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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第3章 激動の王国

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115.戴冠式

 ステンドグラスから差し込む光が、大聖堂の内部を鮮やかな色彩で照らす。


 中央通路をはさんだ左右の座席には、貴族や聖職者、そして高官たちが厳粛な面持ちで居並ぶ。


 彼らの視線の先にあるのは、色とりどりの宝石で飾られた祭壇。

 その周囲の燭台からは、溶けた蝋と香の煙が混ざった甘い香りがただよう。


 祭壇の前の椅子には、ランスヘッドが神妙な顔で座っていた。

 今まさに、彼の戴冠式が行われているところだ。


 デュランは戴冠式を取り仕切る責任者として、祭壇の脇に控えている。


(さて次は……服毒の儀か)


 この服毒の儀が、もっとも問題なのである。


「ランスヘッドよ、聖なる毒をその体に取り込み、王たる資格を示すがよい」


 王都大司教がランスヘッドに聖杯を差し出す。

 聖杯には、王領の西部に生息するレガールコブラの毒液が入っている。100人を殺せるほどの量だ。


 ランスヘッドは座ったまま聖杯を受け取ると、まったくためらう様子を見せずに飲む。


 もちろん、自殺しようとしているわけではない。

 ヘビの毒は、経口摂取では人体にほとんど影響を与えないのだ。


 しかし、過去にはこの儀式で死んだ者が何人もいる。

 おそらく胃に潰瘍かいようがあったなどの理由で、毒が血液中に入ってしまったのだろう。


 死んだ者は、王の資格がなかったというしかない。


(もしこれでランスヘッドが死ねば、俺の野望もここまでだな)


 王都大司教はランスヘッドが毒を飲み干したのを確認すると、祭壇に置かれていた砂時計をひっくり返した。

 この砂がすべて落ちるまで症状が出なければ、儀式は成功だ。

 デュランと列席者たちは、固唾かたずをのんで見守る。


 異様な雰囲気の中、ゆっくりと時間が流れ――


 砂が落ちきった。


 ランスヘッドは立ち上がり、聖杯を高く掲げた。若々しい紅顔を保ったまま、満面の笑みを浮かべている。


(よし!)


 デュランはグッと拳を握りしめた。

 ランスヘッドは、蛇神ムーズから王権を認められたのだ。


 列席者たちも、新王の勇気を盛大な拍手で称えた。

 ――しかし、その中に本来いるべき王族の姿はない。


 王太后メロディアとその被後見人のヒャンは、王城の一室に軟禁してある。

 メロディアは、ランスヘッドの即位を頑として認めなかったのだ。


(まあいいさ。王太后が認めなくとも、ジャラン教会が戴冠を認めた以上、誰も文句はつけられない)


 あとは、戴冠の儀を残すのみだ。

 若い僧侶が、黒い布で覆われた台車を祭壇前に運んできた。

 台車の上に載っているのは、円環の蛇を象った純金の王冠だ。


「第147代教蛇(きょうじゃ)ゲルディーンの代理として、汝に王冠を授ける。蛇の眼で真実を見抜き、蛇の毒で敵を打ち倒し、蛇の叡智で人々を導け。

 汝、ムーズの加護を受け、命の灯火の尽きるその時まで王国を治めよ」


 王都大司教は白い手袋をつけた手で王冠を持ち上げ、そっとランスヘッドの頭に置いた。


 ここに、新たなサーペンス王国の王が誕生したのである。


 この後は諸侯たちを王都に呼び出し、新王に忠誠を誓わせることになる。拒否すれば、反逆とみなされる。


(これでマケランもランスヘッドに従うしかないはずだ)


 彼は王家の武官なのだから、王のために働くのは当然だ。

 それでもガラガラを支持するというなら、反逆者の烙印を押せばいい。


(だがその前に、レオナがガラガラを殺してくれることを期待しよう)




―――




 マケランはピットを連れて、ラブレーの町を散歩している。


「ワンッ! ワンッ!」


 ピットは歩きながら、柳の木でつくった剣を振る。


「散歩中はやめろ。住民に迷惑がかかる」

「わかったよ」


 ピットは素直にうなずいた。ウェアドッグは飼い主の命令には必ず従うのだ。


 パクッ。


 と思ったら、剣を口にくわえてしまった。

 そのまま楽しそうにトコトコと歩き出す。


(まるで木の枝をくわえて歩く犬だな)


