5 第四層偵察任務
今日は2話投稿します。
6時と18時に投稿します。
初任務までの一週間。俺たちは与えられた最新装備に慣れ、チームとしての連携を磨く毎日を送っていた。迷宮社の訓練施設は、一般の冒険者には想像もできないほどの充実ぶりで、魔法の詠唱速度を上げる装置や、特定のステータスに負荷をかけて成長を促すエリアなど、どれもが刺激的だった。
そんな中、夜ごとの「魔石ガチャ」は、俺と明日香の日課となっていた。任務に備え、できるだけ強くなりたい。その一心で、支給され、そして訓練の合間に少しずつ集めた魔石を回し続けた。
「よし、今日も始めるか」
寮の自室で、机の上に魔石極小を200個並べる。まずは『幸運の魔石(極小)』を一つ使用。体内に馴染みの温かみが広がる。
「『魔石ガチャ』!」
消費魔石45個。光が収まると、ガチャカプセルが三つと、直接『AGI増加の魔石(極小)』が一つ現れた。
「お、今日の調子は良さそうだ」
「私も手伝うね! 並べるよ」
明日香がカプセルを手に取る。一つ目は『幸運の魔石』。二つ目は『経験値の魔石(中)』──これは初めてだ。
「経験値の魔石、大きいのが出た!」
「使うか……でも、今LV30で経験値の要求量が半端ない。少し温存しよう」
三つ目のカプセルは紫色で、開けると指輪が出てきた。
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マナバンドリング
装備者の最大MPを微増させ、MP自然回復速度を上げる。
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「これは明日香にぴったりだな」
「え? でも、もうプロテクトネックレスもらったし……」
「MPが増えれば、より強力な魔法を連発できる。後衛の強化はパーティ全体の強化だ。受け取れ」
「……はい! ありがとう、お兄ちゃん!」
彼女が嬉しそうに指輪をはめる。そのAPPがまた1、53から54へと上がった。魔石の効果か、それとも嬉しさのあまりの錯覚か。
ガチャを回すこと数回。『幸運の魔石』を切らさないようにしながら、ひたすら魔石を消費していく。様々な増加魔石で俺のステータスは着実に上がっていた。STRは235、VITは218、AGIは218、INTは215、DEXは215へ。LUCKとAPP以外は、全て+5以上されていた。地道だが、確かな成長だ。
そして、次のガチャ。消費魔石45個。光が収まった時、机の上に現れたのは、またしても分厚い書物だった。前回の『確率干渉』の時と同じ、重厚な革装丁だ。
「まさか……またスキル書?」
「すごい……二冊目だよ!」
手に取る。表紙には、前回とは違う、より複雑な幾何学模様が刻まれている。
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スキル書:確率保存
稀有な確率変動スキル。
自身のLUCKの効果を「蓄積」し、任意のタイミングで解放することが可能。
蓄積量と保存時間はスキルレベルと使用者のINTに依存。
解放時、一時的にLUCKが大幅に上昇し、強力な「幸運」を呼び寄せる。
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「……こ、これは……!」
「確率を……貯められるの?」
説明を読み、俺はその可能性に息を呑んだ。普段はLUCKをある程度抑制し(あるいは『確率干渉』で他者に分け与え)、その分を「貯金」しておく。そして、本当に必要な時──強敵との戦いや、超貴重な宝箱を開ける時などに、一気に解放する。これにより、平時は「普通」の幸運で過ごし、いざという時に「超」幸運を発動できるのだ。
「『確率干渉』と『確率保存』……この二つを組み合わせたら……」
「もう、お兄ちゃん、何でもできちゃいそう……」
この二つのスキルは、明らかに通常の枠を超えている。迷宮社ですら、その存在を把握していないかもしれない。少なくとも、カゲトは『魔石ガチャ』スキルに興味は示したが、これらのスキル書については何も言及していない。
「これも……しばらくは内密だな」
