114.戦いの匂い
デュランはガラガラを王殺しに仕立てることを提案した。
しかし――
「デュランよ、私は自分が王を殺した事実から逃げるつもりはない。国のためにやったことだと、諸侯や国民に対して堂々と宣言すればよいではないか」
ランスヘッドは反対した。
(はあ……これだから世間知らずの王子様は)
庶民なら正直も美徳だろう。だが、上に立つ者は必要な時に嘘をつかねばならない。
「もちろん殿下の覚悟は承知しています」
「ならば――」
「ですが、父親殺しはやはり大罪――と考える者は少なくありません。不利になる材料は少しでも消しておくべきです」
「だがそれでは、国民に対して嘘をつくことになる」
「国を想ってのことならば、偉大なるムーズも認めてくださるでしょう」
(我ながら、ひどい詭弁だな)
だがランスヘッドは、まもなく新王として即位する。
王が真実と言えば、それが真実になる。
なぜならサーペンス王国の国王は、蛇神ムーズから地上の支配を託された存在だからだ。
「殿下、ガラガラに王殺しの罪をかぶせるのは、妥当な策かと思います」
グレッグがデュランに賛成した。
「グレッグ……」
幼いころから仕えているグレッグの言葉は、ランスヘッドにとって重かった。
「だがデュランよ。当然ガラガラは自分の潔白を主張するだろうし、それを信じる者もいるかもしれぬ」
グレッグは続けて言った。「国中に布告を出すのはいいが、奴が捕らえられるのをただ待っているわけにもいくまい」
「ならば私がガラガラを追跡し、仕留めてこよう」
レオナが腰の剣をカチリと鳴らした。「一緒にいるマクドールとフィディックも同様だ」
向こうは体力のないガラガラを抱えている。全力で駆ければ、どこかで追いつけるだろう。
「追うといっても、奴らがどこへ逃げたかわからぬだろう」
「いや、ガラガラの行き先なら見当がつく」
グレッグの指摘に対し、デュランが自信ありげに答えた。
「ほう、どこへ逃げるというのだ?」
「マケランのいる、旧ゲニントン公領だ。この危機に奴が頼れるのは、マケランしかいない」
デュランは北部諸侯の反乱時に、ガラガラがマケランを信頼しきっている様子を近くで見ていた。
「なるほど、『黒蛇』のところか。確かにガラガラにしてみれば、そうするほかあるまい」
「旧ゲニントン公領へ行くなら、エナシア街道を通っていけばいい。では、すぐに出立しよう。騎士を10人連れて行くぞ」
レオナはそう言って、玉座の間を出て行こうとする。
「いいだろう。ただし深追いはするな」
デュランの言葉に、レオナは怪訝な顔で振り返った。
「深追いするなだと? ガラガラは必ず、殺すか捕らえるかしなければならないはずだが?」
「もちろん途中で追いつければ問題はない。だがガラガラを追うということは、マケランに近づくということだ。それだけ危険が増すと考えてくれ」
ランスヘッドとグレッグが首をかしげた。心配しすぎではないか、と顔に出ている。
マケランはまだ、王都で何が起きたか知るはずもない。
先回りなど、できるはずがない。
「……わかった、気をつけよう」
レオナはうなずいたものの、明らかに納得していない顔だ。
マケランの恐ろしさを知っているのは、デュランだけだった。
―――
ここはラブレーの訓練場。
マケランは約束通り、ピットに剣を教えていた。
「ワンッ! ワンッ!」
ピットは気合いの叫びを上げると同時に、剣を振り下ろす。
マケランは隣に立ち、彼の一挙手一投足をチェックする。
「なかなか筋がいいぞ」
一区切りついたところで、マケランは褒めてやった。
「へへっ、そうか?」
ピットは嬉しそうにしっぽを振った。「なあ、だったら本物の剣を持たせてくれよ。こんな軽い剣じゃ、猫だって倒せないよ」
ピットが使っているのは、柳の木でつくった剣だ。剣と言うより、棒と言ったほうがいいかもしれない。
「剣は重ければいいというものではないし、猫を倒す必要もない」
マケランは諭すように言った。「おまえはまだ体ができていないんだ。まずはみっちりと走り込みをして、足腰を鍛える必要がある」
「おう、走るのは大好きだぞ。こうか?」
ピットはブンッ、ブンッと剣を振りながら走り出した。
「おい、同時にやるな! 戻ってこい!」
――そんな飼い主とペットのやり取りを、訓練場の片隅で見守っている者たちがいた。
