4 確率干渉
今日は2話投稿します。
6時と18時に投稿します。
訓練初日を終え、くたくたに疲れ果てた俺たちは迷宮社が用意した社員寮の一室に戻っていた。広さは十分で、二人の個室と共用のリビングが備わっている。今日のSランク評価の褒賞として、基本給に加えて臨時ボーナスが支給され、さらに訓練で消費した魔石の補充分まで支給されていた。
机の上には、魔石極小が山のように積まれている。訓練で得たものと、支給されたものを合わせると、優に300個を超えていた。
「すごい量……これ全部、ガチャに使うの?」
「ああ。せっかくのスキルだ。効果を最大限に活かさないとな」
まずは、『幸運の魔石(極小)』を一つ使用する。体内に広がるあのほんのりとした温かみ。視界の端がキラキラと輝く感覚。効果時間は1時間だ。
「よし、始めるぞ。『魔石ガチャ』!」
消費魔石45個──5%の減少が適用されている。魔石の山の一部が光り、消え去る。代わりに現れたのは、ガチャカプセル二つと、直接アイテムとして現れた『経験値の魔石(小)』一つだった。
「おっ、アイテム直接出現もあるのか」
「効率いいね!」
カプセルを開ける。一つ目は『幸運の魔石(極小)』。二つ目は……『STR増加の魔石(極小)』だった。
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STR増加の魔石(極小)
使用後、永続的にSTRが+1される。
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「おおっ!?ステータスを直接上げる魔石まで出るのか!」
「永続的って……すごい!お兄ちゃん、これ使えばSTRの低さを補えるよ!」
迷わず使用する。ほんのりと筋肉に力が漲るような、かすかな感覚があった。《マイチェック》で確認すると、STRが231になっている。
「よし、これで少しはマシになったな。続けよう」
効果時間を最大限に活かすため、ひたすらガチャを回し続ける。『幸運の魔石』が切れたら、出てきたものを即使用し、再始動だ。
回すたびに現れるのは、『幸運の魔石』、各種『経験値の魔石』、そして時折、各ステータスを+1する魔石たち。VIT、AGI、INT、DEX……しかし、LUCKとAPPを上げる魔石はなかなか出てこない。最もレア度が高いのだろう。
「お兄ちゃん、APP増加の魔石、出たよ!」
「おっ、どれどれ」
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APP増加の魔石(極小)
使用後、永続的にAPPが+1される。
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「これは……明日香、お前が使え」
「え?でも……」
「俺はこのままでもいい。お前はもっと可愛くなれ」
「べ、別に可愛くなりたいわけじゃ……ありがとう」
照れくさそうに魔石を受け取る明日香。使用後、彼女のAPPが51から52へと上がった。……いや、確かにほんのりと、雰囲気が変わったような? 気のせいか。
ガチャを回すこと数十回。魔石の山は半分以下になり、代わりにさまざまなアイテムが机の上に並んでいる。一時強化系の薬、少し珍しい素材、そして──
「おっと……これは?」
深い青色をしたカプセルから現れたのは、指輪ではなく、首飾りだった。
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プロテクトネックレス
装備者のVITを微増させ、一度だけ致命傷を防ぐバリアを張る(24時間で再充填)。
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「……は? まさか……蘇生装備じゃないけど、それに近いのか?」
「すごい……命が一つ余分に守られるってことだね!」
迷わず明日香に渡す。後衛とはいえ、彼女のVITは120と低い。これがあれば、万一の時も安心だ。
「ありがとう、お兄ちゃん……本当に、ありがとう」
「……いいから、しっかり装備しとけ」
そうして最後の『幸運の魔石』を使い、最後のガチャを回す。消費魔石45個。光が収まり──今回はカプセルではなく、分厚い、革装丁の書物が直接現れた。
「……スキル本? でも、なんか様子が違う……」
手に取る。重みがある。表紙には、複雑な魔法陣のような模様が刻まれている。
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スキル書:確率干渉
稀有な確率変動スキル。
自身のLUCKの一部を一時的に他者へ付与、または他者のLUCKを一時的に奪取することが可能。
効果時間・対象数・影響力はスキルレベルと使用者のINTに依存。
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「…………」
「…………」
一瞬、部屋の中が静まり返った。
「……お兄ちゃん、これ……」
「……やばすぎないか?」
LUCKを「与える」……そして「奪う」……。このスキルの可能性は計り知れない。パーティメンバーにLUCKを分け与え、ドロップ率を向上させたり、クリティカル率を上げたり。あるいは、敵からLUCKを奪い、攻撃を外させたり、宝箱を空にさせたり……。
「これは……誰にも言うなよ。特に迷宮社には、しばらくはな」
「わ、わかってるよ! でも、すごい……お兄ちゃん、どんどんすごいことになっていくね……」
胸が高鳴る。LUCK特化という選択が、ここまで多くの可能性を秘めているとは……。もはや、これは「特化」ですらない。ひとつの「体系」になり得るのではないか?