「うん……!」
すぐに習得を試みるが、『確率干渉』と同様、内容は難解を極める。INT215を持ってしても、すぐに理解できるものではない。少しずつ、時間をかけて習得するしかなさそうだ。
「まずは『確率保存』の基礎だけでも掴んでみるか……」
精神を集中させ、自分の内部に潜む「幸運」の源を探る。そこに流れる「確率」のエネルギーを、無理に引き出そうとせず、そっと内側に留め、蓄えていく……そんな感覚だ。
何度か失敗を繰り返した後、ほんのわずかだが、確かにLUCKの一部が「別の場所」に移されたような感覚を掴んだ。《マイチェック》で確認すると、LUCKが【2987(+13 保存中)】と表示されている。
「……できたぞ」
「本当? すごい! でも、13だけ?」
「ああ、まだ始めたばかりだ。貯める量も時間も、これから伸ばしていくしかない」
そうして、残りの魔石もガチャに費やし、いくつかの有用なアイテムと増加魔石を手に入れた。特に、『VIT増加の魔石(小)』は+3も上げてくれ、VITが218になった。明日香も、いくつかのINTとMP関連のアイテムを装備し、さらに強力な後衛へと成長していた。
◆◇◆◇◆◇
初任務の日がやってきた。
迷宮社本部の作戦司令室。大型スクリーンには、第四層「静寂の森」の、これまでに確認されている限りの簡易マップが表示されている。カゲトをはじめ、数名の幹部、そして俺たち第一探索隊の四名が集まっている。
「これが、お前たちの初任務だ」
カゲトがスクリーンを指し示す。今日の彼女は、いつものコートの下に纏った戦闘服が、その均整の取れた肢体の線を強調していた。ざんばらにした黒髪と切れ長の瞳が、司令官としての威厳を放っている。
「第四層『静寂の森』の外周部、このエリアの偵察と、可能であれば中継地点『αポイント』までの到達だ。目的は、魔物の生息数と種類、トラップの配置、そして可能ならば新たな資源のサンプル採取だ」
スクリーンに表示されるエリアは、鬱蒼と茂る、しかし不気味なまでに色の褪せた森だ。ところどころに、危険なトラップや、強力な魔物の生息が疑われるマークがついている。
「注意点は三つ。第一に、『音』だ。第四層は、文字通り『静寂』を特徴とする。特定の条件下で大きな音を立てると、周囲の魔物を呼び寄せたり、仕掛けられた音響トラップを暴発させる危険性がある」
「第二に、『幻覚』だ。森の瘴気や、特定の植物から発せられる胞子が、幻覚症状を引き起こす報告がある。常に精神を研ぎ澄ませ、お互いの状態を確認し合え」
「第三に……『時間感覚の喪失』だ。何故か、第四層では時間の流れがおかしくなる領域が確認されている。内部に長く留まりすぎると、外界との時間にズレが生じる。今回の任務時間は、最大6時間とする。それを超えた場合は、即座に撤退し、連絡を取れ」
どれもこれも、尋常ではない危険を示していた。力押しだけでは、到底太刀打ちできない領域だ。
「装備は支給されたものを使え。特に、音を立てずに会話できる『念話器』と、時間を正確に計測する『層外同期時計』は必携だ。忘れるな」
「「「了解!」」」
紫子は銀髪を揺らし、鋭い眼光をさらに研ぎ澄ませ、聖子は白き聖職者のローブの胸元で静かに拳を握りしめた。
「では、健太」
「はい」
「お前の『幸運』が、どれだけこの異常な階層で通用するのか……期待しているぞ」
「……重々承知しました」
そうしていざ出発の時。
迷宮社専用のエレベーターで深部へと降りていく。第三層までとは雰囲気が一変する。空気が冷たく、重く、そして……静かだ。あまりに静かすぎて、自分の鼓動さえもが騒がしく聞こえる。
第四層へのゲートは、巨大な、ねじれた樹木の根のようなものが絡み合ったアーチ状になっていた。その向こうには、薄暗く、どこまでも続く森が広がっている。
「念話器、テストします。聞こえますか?」
明日香の声が、直接頭の中に響く。
「ああ、聞こえる」
「聞こえております」
「問題ない」
銀�の戦士・皇紫子と、聖職者の天使聖子も確認する。
「では、行くぞ。俺が先頭、紫子が後衛の前、聖子と明日香は中央だ。間隔を開けすぎるな」
「「「了解!」」」
ゲートをくぐり、第四層「静寂の森」に足を踏み入れた。
