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016-024 嘘か真か②

 3日目の早朝。

 私は嫌な夢で目を覚ます。汗で下着が濡れてしまう程、それは酷い悪夢だった。


 なのでさっさと着替えて涼しい廊下に出た。

 そこで音神と鉢合わせする。


「…… おはよう」


 目が合ったので、一応挨拶をした。

 音神は一瞬だけ目を丸くしていたものの、すぐに、


「おはよう」


 と返してくれる。

 何だろう。それだけなのに、どこか嬉しかった。



 しばらくフラフラしていると、不意に不穏な視線を感じたので、隙を見て隠遁してからその気配を追ってみる。


 辿り着いた先に居たのは、音神だった。

 流石は音神。隠遁していても私だと解っていたらしく、音神が口元に人差し指を当ててから前方の壁の先を指す。


 覗き込めば、円と瞳と香穂里の3人が立っていた。


「今日のコース上に無音室がある研究施設があるようですの。無音室でなら、誰にもバレずに始末出来るでしょう?」


 円の一言に香穂里が驚いている。


「ちょっと待って。始末って ……」

「殺さなかったら手に入らないだろ?」


 瞳の一言から私も察した。

 ようは無音室で弱った音神の核を奪え、ということらしい。

 同じく隠遁していた音神に引っ張られたので、私もその場を離れることにした。



 恐らく、私は円の計画を阻止したいのだと思う。

 既に音神にはバレている現状、円と瞳に勝ち目はない。そして、花菜子の助言からして香穂里は恐らく神器と契約したのだろう。あの神器の噂は私も薄々知っている ―― 炎神の核が含まれている、と。

 神相手に、黒い面を利用した操縦の術は効かない。幻術も効きにくい。

 協力者に仕立てるにしても、今からでは分が悪すぎる。


『最初から、何もかも解っていたんでしょ?』


 適当な場所で音神に訊ねた。

 音神は振り返って頷き返す。


『でも、里の主との条約がある以上、私からは手を出すつもりはないわ』


 如月の言葉に私は黙る。

 確かに、音神はまだ何も仕掛けていない。


『ただ、このままだとあの2人が協力者を使って私を襲うでしょうね。私の核が目的のようだから』


 私は返答を悩んだ。だが、如月の見立ては私と一致している。

 このままでは、まずい。だから何かしなければならない。

 が、解っていても、肝心の何をすればいいのかが、解らない。


『その相談は、私ではなく貴方の主人にすべきでしょうね』

『死神様に??』


 これには私が驚いた。まさか音神から指南されるとは。


『貴方が知っていることを話せばいいのよ。流石に、これだけの情報が揃っていたら、私と言わずに誰でも未来の予測は出来るはず。回転の速い里の主ならば、尚更』

『で、でも!! そしたらあの2人の処分は ……』

『この程度なら、殺されることはまず無いと思うわよ?』


 音神はあっさりと答えた。

 任務に失敗した者が殺されることは、どうやら音神も知っていたらしい。


『だって、これは任務ではないから。それに、まだ大事には至っていないから。ただ、逆に計画が順調に進んだ方が被害は大きくなってしまうような気がするの』


 私はギクッと肩を震わせた。

 悪夢が思い起こされる。


『直接、貴方に手を貸すつもりはないけど。魔力が足りなかったら、花菜子でも構わないから相談してね。多分、花菜子の方が貴方に肩入れしていると思うし』


 音神はそう言うと部屋の方へと去って行った。




 こっそりと連絡してみれば、死神様は静かにお怒りになられていた。


 結果を言えば、私の考えはほぼ正解。

 香穂里を協力者として許可していなかったのは、その父親である岸間 章太郎(きしましょうたろう)という人物を死神様がまだ信用してはいなかったから。

 それに、音神に手を出さないのは、利害が少なからず一致している部分がある為らしい。


『音神との関係は悪化させたくない。だから音神にこちらの多少の情報漏洩があっても構わないと思っている。実際、音神はこちらの重要な情報を掴んでも公にはしていないから、恐らくは向こうも利害の観点から目を瞑っている点があると考えられる』

