028-000 お見舞い
前期試験も近付く土曜の放課後。
午前中の授業だけだったので、死神様と橋本先生に許可を頂いて寄り道をすることにした。
道中で先に花を購入した。
これは事情を説明した女神様から頂いたお金で支払う。
そして病院の受付で用紙に記入し、伝えられた病室へと向かう。
その病室を開けば、寝ている黄が居るはずだった。
が、私の目に先に入って来たのは妙に長い髪の人物だった。
もっとも、その人物もこちらを振り返って目を丸くさせている。
「まさか、先客が居るとは ……」
「ごめんなさいね、私で」
答えた音神は立ち上がって椅子を奥から引っ張り出してくれていた。
私は、黄の担任から渡された試験用の課題を近くのテーブルに置いてから座る。
音神は黄の手を握って、黄に魔力供給をしていたらしい。黄の体から音神の魔力がほんのりと溢れていた。
「香穂里でも紗穂里でもなく、こっちに居るとは思わなかった」
素直な感想を述べた。
音神は少し経ってから答える。
「あの2人には目をかける人物が多いし、本人達も魔力暴走後の対処方法を心得ているから問題はないと思ったの」
そう言えば、最近の花菜子は挨拶もそこそこにそそくさと教室を出て行っていた。
もしかしたら、音神のようにここに来ているのかもしれない。…… 興味はないけど。
「黄は違う、と?」
「…… 家出前のこの子を知っているのよ」
音神の一言に目を丸くした。
即ち、音神は黄の本性を知っている、ということで間違いないのだろう。
「でも、当時のこの子から、私は凄く嫌われていた。だから私からは近付かなかったから、この子のことは良くは知らないの。きっと、今の貴方の方が詳しいと思う」
しかし、黄の本性を、出生を聞こうとは思わなかった。
黄はその話を一切してこない。つまり、私には知られたくないことなのだと思う。
過去の黄に何があったのかは解らない。
だけど、音神は今、この病室に居る。
「…… じゃぁ、どうして魔力供給なんて ……?」
「親が居ない寂しさを知っているから …… かな」
音神が黄から手を離す。
「勝手に共感しているだけかもしれない。この子にとっては寂しく感じていないかもしれない。でも、何となく。傍にいてあげたいと思った。拒否されるから、この子が目覚めるまでは居るつもりはないわ。でも、もし時間に余裕があるなら傍に居てあげて。この子のことだから …… 母親のように大きな愛情で包んでくれる相手を探している気がするから」
強ち、間違っていないと思って目を閉じた。
黄は今、女神様からの愛情をほぼ一身に受けている。
今回の外界での入院だって、特例はないと激怒した死神様を女神様が宥め、特例とさせたくらいだった。
黄が欲しているのは、私ではなく女神様。
だから音神が去った後、黄が目覚める前に病室を後にした。
病院の前は庭園のようになっていて、草花が綺麗に手入れされていた。
白とピンクのコントラストが美しい花の傍のベンチに腰を下ろす。
そして、呆然と病院を見上げた。
昔、同じように病院を見上げたことがある気がする。
あの時は、病院が真っ赤に染まっていて綺麗だと思っていた。
でも、それが原型を留めていた病院を見た最後だった。
「クレマチス ―― 花言葉は策略」
向かい側、病院から出て来た雰囲気の女性に声をかけられた。
誰だろう、と悩んでいれば、私の目の前までやってくる。
遠目でも目立った大きな帽子を脱いだあたりで、やっとその女性が市原先生だと気付く。
「奇遇ですね。病気ですか?」
せっかくの黄昏を邪魔されたので嫌味たっぷりめに聞いてみた。
市原先生はニッコリと微笑んで答える。
「私、ここの病院にも勤務しているのよ」
「…… 看護師、ですか?」
「いいえ。医師の方よ」
一瞬、理解出来ずに首を傾げた。そして気付く。
「医師免許に、教師免許 …… 両方持っているってことですか?」
「ええ、そうよ。他にも免許はあるのだけど、今はこの2つしか使っていないわねぇ」
そう言いながら市原先生が私の隣に座った。
「何の科目ですか?」
「異能小児科、と言って解るかしら?」
お父さんと同じだった。
異能小児科は、超能力をコントロールできない小学生以下の子供が通う科目。大半がコントロールできなくて、しかし癖のように発動させてしまう症状で通院する。
でも、中には生死を彷徨うほど深刻で入院する場合もある。
ちなみに、異能内科という科目もある。こちらは中学生以上が通う科目で、大半が精神的に不安定になってしまって、又はストレスを抱え込んでしまって、コントロールが出来なくなってしまう症状が多いらしい。
「私の固有能力で、一時的に能力を使えないようにするの。それが自らの意思で能力を止めることに似ているのでしょうねぇ。子供は成長と飲み込みが早いから、数回繰り返すだけで止める方法を覚えてくれるのよ」
「暴発しそうになった時に止められるようになれば、後は暴発しないように意識するだけですからね」
「そうなのよ。だから私の今の所属はこの病院だけど、時折、違う病院や診療所に出向くこともあるの」
市原先生はニコニコと嬉しそうに答えてくれた。
「そういう羽生さんは、妹さんのお見舞いにいらしたのでしょう?」
「ええ、まぁ」
学園に提出した書類を見たのか、又は病院の中で知ったのか。
どちらにしても、黄がここに入院している情報は容易に入手できるのでそこまで驚きはしなかった。
そもそも、羽生なんていう名はあまり居ないので姉妹だと教えているようなもの。
「それなら、妹さんの病室に一度戻った方が良いのではないかしら?」
「…… どういう意味ですか?」
「妹さんが入院していること、ご両親が承諾していても、本人はまだ知らないのではなくて? 目が覚めて、入院していると知って ―― 慌てて実家に帰ろうとしなければ良いのだけど」
指摘されて、ハッと気付かされた。
死神様の許可が下りなければ外泊は出来ない。
つまり、入院も基本的には里の中でなければならなかった。
だが、黄は許可が下りていることを知らない。
市原先生はそのことを遠回しに教えてくれた。
私は立ち上がって市原先生を振り返る。
「ありがとうございます!」
市原先生がどうして里の事情を知っているのか、それは解らなかった。
でも、今は黄の方が最優先。
急いで黄の病室に戻ることにした。
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変わらない悪夢。
今夜もまた、同じ悪夢。
こんな悪夢なら、一緒に死んだ方がマシだったかもしれない。
―― 一緒にって、誰と?
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