「よし、これを習得しよう」
本を開く。中身は複雑な魔法理論と、精神統一の方法が記されている。INT210の俺でも、理解するのに時間がかかりそうだ。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「ああ……少し時間はかかるが、不可能じゃないな」
そう言って本に向き合う俺を、明日香は温かい目で見守っていた。
◆◇◆◇◆◇
翌日から、本当の意味での「地獄の訓練」が始まった。
カゲトの言葉は誇張ではなかった。メニューは過酷を極め、体力のみならず、精神力を限界まで削り取るものばかりだ。
魔法による擬似ダメージを受ける耐久訓練。複雑なパズルを制限時間内に解く思考訓練。チームメイトと息を合わせなければ突破できない連携訓練。
そして、最も過酷だったのが──「LUCK制限訓練」だった。
「今日はお前のLUCKを、一時的に『100』に制限する」
カゲトが特殊な首輪のようなものを俺に手渡した。
「これを装着している間、お前のLUCKは100として扱われる。本来の力を封じられた状態で、どう問題を解決するか……それを学べ」
LUCK100の世界は、あまりにも頼りなかった。
訓練用の宝箱を開ければ、見事に罠が発動し、擬似痛覚が全身を走る。敵の攻撃は容赦なく当たり、VIT210でも耐えきれないダメージを受ける。複数の分岐路では、ことごとく敵の待ち伏せや強力なトラップがあるルートを選んでしまう。
「ぐっ……!こんなにも……俺は……無力だったのか……」
「お兄ちゃん!」
明日香の支えがなければ、あっという間に撤退を余儀なくされていただろう。
「ふん……LUCKという巨木に頼りすぎて、己の根っこが腐っていたわけだな、健太」
カゲトの言葉は辛辣だった。
「確かにお前のLUCKは強大だ。だが、それだけだ。お前のSTRもAGIも、VITも、その高い数値はLUCKがドロップさせた強化アイテムや、経験値の魔石による付け焼き刃に過ぎない。本当の意味で、己の肉体と精神で会得した力が、お前には決定的に欠けている」
「…………」
「この訓練は、その『根っこ』を鍛えるためのものだ。地に足をつけろ、健太。さもなくば、お前はいつか、本当に致命傷を負う時が来る」
悔しいが、その通りだ。LUCK3000という絶対的な力が、いつの間にか俺自身を甘やかしていた。
「……わかった。続けよう」
その日から、俺の訓練への取り組み方は変わった。LUCKが封じられていようがいまいが、一つ一つの動きに意識を集中させ、戦術を考え、仲間との連携を大切にした。
すると、少しずつだが、変化が現れ始めた。
LUCK100でも、的確な状況判断と明日香との連携で、トラップを回避できるようになる。敵の動きを読んで、無駄なダメージを負わなくなる。そして何より──《ラッキーパンチ》以外の、俺自身の「技術」が磨かれ始めたのだ。
「……ふん、ようやく目が覚めたか」
一週間後の最終訓練日。カゲトが俺の首輪を外した。
「さあ、本来の力を取り戻して、この最終試験に臨め」
最終試験の舞台は、これまでの訓練を全て合わせたような、広大な総合訓練場だった。目標は、最深部にある「核心」の破壊。ただし、そこへ至るまでには、強力な魔物ダミーと、複雑な仕掛けが数多く待ち受けている。
チーム編成は同じ。重戦士、僧侶、そして俺と明日香。
「行くぞ」
「うん!」
ゲートが開く。LUCK3000が全身にみなぎる感覚。視界がクリアになり、世界の「確率」の流れが手に取るようにわかる……ような気がした。
最初の敵集団は、オークのダミー五体。以前なら《ラッキーパンチ》で無双するところだが──
「明日香! 左端を氷で固めろ! 戦士は中央の二体を盾で食い止めろ! 僧侶は戦士のバフを頼む!」
「「「了解!」」」
俺はAGIを活かし、右端のオークの背後へ回り込む。弱点は……《マイチェック》が示すのは脇腹だ。
「ここだ!」
《ラッキーパンチ》ではない。訓練で会得した、正確無比な一撃が、弱点を捉える。
「ぐおっ!?」
ダミーは大きくバランスを崩す。その隙に明日香の魔法が炸裂し、もう一体を氷漬けに。戦士が盾で二人を押さえ込み、俺と明日香の連続攻撃で残りを片付けていく。
「いい動きだ」
「まだだ! 次はトラップ地帯だ!」
通路には無数の矢が飛び交うトラップ。以前、LUCK100の時は苦戦したが──今は違う。矢の軌道が、かすかに「見える」。LUCKが、無意識のうちに危険を教えてくれる。
「俺について来い!」
ほとんどダメージを受けることなく、トラップ地帯を突破する。
「信じられない……あのトラップを、ほとんど無傷で……!」
「これが……本来の彼の力か……」
次は三叉路。直感が教える……右だ。
