018-031 嘘か真か④
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桜色の髪が言う。
『貴方も私も、時代に取り残された存在』
だから、寂しい。
だから、悲しい。
『でも、人間と同じように成長することは出来る』
成長なんて、したくない。
成長したら、―― したら?
成長したら、何が起こるというの?
『成長すれば、事実が見えてくる』
事実なんて、知りたくない。
知ったら私は壊れてしまう。
『そのまま、壊れたら良いのよ』
桜色の髪の言葉に驚く。
『それが成長。未来に希望を見つけられた証拠よ』
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その晩。
皆が寝静まった後で、私はこっそり部屋を抜け出した。
円と瞳が動いていることに気付いたからだったが、それと一緒に何故か純の気配もしたため。
ただし、円と瞳の気配が1階にあるのに対して、純は何故か建物の屋上から感じられていた。
故に、私は屋上を目指す。
屋上には予想通り、純が居た。
気配は純のみ。
だから安堵して近付いた。
純はこっちを見ることなく、屋上から地上を眺められる場所で下を指す。
その先を見れば、円と瞳が居た。
2人は大声を出して口論した後に、ある1点に大きめの穴を空けている。
「封印された自縛霊を掘り起こすみたい」
純の呟きに私はただ溜め息をつくしかなかった。
音神を動かす為に頑張っているのだろう。
「本当にあの2人は姑息だなぁ」
「そもそも、あんなに大きな声を出していたら、如月さんが気付かないはずがないのに」
「そやね。でもまぁ、純じゃなくて安心したわ」
純が動いているのではないか、と不安に思っていただけに、確認しに来ただけの私はそう答えて去ろうとした。
が、純が私の手を握って引き止める。
驚いて私は振り返っていた。
そう言えば、純も気配を絶つ術を持っているはずなのに珍しく絶って居なかった。
ということは、私に来てほしくてわざと絶たなかった可能性がある。
もっとも、これだけの距離があれば、目的の相手のことなど考えずに大声を出すほど必死の円と瞳では、私や純には気づいていないだろうが。
「紫は私の過去を知っているのよね?」
その言葉に、私は更に驚いていた。
「急に …… どうした?」
「過去を知りたくなったの」
トクンと胸が高鳴る。
純の純粋な瞳は真っ直ぐ私に向けられていた。
確かに、私は純の過去を知っている。
何があったのかも、その全てを知っている。
だけど、このことは言えないように口止めされている。
もし言ってしまえば、私は確実に処分されるだろう。
「お願い …… 教えて、紫」
―― これが純の "成長" 。
ふと、そんなことを思った。
どうしてそう思ったのか、解らない。
でも、そう思ってしまったからには答えてあげたかった。
しかし、私はまだ自分の想いに答えを出せていない。
だから、今はまだヒントすら伝えることすらできない。
悩んだ末に、私は答えを出す。
『気持ちの整理がついたら、答える。だから今は答えられない』
わざとテレパシーで答えた。
純は私を見たまま目を丸くしている。
『紫 …… 金色の …… 』
私は慌てて目を逸らしたが、もう遅いだろうと感じて諦めて目を閉じた。
そう。私も金色の目を持っている。
つまりは、神なのだろうと思う。
だが、私は未だに自分が何者なのかを解って居ない。
そもそも、何の神であるのかすら判明していない。
それに、このことは誰にも言っていなかった。
例え信頼をしている円であっても、このことは本当に誰にも話しをしていない。
事情を察したのか、純まで黙ってしまった。
なので私から少しだけ話すことにする。
『純の記憶は誰に奪われているのか ―― このことを知った方が純のためだと思う』
『奪われている?』
『そう。純から消えた記憶はただ消えているのではなくて、奪われている。
だからもしも、この5分後に純が記憶を失うようなことがあれば、私は確実にその奪った者に殺されるでしょうね。
