやなぁ。傍におうてもろたら、交渉が楽になる案件がいくつかあんねん。更に同行してくれはるんなら、近隣住民には、人がここにおることをウチから伝えてもええわ。そうすれば、悪い坊主は滅多に来ぃへんようになる」
「しばらく泊めてもらうんやし、そのくらいなら構わんよ」
「なら、決まりやね。先に近隣住民に伝えて来るわ」
深いため息をついた後で、花菜子は重い腰を持ち上げてくれていた。