非番の女性兵士たちである。
「はあ……ずっと見てられるわ。なんて尊い主従かしら」
うっとりした表情で言ったのは、歩兵隊のエセルだ。
入隊直後にマケランの悪口を言って下士官に殴られた彼女だが、今ではすっかり一人前である。
「でも、あたし思うんだけど、ピット君はもっと厳しくしつけてもらいたいんじゃないかな」
同じく歩兵隊のリディアが主張した。「マケラン様は『犬のくせに口答えをするな!』と拳骨をくらわせる。するとピット君は恍惚とした表情になって、空に向かって遠吠えをするの」
「ググさんじゃあるまいし、殴られて喜ぶわけないでしょ」
同じく歩兵隊のアンジェラが、たしなめた。
「あ、見てみて! 司令官とピット君がいるよ!」
「ホントだ! ピット君に剣の稽古をつけてるみたい!」
さらにゾロゾロと、他の兵士たちが訓練場に入ってきた。
「だったら、私たちも稽古をつけてもらわない?」
「いいわね! 司令官から手取り足取り……ふへへ」
女性兵士たちの頬が、いやらしげにゆるんでいく。
女ばかりの黒蛇軍団の中で、マケランはただ1人の男である。
「マケラン様は手取り足取り教えるうちに、私のあんなところやこんなところに手を伸ばす……」
妙な妄想にふける兵士もいた。「それで私がキャッと悲鳴を上げると、マケラン様は私のあごをクイッと持ち上げ――すまない、君があまりにも魅力的だから」
「おい、おまえは鏡を見てこい」
「失せろ。張り倒されんうちにな」
普段は真面目に仕事をこなす女性兵士たちも、任務を離れればこの有様だ。
「ちょっと、あんたたちいい加減にしなさい。司令官に対して失礼でしょ」
エセルが注意した。
「何よ。エセルだって、よだれをたらして見てたじゃない」
「そ、そうだけど……私はいやらしいことを考えてたわけじゃないの! ただ、司令官とピット君が仲睦まじくしてるのを愛でてただけで……」
「いや、それだっていやらしいでしょうが」
「ううん、あんたたちとは違う」
エセルはムキになって言い返す。そして近くにいた小太りの女を指さし、
「そういえば、あんた見ない顔だけど、ちゃんと軍務を終えてから来たの?」
「わ、わたしですか!? え、ええと……そのぅ……」
小太りの女はしどろもどろで、うまく答えられない。
「怪しいわね、下士官を呼んでこようか?」
「そ、それだけは許してくださいっ! シャノン兵士長は怖いんですー!」
小太りの女は頭を下げて許しを請うた。
「ん? あんたよく見ると、私たちと軍装が違う……」
彼女が着ているのは将校用のサーコート。そして、胸に光る階級章は――
「げえっ、え、エンシェン少尉!?」
将校のエンシェンだった。
戦時には猛虎のごとく勇ましいが、平時は子猫のように弱々しいため、とても将校には見えないのだ。
「し、失礼しましたーっ!」
エセルは謝罪し、地面に額をすりつけた。
(向こうが騒がしいな。あいつら、何を話してるんだ?)
マケランはいぶかしげに眉をひそめた。
「おい御主人、あいつらうるさいぞ」
「そうだな」
「オレが叱ってこようか?」
「いや、俺たちが場所を変えよう」
マケランは訓練場の外に向かって歩き出す。
「御主人は甘いなあ。たまには兵士を怒鳴りつけりゃいいのに」
ピットはその後を追いながら、やや呆れたように言った。
「非番の時ぐらいは好きにさせてやるさ。軍務を怠ってる時は、厳しく注意するがな」
「ホントかなあ。そういうのは下士官に任せきってるように見えるけど」
(くっ、さすがに俺のことをよく観察してるな)
「ま、まあ、今は平時だからな」
マケランはごまかすように、親指と中指でメガネの位置を直した。「戦いが始まれば、俺も本気を出すつもりだ」
黒蛇軍団の任務は、旧ゲニントン公領の治安の維持だ。
赴任したばかりの頃は盗賊団が暴れたりもしていたが、最近はすっかり落ち着いている。
マケランは、平和な日々を楽しんでいた。
「ふうん、じゃあそろそろ本気の御主人が見られるかな」
「どういうことだ?」
「最近、オレの野生の勘が告げるんだ」
「おまえは野生だったことなんてないだろう」
「ないけど感じるんだよ。鼻がムズムズするんだ」
「鼻?」
「一言で言えば――」
ピットは真剣な顔で、王都の方角を向いて言った。
「戦いのニオイがする」