だから、お願い。この後の5分間は何も考えずに居て』
奪っている者の正体は、実は私も良くは解っていない。
過去に起きた内容を消した者のことは知っているものの、その者が5分間の記憶を奪っている訳ではないことを知っている。
だからこそ、私はその両方に気を付けなければならなかった。
故に、下手にヒントを与えることも出来ない。
純は解ってくれたのか、ゆっくりと頷いて答える。
『解ったわ。でも、自縛霊が出て来たらどうなるか解らない …… 私、見ていようと思って』
『もう5分くらいは大丈夫だと思うけど ……』
『それなら大丈夫。何も考えないわ』
純はそう答えて軽く目を閉じようとしていた。
だから慌てて訊ねる。
『ところで、何で過去を知ろうと思ったの?』
その言葉で純は目をまた開けてくれた。
不思議そうに首を傾げている。
『その5分間に他人を傷つけているかも、そう宮本さんに言われたから。
それに、過去を知ることで成長が出来ると如月さんに言われたから。
この旅行中、2人に言われてしまったのだから、知った方が良いのだろうと思ったの』
『そうか …… ありがとう』
私が言っても純の頑なな意志を変えられなかったのに、あの2人はあっさりと変えてしまったらしい。
嬉しい気持ちと悔しい気持ちの入り混じった複雑な気持ちを抱えて、私はその場を後にすることにした。
『こないな時にどこ行ってたん?』
花菜子に声をかけられた。
久々に純と話をして、しかし複雑な気分を更に害された私が答える。
『通信は良好。何?』
『あの2人、自爆するつもりやで。それも、使い慣れてへん式を悪用するつもりやと思う』
素直に驚くと共に、それだけで瞬時に理解をした。
風見家には陰陽道が伝わっていて、里では未だに根強い人気があった。
通常、里の中で生まれた子供は、里の中の学校を経て陰陽道を習う。その中で、それ以外の術に目覚める者は違う学問に進むことになっていた。
そんな陰陽道の術の中でも、式は後半に習う部類だった。
だが、外界で育った円と瞳は陰陽道を知らないはず。まして、式は使い方を誤れば自身に災いが返ってくる危険がある。
つまり、さっきの呪術と同じ。
その為、里の住人であっても滅多なことでは使わない術だった。
2人が式を使えるならば、それは恐らく鬼の面の影響。
そして災いは、魔力が残っていないはずの2人ではなく主である死神様に返る可能性が高い。
舌打ちした私は個室が並ぶ廊下を走り出す。
『そもそも、何であの2人、死神様にとって危険なことばっかり計画するの??
ってか、計画の記憶はもう無いはずなんじゃないの?!』
就寝前に、花菜子がテレパシーでこっそり教えてくれたこと。
それは円と瞳の記憶から、香穂里を脅迫したこと、記事を作成したこと、その内容を教わったことの3点を音神の協力者が消したという内容だった。
『うん、あらへん …… はず』
答えた花菜子に食いかかる。
『じゃぁ何で?!』
『多分、記事を利用した計画の記憶を消したことで、当初の2人で計画しとった記憶が呼び起こされて、上手く補間されたんやないかな。咲九も原因は解らんって言うとったし。
まぁ、紫は2人をどうにかして止めて。ウチは呼び起こされた方の再封印をやってみる』
消えた記憶はただ消えるだけではないらしい。
ということは、奪われた場合も補間されてしまうのだろうか。
補間されるのは、直前の記憶なのか、直後の暗示なのか。
そんな疑問を感じながらも、1階で停まっているエレベーターを待つ時間が惜しくて階段を勢いよく下る。
何とかして2人を静止させたい。
その気持ちだけで走っていた。
でも、静止させる方法なんて何も思い付いてない。
「貴方は2人を止めたいのでしょう?」
不意に声をかけられて足を止めた。
階段の上を見上げれば、音神と、何故か遠音が一緒に居る。
「ん? 誰かそこに居るのか?」
遠音は普段の分厚い眼鏡をかけていなかった。
その所為か、どうやら少し下の薄暗い場所に立つ私が見えていないらしい。
しかし、それは音神以外に知られないで済む点、好都合でもあった。