『つまり、音神が我々を監視していることは普通、と?』

『里を見張る白狐と同じだ』


 里には、基本的に死神様が許可をした者しかいない。

 だけど、その結界すらも解除して外界から乗り込んできた者が1人だけ居る。真っ白い毛と白い狐の面に覆われていることから、通称は白狐(様)と呼ばれていた。


 白狐は黙っていて、滅多なことでは口を開かない。

 例え私達が攻撃しても回避され、追い払っても必ず同じ位置に戻り、罠を仕掛けても先に解除してしまうくらいの超能力者。

 流石の死神様も、里を攻撃しない限りは放置せよ、という御触れを出している。


 ちなみに、白狐はある者の監視が目的で、それが死神様ではないことだけは答えてくれる。


『何としてでも2人を止めよ。出来れば、音神と岸間家の娘には怪我をさせるな。万が一、2人が黒い面を利用して非能力者を操ろうとしようものなら、事前に危険を音神に伝えても構わない』

『それは、任務ということでよろしいのでしょうか?』

『あぁ。それも特別任務という枠にする』


 私は目を丸くしていたと思う。


 特別任務は結果が同じであれば手段を択ばないという分類。

 今までは対象の殺害などという内容にしか使用されなかった為に動揺を隠せなかった。




 3日目の今日は自由行動がメイン。

 そして、円と瞳が香穂里に伝えていた内容から、動き出すなら今だろうと判断した。


 体調が優れないという偽の理由を伝えて班員とは別れ、独りで隠遁し、円と瞳を監視する。

 だけど、2人は一向に動く素振りを見せなかった。


『岸間の方はヘタこいたよ』


 不意に声がして周囲を見回せば、公園の銅像の影で隠遁する何者かの気配を感じた。

 もっとも、私の協力者なんて1人しか思いつかない。


『班員と一緒に行かなかったの?』

『紫が心配やから難儀見るって言っておいた』

『言い得て妙だね』


 答えてから2人でひっそり笑う。

 もっとも、花菜子のことだから音神と繋がっているのだろう。


『失敗したら2人が動き出す、と?』

『多分そうやろね。とはいっても、情報が届くんは時間がかかると思うけど』

『音神と香穂里は?』

『同じ班やから一緒に行動しとると思うで。まぁ、咲九は警戒して人払いしやすい道を選ぶ、とは言うとった』


 流石、音神。

 私が言う前から警戒してくれているのだから、被害者の2人に問題はないだろう。


 となれば、私の役目は自ずともう2人に注がれる。

 加害者の2人が何をするかは解らない。

 だが、止めるにしてもどのように止めたら良いのかと悩んでいた。



 しばらく経ってから、円と瞳が班と別行動をとり始めた。

 物陰に隠れつつも尾行すれば、思った通り、2人は巨大な術式を描き始めていた。


 それに気付いているのか、いないのか。

 香穂里と音神の班は会話をしながらもゆっくりと術式の中に足を踏み入れようとしている。


『術式は、図書委員の時と同じみたい』


 何となく、すぐ傍に居る花菜子に伝えた。


『せやろな。あれは練習も兼ねとっただろから』

『でも、このままだと、1組の子が全員、あの術式で操られてしまう ……』

『…… はぁ』


 不意に花菜子ではない溜め息が聴こえた。


『舐めてもらっては困るわね』


 音神がこちらを一瞬だけ睨み付けた、気がする。

 私は慌てて物陰に隠れた。


『カレーに混ぜられたアレだけでは、まだ条件が足りないの。でも、条件は私も知っている。だから整わせなければいいだけ』


 その発言に気を取られている内に術式が発動する。


 私は慌てて術式から逃げようとしたが、一歩遅れていたのか花菜子に引っ張られた。

 花菜子の薄めの結界が私を守ってくれたらしく、指先が黒く染まり切る前に鬼の面を装着することが出来た。

