019-000 葛藤(閑話)
私が目を覚ますと、そこは自分の部屋だった。
必死に記憶を辿ってみたものの、修学旅行の帰路の記憶も、里に戻って来た記憶も、何一つ思い出せなかった。
しかも、自宅に居るはずなのに、その旅行の荷物さえも見当たらない。
ただ、死神様に帰宅の報告した内容は、何故かしっかりと思い出せていた。
純を守る任務に関して、今回は音神の配慮もあったから良かったものの、私が疎かにしてしまったことを注意された。
そして、純に重要な外界での任務を与えることになったので、守り切る自信がないのであれば私は不要と仰られた。
黒い面を装着してからふらりと玄関の外に立つ。
そこからは、近くの小さな公園が一望できた。
まだ黒い面も装着できない子供が広大な黒い砂場で遊んでいる。
あの黒い砂は、死神様に処分された者や、黒い面の魔力に対応できなかった者の末路。
つまり、あの砂場は墓地を兼ねている。
でも、そうとは知らずに里の大人は遊ばせている。
任務に不要という意味なのか、私が不要という意味なのか。
それでも私の居場所はここしかない。
私には逃げ場がない。
しかし、あの黒い砂のように、子供にも踏まれるような存在にはなりたくなかった。
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夢の中、森に少女がいた。
あの少女は、確か巫女の血筋。
末っ子で力が弱くても、食べれば力が手に入るだろう。
でも、いざ、少女を目の前にした私は動きを止めた。
少女はカメラを抱えていた。
それは、私があげたもの。
それは、私が大切にしていたもの。
「今まで、守ってくれて、ありがとう」
私は、森の守護神だった。
私は、死ぬことを解っていた。
「これからは、私がこのカメラで皆を守るから」
私は、少女を食べないことにした。
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1週間ぶりに教室に登校した私は花菜子に相談を持ち掛けた。
教室にはまだ2人しかいない。
このままずっと、永遠に2人きりでも良いとどこかで思いながらも全てを打ち明ける。
途中、自分でも何を話したのか覚えていなかった。
それでも、親身に聞いてくれた花菜子が口を開く。
「朝一で何を言われるかと思ったけど、なるほど」
理解してくれたのか、花菜子は静かに答えた。
「逃げ場が欲しいなら、とりあえず逃げてみたらええんとちゃう?」
「…… え?」
「必死で逃げて、行き着くのが逃げ場やから。まだ逃げてもおらへんのに逃げ場を求めるんは、努力もしーひんで能力を得ようとあがく奴とそう変わらへんわ」
「あっ……」
流石に黙るしかなかった。花菜子が溜め息をついて頬杖する。
「ほんで前にも言うたけど、逃げ場は決して永遠に安堵できる場所やない。そこは一時的な安息の場。逃げ続けるんなら違う場所を探すしかあらへん。せやけど、狭い世界で逃げ続けることは不可能に近い。結局、何れは敵と戦うしかあらへん。やったら、逃げ始めた最初の時点で戦っておいた方が、逃げ続ける為の時間稼ぎになる」
「花菜子はそうやって逃げてきたの?」
何となく、思ったことを訊ねた。
だけど、訊ねた後で気付く。
でも、もう遅かった。
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桜色の中は、最も安全な場所だと思う。
ここには誰も来ない。
だから誰も傷つかずに済む。
でも、ここは決して逃げ場にしてはならない場所。
解っていたから、私は今日も、やってきた石に問う。
『君はそっちで幸せだった?』
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