その瞬間、これまでにないほどの「確率」の流れを感じた。第三層までが穏やかな川だとすれば、ここは渦巻く激流だ。無数の「可能性」と「危険」が入り混じり、ごちゃごちゃと渦を巻いている。LUCK3000の感覚が、警告を発している。
(ここは……普通じゃないな)
《マイチェック》を周囲に向ける。通常の魔物の気配はない。代わりに、至る所に「何か」が仕掛けられているのがわかる。トラップだ。圧力感知式、光線感知式、そして……おそらくは音感知式。
「注意しろ。ここ一帯、トラップだらけだ」
「え? でも、見た目は普通の森だけど……」
「俺のLUCKが教えてくれる。信じろ」
俺の直感に従い、一歩一歩慎重に進んでいく。時折、無意識に足を止め、迂回する。他のメンバーも、息を殺してついてくる。
「右の大きな石の傍を通るな。あれは pressure plate(圧力板)だ」
「承知」
「左の苔の生えたエリアは避けろ。何かが仕掛けられている」
「はい……!」
LUCKの導きに従い、なんとかトラップ地帯を進んでいく。しかし、全てが順調とはいかない。
「あっ……!」
聖子が、うっかり枯れ枝を踏んでしまった。パキッ、という音が、静寂の中に不気味に響き渡る。
「!?」
「しまった……!」
次の瞬間、周囲の木々から、無数の毒針が飛来した!
「紫子!」
「任せよ!《鉄壁の構え》!」
紫子が優雅かつ迅速に大盾を構え、前方を防ぐ。毒針が盾に突き刺さる音が響く。
「っ……! 重い……!」
「聖子、紫子にヒールと防御バフを! 明日香、針の飛んでくる方向の木々を、小声で詠唱できる範囲魔法で薙ぎ払え! 音を立てるな!」
「「わ、わかった!」」
明日香が小声で呟く。《基礎魔法》・ウィンドカッター。無数の風の刃が、針を発射した蔓や木々を静かに切り裂く。聖子のヒールが紫子を包む。
「ふう……どうやら、切り抜けたようだな」
「ご、ごめんなさい……! うっかりして……」
「いい、気をつけろ。次はないかもしれない」
この一件で、緊張はさらに高まった。
さらに森の奥へ進む。すると、前方から、かすかに囁くような声が聞こえてきた。
「……おい……こっちだよ……」
「……疲れただろう……休め……」
「! みんな、聞こえるか?」
「え? あ、あれ……お母さんの声……?」
明日香がぼうっと前方を見つめる。
「……あの薬草は……珍しい……採取しなければ……」
聖子も目が泳いでいる。
(幻覚だ!)
「みんな、目を覚ませ! これは第四層の幻覚だ! 念話で叫べ! 『これは幻覚だ』と!」
俺の念話が三人の頭の中で響く。
「「っ!?」」
三人ははっと我に返った。
「はあ……はあ……危なかった……」
「ありがとう、健太さん……」
「油断ならないな……」
『確率干渉』のスキルはまだ習得途中だが、ほんのわずかでもLUCKを彼女たちに分け与え、幻覚に対する「運」を上げることができただろうか? 今はわからない。
そうして困難を乗り越え、ようやく中継地点『αポイント』とされる小高い丘の上に到着した。そこから見下ろす森は、より一層不気味で、深遠だった。
「αポイント、到達です」
「了解。では、指定のサンプルを採取し、30分ほど休息を取れ。その後、撤退経路の確認を兼ねて帰還する」
紫子が周囲の警戒に就く。聖子と明日香と俺で、指定された植物や土壌のサンプルを採取する。
その作業中、ふと俺の目に留まった。丘の斜面の、ごく普通の草むらの中に、ひときわ輝く「何か」が埋もれている。
(宝箱……? いや、もっと小さい……魔石?)
LUCKが強く引き寄せている。近づいてみると、それはこれまで見たどの魔石とも違う、七色に輝く、わずか小石ほどの大きさの結晶だった。
「なにこれ……?」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「ちょっと、これを見てくれ」
《マイチェック》を向ける。
???????
???? ?????? ??????
______________
(鑑定不能……!?)
迷宮社の鑑定機ですら解析できないもの? それとも、単に《マイチェック》の能力が足りないだけか?