「建物の裏側で隠遁して待機していれば貴方に好機が巡るわ」
「・・・」
本来なら信じられない予言だと思う。
2人が建物の裏側に来るとは限らない。
でも、何故か信じても良い気がしていた。
それに、妖怪に怪物と呼ばれるくらいの音神のことだから、私の先程の気持ちは読み取られているのだろう。
だから遠音にバレないよう声を出していなくとも、その気持ちすら汲んで発言してくれたのだと思う。
私はお辞儀して階段を下りる。
「黒い刀は心無い者の弱点よ」
音神が立て続けに呟いた。
階段なので声が良く響く。
深い意味は解らなかった。
だけど、黒い刀は、恐らくは支給されている武器のことだと思った。
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「サーニャ! もうやめてよ!!」
私を止めようと仔犬が叫ぶ。
サーニャというのは、私のことだろうか。
でも、私はその仔犬の名前を思い出さないようにしていた。
私の名も、思い出さないようにしていた。
私が私ではなくなるような、そんな気がしたから。
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隠遁して待機する間に仮眠をとっていた。
夢を見たということは、きっと深かったのかもしれない。
いや、浅いから見たのか。
どちらにしても、近くにある2つの気配で目を覚ます。
「ぐっ ……!」
その片方が嘔吐したらしい。
物陰に居た私はそっと覗き込む。
青い方が片膝をついて辛そうにしていた。
しかし、赤い方も辛そうに息を上げている。
「術って、こんなに、辛いもん、なのかよ ……!!」
当たり前だと内心で答えた。
能力者は大概、幼少期から自然と能力を使っている。
だけど、大半は自己防衛程度の弱いもの。結界術や魔術のバリアには程遠い柔らかいもの。
本来は体内にある、魔力や霊力などと呼ばれる能力を自在に操縦する訓練をしてから、その能力を消費させて術式で強化する訓練をする。
それでも、その段階で能力の限界に達する者もいる。
攻撃的な術式はその次の段階。
その先の壁を突破できる能力者は多分、神以外に存在しない。
「…… はっ。猪塚のこと、馬鹿にできねぇな」
「・・・」
「どうした?」
「・・・」
赤い方は全く答えなかった。
それどころか、どんどん息が上がって苦しそうに喉元を掴んでいる。
不審に思ったのか、赤い方の後ろに居た青い方が立ち上がって覗き込む。
「なっ?!」
青い方が驚愕し、尻餅をつく。
居ても立ってもいられなくて。
私は鬼の面を装着して、しかし、隠遁したまま大回りをして赤い方を覗き込みに行った。
そこにあったのは、口から黒い刀を突き刺した赤い面の姿だった。
「何してんだよっ??」
青い方が刀の柄に触れる。
が、その瞬間、黒い刀に向かって黒いオーラが走っていった。
そして青い方がその場に倒れる。
何が起きているのか、解らなかった。
辺りを静寂が包み込んでゆく。
「(このまま、2人を見殺しにすれば死神様は安堵するかもしれない)」
そんな気持ちが私を支配し始める。
死神様にとって、2人はただの駒に過ぎない。
その駒が足を引っ張るなら早めに切っておかないと里の平和が乱されてしまう。
「助けへんの?」
不意に背後から花菜子の気配がした。
耳元に花菜子の吐息が当たる。
でも、振り返ってはいけない気がして、
—— 目を離したらいけない気がして、そのまま答える。
「死神様の為なら ……」
「そうやね。
でも、ええんか?」
脳裏に2人と遊んだ記憶が蘇る。
こんな時に、ずるい。
「ここで死んだら、2人はもう二度と、―― せんで?」
花菜子の言葉が、記憶の中の2人の笑顔と重なる。
そんなの、許せない。
私は赤い方の刀の柄を掴む。
魔力が、急激に奪われる感覚があった。
でも、この程度なら耐えられる。
私は円から刀を引き抜いた。
『契約違反に基づき、その大罪を違反者の代理として御身に受けよ』
その刀が、喋った。
その刀が、私に刃を向ける。
そして ――。