右の通路を進むと、そこには宝箱が三つも転がっていた。しかも、罠の気配はない。
「LUCK3000万歳!」
「中身も期待できそうだな」
開けると、高級な回復薬と、一時的に全ステータスを上げる薬、そして訓練用とはいえ、かなり強力な短剣が入っていた。
「これは俺が使おう」
「あの短剣、よく当たるよ!」
そうして一路、最深部へと進む。最後の部屋の扉を開くと、そこにはこれまでとはケタ違いの巨体を持つ魔物が待ち受けていた。ドラゴンのダミーだ。
「LV50……!? ドラゴンだよ!?」
「さすが最終試験……!」
弱点:雷属性、逆鱗| 耐性:炎、氷 | 状態異常:恐怖(低確率)《 》
「雷属性と……逆鱗か。でも、逆鱗に攻撃するなんて、至難の業だ……」
「なら……作るしかない」
俺は明日香を見る。
「お前の魔法で、こいつの頭を上げさせろ。たぶん、咆哮とかするはずだ。その時、首元の逆鱗が剥き出しになる」
「わかった! でも、それまで持つかな……」
「戦士、僧侶……どうか、俺たちを守ってくれ」
「任せな!」
「必ずお守りします!」
ドラゴンはまず、炎のブレスを吐いてきた。戦士が盾で必死に防ぐ。が、その衝撃で戦士の足が床にめり込む。
「くっ……! 連射はきつい……!」
「では……こちらから行く!」
俺はAGI210の全速力でドラゴンの周囲を駆け巡る。挑発する。ドラゴンの目が俺を捉え、爪で払おうとする。
「明日香、今だ!」
「《基礎魔法》・サンダーボルト!!」
雷撃がドラゴンの顔面を直撃する。ダメージは少ないが、確かに意識を引きつけた。
「ガルルル……!!」
ドラゴンが首を振り、大きく口を開けた──咆哮の構えだ。
「来た……!」
「お兄ちゃん、逆鱗が……!」
「任とけ!」
俺は躊躇なくドラゴンの足場になっている岩壁を蹴り、空中へ飛び出す。AGI210の跳躍力。ドラゴンの首元まで、一気に駆け上がる。
「これで……終いだ!」
《ラッキーパンチ》!!
拳が、逆鱗のほんの少し剥がれた部分に、正確に叩き込まれる。
「ガオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」
ドラゴンのダミーは、その巨体を痙攣させると、轟音とともに崩れ落ちた。
『──最終試験クリア。タイム:22分18秒。総合評価:SSランク──』
「「「やった──!!!」」」
チーム全員で歓声を上げた。僧侶はその場に崩れ落ち、戦士は盾を地面に突き刺して息を整える。明日香は駆け寄り、俺の腕を掴んだ。
「お兄ちゃん……! やったね、SSランクだよ!」
「ああ……お前のおかげだ、明日香」
その時、拍手が聞こえた。
「パチパチパチ──」
入口に立つのは、黒鉄カゲトだった。彼の傍らには、数名の幹部らしき人々も立っている。
「見事だ。特に、健太……お前の成長は目覚ましい。LUCKに頼りきりだったお前が、己の力と仲間の力を最大限に引き出し、見事にドラゴンを屠るとはな」
カゲトが歩み寄る。
「本日をもって、お前たち四人は、迷宮社『第一探索隊』の正式な隊員として認める」
幹部の一人が巻物を手渡す。そこには、正式な隊員としての契約条項が記されていた。
「これからは、より危険で、より未知なる領域への探索が任務となる。覚悟はできているな?」
「「「はい!」」」
四人全員で、力強く返事をした。
「よし。では、最初の任務を伝える。一週間後、第四層『静寂の森』への偵察を命ずる。それまでに、与えられた装備に慣れ、チームとしての結束をさらに固めておけ」
第四層……ついに、あのトラップとパズルの領域へ足を踏み入れる時が来た。
「ところで、健太」
カゲトが俺にだけ聞こえる声で囁く。
“ガチャ……なかなか楽しいだろう? だが、それで得た力は、しっかりと己のものにしろよ。でないと、本当の力にはならんからな”
“……わかってる”
彼は全てを見透かしている……そんな気がした。
任務を告げられ、隊員たちが解散していく。俺と明日香は寮へと戻る道すがら、今日の戦いと、これからの任務について話し合った。
「第四層か……ついに、だな」
「うん……でも、お兄ちゃんがいるから、怖くないよ」
「……バカ、油断するなよ」
そう言いながら、心の中は期待でいっぱいだった。LUCK3000と、新たに得た仲間たち、そしてガチャで手に入れた数々のアイテムとスキル。これら全てを駆使して、未知の領域に挑む──。
考えただけで、胸が躍らずにはいられなかった。
「さて、今夜もガチャを回すか……せっかく支給された魔石がまだ残っているしな」
「そうだね! 新しいアイテム、楽しみ!」
これから先、どんな宝と困難が待ち受けているのか。全ては、俺の「幸運」にかかっている──いや、俺と仲間たちの「絆」にかかっている。
その答えは、第四層の深い闇の中に、まだ隠されていた。