「マケラン様、いつも町を守ってくれてありがとうございます」

「ピット君、本当にかわいいですね」

「兵士のみなさんも、ずっとこの町にいてくださいよ」


 歩いていると、住民たちがひっきりなしに声をかけてくる。

 そのすべてが好意的なものだ。最初の頃とは雲泥の差である。


 黒蛇軍団は決して脅威ではなく、むしろ自分たちを守ってくれる存在だと、彼らは知ったのだ。


「これも司令官や兵士たちが、身を粉にして住民のために働いたからでしょうね」

「そうだな――ん?」


 答えてから、マケランはあわてて隣を見た。


「――私はその点では、お役に立てませんでしたが」


 偵察隊隊長のケイトだ。

 そこには誰もいなかったはずなのに、まるでずっと隣にいたかのように歩いている。


「ケイト、戻っていたのか」


 ケイトには、王都で情報収集をさせていた。

 偵察隊の本来の任務は野外での斥候だが、影のように存在を消すことができる彼女は、諜報員に適任なのだ。


「はい。王都で大事件が起こったため、急いでお知らせしなければと思い、寝る間も惜しんで馬を飛ばしてきました」

「それはご苦労だった。何があったんだ?」

「ラッセル陛下が殺されました」


 まるで世間話をするように淡々と口にしたので、その重大さを理解するのに少し時間がかかった。

 ピットは剣をくわえていなければ、悲鳴を上げていたに違いない。


「誰にだ?」


 周りの住民に聞こえないよう、声を落としてたずねた。


「ランスヘッド殿下の名前で布告が出ています。犯人はガラガラ殿下とのことです」

「…………」


 マケランはメガネのフレームの位置を直した。その手は震えていた。


「ですが私の見立てでは、首謀者はランスヘッドです。デュランと龍殺し軍団が、それに協力しています」

「なぜ、そう思った?」


 マケランは歩みを止めないまま、大きく深呼吸をしてから問いかけた。


「陛下が殺された日、龍殺し軍団が王都の城門をすべて閉ざしました。そんな命令を出せるのは、王を除けばランスヘッドだけです」

「第3王子に過ぎないランスヘッド殿下に、王家の軍団を動かす権限はないだろう」

「司令官はご存じないでしょうが、ランスヘッドとデュランは私的な主従関係を結んでいるのです」

「そうなのか?」

「はい。そして最近のランスヘッドは、デュランと共に王領内の農村をめぐり、住民の前で陛下の批判をしていました。さらには、王制の廃止までほのめかしていたとか」

「なんだって!?」


 いくら王子でも許されないことだ。


「それで陛下はランスヘッドとデュランを呼び出し、厳しく詰問することにしました。返答次第では死罪もあり得ました。陛下が殺されたのは、その詰問が行われた日です」


 あまりにも、わかりやすいタイミングだ。


「それじゃあ、もうランスヘッドが犯人で確定じゃないか」


 ピットが口をはさんだ。


「俺もそう思うが、ランスヘッド殿下はすぐに新王として即位したはずだ。王になってしまえば、その言葉には逆らえない。逆らえば、反逆者だ」


 現在、王都は龍殺し軍団が支配している。

 ランスヘッドとデュランが強引に戴冠式を行おうとすれば、それを止められる人間はいないだろう。


(いや、1人だけいる。王位継承に異を唱えれば、誰も無視できぬ人物が)


「王太后陛下はどうなった?」

「わかりません」

「そうか……」


(さすがにメロディア様を殺しはしないだろう)


 ランスヘッドにとっては実の祖母だし、誰からも尊敬されるメロディアを殺せば、反発が大きすぎる。


(だが、ヒャン様はどうだろうか?)


 ヒャンは王族として認められていないが、タイパン王とグラディスの娘であることは公然の秘密だ。生かしておくのは危険だと判断されないだろうか?


(ここで考えていても、どうしようもないか……)


「君は、どうやって封鎖された王都を出たんだ?」


 ケイトに問いかけた。


「城外にいた王と親衛隊を討伐するため、龍殺し軍団が西門を開けたのです。その隙を突いて、ガラガラ殿下とフィディック少尉とマクドール少尉が脱出しました。私はそのどさくさにまぎれて逃げました」


「ガラガラ殿下は王都を脱出することができたのか」


 マケランはホッと胸をなで下ろした。フィディックとマクドールも一緒にいるなら、とりあえずは大丈夫だろう。


「殿下たちはどこに逃げるつもりか、わかるか?」

「わかりませんが、おそらくは――ここだと思います」

「……だろうな」


 この状況でガラガラが頼れるのは、マケランしかいない。


(それにしても、デュランは何を考えてるんだ?)


 まだ14歳のランスヘッドには、こんな大それたことを計画して実行する力はない。首謀者はデュランの方だろう。


 よほどランスヘッドに入れ込んだのか。

 少年王を擁して、自らが実権を握るつもりなのか。

 それとも、他にねらいがあるのか。


 そこまで考えて、マケランはデュランのことをほとんど知らないことに気付いた。


(今はデュランのねらいを推測するよりも、これからどうするかだな)


「なあ御主人、ガラガラ殿下を助けるんだよ……な?」


 ピットは不安そうな顔でたずねた。ガラガラを助けてほしいようだ。


「ガラガラ殿下を助けるということは、反逆者になるということです」


 ケイトが代わりに答えた。


「でも御主人なら、デュランに勝てるだろ?」

「ピット君、相手はデュランだけではありません。王を敵に回すということは、諸侯たちとも、そして王家軍の将校たちとも戦うことになります」

「リンクードさんや、ストラティスラさんと……」

兵站へいたんの問題もあります。黒蛇軍団は食糧や物資の補給を王家から受けています。兵士の給料も王家が出しています。反逆者になれば、それがなくなります」

「それじゃあ、軍を動かせなくなる……」


 ケイトは現状を的確に説明した。これにはピットも反論できない。


「ですが、決めるのは司令官です。私たちは司令官がどんな選択をしようと、ついて参ります」

「御主人……」


 ケイトは毅然と、ピットは不安そうにマケランに顔を向けた。


(はあ……平和な日々も終わりか)


 マケランは歩みを止めた。

 2人は足を止め、まっすぐにマケランと向き合う。


「選択――それはつまり、ランスヘッド殿下とガラガラ殿下のどちらを選ぶかということだ」


 マケランはメガネをクイッと押し上げた。


「考えるまでもない」

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