 もし染まってしまっていたら、私も術式に巻き込まれて黒い面を装着した1組の生徒と一緒に操られてしまっていただろう。


 しかし、術式が発動しても香穂里達に異変は起きなかった。

 そして、1組の生徒が数名ほど巻き込まれているにも関わらず平然と歩いていた。


 2人も首を傾げつつ、万が一の策として用意しておいただろう第二の術式を急ぎ作り上げている。


『超能力者の苦労も知らずに安易に術を使うから(失敗するの)よ』


 完成した第二の術式が発動する。


 しかし、恐らくは記述をどこか間違えたのだろう。いつもとは異なる現象が起き始めていた。

 しかも、ほぼ同時に2人が苦しみ始める。


『呪詛返し、やね』


 花菜子の呟きに驚愕し、思わず振り返る。


『他者を操る術は大半が呪術。術式を失敗すれば、そら自分に跳ね返ってくるもんや。せやから能力者は完璧な術式を描けるように何べんも、それこそ描き慣らすくらいに練習すんねん。それを簡単だと見様見真似で、それも広大な範囲に描けば、そらミスも出るやろうし、時間がかかれば、他者が一部を書き換えてしまう場合もある』

『そっちの術に対しては、私は何もしていないけどね』


 そうこうしている間にも、2人の鬼の面には奇妙な黒い模様が浮かび上がっていた。

 もはや手は先端どころか二の腕まで真っ黒。周囲には荒れ狂う黒いオーラが漂っている。


 更に、術式の範囲内には黒い面をした全身真っ黒の悪霊が人の形になってアルファルトから現れ続けている。

 花菜子の結界が無ければ、今頃は香穂里達のように襲われていただろう。


『それにしても、音神は余裕なの? 喋りながら戦っているみたいだけど ……』


 それも、香穂里たちを結界の中に押し込んで守りながら。

 結界は、自らにかけることはそこまで難しくはない。でも他者にかけて自分は結界の外、となると簡単ではなくなる。普通なら集中力がかけて結界が消えてしまう気がする。


『紫、ちょっと魔力、貸して』


 花菜子が不意に手を握ってきた。

 かと思えば、急激に魔力が奪われていく。


『何すんの??』

『まぁ、見ててみ』


 花菜子がもう片方の手に白い何かを握っていた。

 そして、その白い何かを地面に落とす。


 白い何かは地面に吸い込まれていった。

 その場所を花菜子が足で円を描く。


 それだけで、真っ白のオーラが水面のように広がっていった。

 白いオーラに触れた、生まれたばかりの悪霊が地面に戻っていく。


「円も瞳も、他人に知られなくない秘密で脅迫されているとでも言うの?!」


 不意に香穂里の叫び声が聞こえた。

 それと同時に空が一瞬だけ光り、2人の描いた術式が綺麗に消える。


 そして、2人は仲良くその場に転がった。


「円っ! 瞳っ!」


 私が2人に駆け寄ると、鬼の面は2人の顔の奥に消えた。

 私の後から寄って来た花菜子が腕を組んでから呟く。


『2人は誰に脅迫されたんやろな?』

『…… 知らない。ウチは、何も ……』

『ええ機会やし、教えとくわ』


 花菜子は私と同じ視線になる。

 だけど、その金色の目を見て戦慄した。


 金色の目は ――


『事実を知ろうとしーひんは、ただ現実から逃げとるだけ。

 逃げとるだけじゃ、何れ逃げ場を失うねん。

 せやから逃げ場を守る為には、事前に敵を知っとく必要がある。

 ほんで、敵を知る為には過去の事実を探ることが大切やねん』


『ウチは……』


 里は平和だった。

 そんな平和が好きだった。


 でも、時折思う。


 里は決して逃げ場ではない、と。


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