「すごく……綺麗……」
「ああ……とりあえず、回収だ」
慎重に結晶を採取し、専用のケースにしまう。これが任務にどう関係するのかはわからない。ただ、俺のLUCKが強く示唆している以上、無視はできない。
30分の休息後、撤退を開始した。帰路は、来た道を慎重に戻る。一度通った道とはいえ、第四層では油断は禁物だ。
そして、ようやく第四層のゲートが見えてきた時──事態は起こった。
「ガガガ……ゴオオオ……!」
地響きとともに、前方の地面が割れ、巨大な、樹木と岩石が融合したような魔物がその姿を現した。その巨体はアースベアをも上回り、不気味なオーラを放っている。
「な、なんだあれは!? マップに記載のない魔物だ!」
「《マイチェック》!」
アースゴーレム(LV55)
STR:??? VIT:??? AGI:120 INT:? DEX:80 LUCK:1
スキル:???、岩石装甲、大地強化
弱点:雷属性、核心《胸部》 | 耐性:物理、土属性
「LV55……!? 弱点は雷属性と胸部の核心か……!」
「だが、AGIが低い! 回避で勝負だ!」
「いや……待て」
俺は目を細めた。この魔物の背後には、第四層のゲートがある。ここで逃げるわけにはいかない。戦うしかない。
(ここで……『確率保存』を使ってみるか……?)
蓄えていたLUCKは、少しずつ練習を重ね、【87】まで貯まっていた。一気に解放すれば、一時的にLUCKが3000を超える……はずだ。
「みんな、構えろ! 俺が囮になる! 明日香、お前の全力の雷魔法を、こいつの胸にぶち込め!」
「で、でもお兄ちゃん……!」
「いいから! 信じろ!」
俺はアースゴーレムに向かって走り出す。巨腕が振り下ろされる。AGI120の動きは、俺のAGI218からすれば、確かに鈍い。しかし、その圧倒的なパワーと範囲は脅威だ。
「ふん……!」
間一髪で躱す。風圧で体が吹き飛ばされそうになる。
(よし……今だ……『確率保存』……解放!)
体内に蓄えられていた「幸運」のエネルギーが、一気に炸裂する。視界が金色に染まり、世界の全ての「確率」が、俺の掌中にあるような感覚に襲われる。
「明日香……今だぁっ!!!」
「わ、わかった! いくよ! 全魔力開放! 《並列思考》! 《思考加速》! ダブル・エクスプロージョン・サンダーボルト!!」
明日香の詠唱とともに、彼女の周囲の空気が劈く。通常のサンダーボルトとは次元が違う、二本の巨大な雷光の槍が形成され、咆哮(しかし無音)を上げてアースゴーレムを襲う。
その時、信じられないことが起こった。
二本の雷槍が飛翔途中で突然合体し、一本の巨大な雷の龍と化したのである。それは、アースゴーレムの胸部の核心を、正確無比に、そして無慈悲に貫いた。
「ゴゴゴゴオオオオオオオオオッ!!!!!!」
アースゴーレムは、岩石の身体を雷光に包まれ、その巨体を維持できずに崩壊していった。
「「「……………」」」
紫子も聖子も、明日香でさえも、ただ呆然とそれを見つめるだけだった。
「……今の……なんだったんだ……?」
「私の……魔法が……?」
俺は解放した『確率保存』の余韻に震えていた。あれは、明日香の魔法が変化したのか? それとも、超高いLUCKが引き起こした、「雷龍」という形での「クリティカル」なのか?
「……とにかく、急げ! 音と光ですぐに他の魔物が寄ってくる!」
四人は、ようやく第四層のゲートに飛び込み、エレベーターへと駆け込んだ。
エレベーターが上がっていく中、皆、無言だった。初任務は、想定以上の危険と、そして想定外の出来事に満ちていた。
特に、あの七色の結晶と、雷龍の一撃は──。
(どうやら、俺の『幸運』は、第四層でも通用する……いや、通用しすぎるのかもしれない)
胸の内側で、未知の結晶がほんのりと温かく、そして確かな存在感を放っていた。この結晶が、俺たちをさらなる運命へと導くのかは、まだ誰にもわからない。
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