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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第3章 激動の王国

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114.戦いの匂い

 デュランはガラガラを王殺しに仕立てることを提案した。

 しかし――


「デュランよ、私は自分が王を殺した事実から逃げるつもりはない。国のためにやったことだと、諸侯や国民に対して堂々と宣言すればよいではないか」


 ランスヘッドは反対した。


(はあ……これだから世間知らずの王子様は)


 庶民なら正直も美徳だろう。だが、上に立つ者は必要な時に嘘をつかねばならない。


「もちろん殿下の覚悟は承知しています」

「ならば――」

「ですが、父親殺しはやはり大罪――と考える者は少なくありません。不利になる材料は少しでも消しておくべきです」

「だがそれでは、国民に対して嘘をつくことになる」

「国を想ってのことならば、偉大なるムーズも認めてくださるでしょう」


(我ながら、ひどい詭弁だな)


 だがランスヘッドは、まもなく新王として即位する。

 王が真実と言えば、それが真実になる。


 なぜならサーペンス王国の国王は、蛇神ムーズから地上の支配を託された存在だからだ。


「殿下、ガラガラに王殺しの罪をかぶせるのは、妥当な策かと思います」


 グレッグがデュランに賛成した。


「グレッグ……」


 幼いころから仕えているグレッグの言葉は、ランスヘッドにとって重かった。


「だがデュランよ。当然ガラガラは自分の潔白を主張するだろうし、それを信じる者もいるかもしれぬ」


 グレッグは続けて言った。「国中に布告を出すのはいいが、奴が捕らえられるのをただ待っているわけにもいくまい」


「ならば私がガラガラを追跡し、仕留めてこよう」


 レオナが腰の剣をカチリと鳴らした。「一緒にいるマクドールとフィディックも同様だ」


 向こうは体力のないガラガラを抱えている。全力で駆ければ、どこかで追いつけるだろう。


「追うといっても、奴らがどこへ逃げたかわからぬだろう」

「いや、ガラガラの行き先なら見当がつく」


 グレッグの指摘に対し、デュランが自信ありげに答えた。


「ほう、どこへ逃げるというのだ?」

「マケランのいる、旧ゲニントン公領だ。この危機に奴が頼れるのは、マケランしかいない」


 デュランは北部諸侯の反乱時に、ガラガラがマケランを信頼しきっている様子を近くで見ていた。


「なるほど、『黒蛇』のところか。確かにガラガラにしてみれば、そうするほかあるまい」


「旧ゲニントン公領へ行くなら、エナシア街道を通っていけばいい。では、すぐに出立しよう。騎士を10人連れて行くぞ」


 レオナはそう言って、玉座の間を出て行こうとする。


「いいだろう。ただし深追いはするな」


 デュランの言葉に、レオナは怪訝けげんな顔で振り返った。


「深追いするなだと? ガラガラは必ず、殺すか捕らえるかしなければならないはずだが?」

「もちろん途中で追いつければ問題はない。だがガラガラを追うということは、マケランに近づくということだ。それだけ危険が増すと考えてくれ」


 ランスヘッドとグレッグが首をかしげた。心配しすぎではないか、と顔に出ている。


 マケランはまだ、王都で何が起きたか知るはずもない。

 先回りなど、できるはずがない。


「……わかった、気をつけよう」


 レオナはうなずいたものの、明らかに納得していない顔だ。


 マケランの恐ろしさを知っているのは、デュランだけだった。




―――




 ここはラブレーの訓練場。

 マケランは約束通り、ピットに剣を教えていた。


「ワンッ! ワンッ!」


 ピットは気合いの叫びを上げると同時に、剣を振り下ろす。

 マケランは隣に立ち、彼の一挙手一投足をチェックする。


「なかなか筋がいいぞ」


 一区切りついたところで、マケランは褒めてやった。


「へへっ、そうか?」


 ピットは嬉しそうにしっぽを振った。「なあ、だったら本物の剣を持たせてくれよ。こんな軽い剣じゃ、猫だって倒せないよ」


 ピットが使っているのは、柳の木でつくった剣だ。剣と言うより、棒と言ったほうがいいかもしれない。


「剣は重ければいいというものではないし、猫を倒す必要もない」


 マケランは諭すように言った。「おまえはまだ体ができていないんだ。まずはみっちりと走り込みをして、足腰を鍛える必要がある」


「おう、走るのは大好きだぞ。こうか?」


 ピットはブンッ、ブンッと剣を振りながら走り出した。


「おい、同時にやるな! 戻ってこい!」




 ――そんな飼い主とペットのやり取りを、訓練場の片隅で見守っている者たちがいた。

 非番の女性兵士たちである。


「はあ……ずっと見てられるわ。なんて尊い主従かしら」


 うっとりした表情で言ったのは、歩兵隊のエセルだ。

 入隊直後にマケランの悪口を言って下士官に殴られた彼女だが、今ではすっかり一人前である。


「でも、あたし思うんだけど、ピット君はもっと厳しくしつけてもらいたいんじゃないかな」


 同じく歩兵隊のリディアが主張した。「マケラン様は『犬のくせに口答えをするな!』と拳骨をくらわせる。するとピット君は恍惚こうこつとした表情になって、空に向かって遠吠えをするの」


「ググさんじゃあるまいし、殴られて喜ぶわけないでしょ」


 同じく歩兵隊のアンジェラが、たしなめた。


「あ、見てみて! 司令官とピット君がいるよ!」

「ホントだ! ピット君に剣の稽古をつけてるみたい!」


 さらにゾロゾロと、他の兵士たちが訓練場に入ってきた。


「だったら、私たちも稽古をつけてもらわない?」

「いいわね! 司令官から手取り足取り……ふへへ」


 女性兵士たちの頬が、いやらしげにゆるんでいく。

 女ばかりの黒蛇軍団の中で、マケランはただ1人の男である。


「マケラン様は手取り足取り教えるうちに、私のあんなところやこんなところに手を伸ばす……」


 妙な妄想にふける兵士もいた。「それで私がキャッと悲鳴を上げると、マケラン様は私のあごをクイッと持ち上げ――すまない、君があまりにも魅力的だから」


「おい、おまえは鏡を見てこい」

「失せろ。張り倒されんうちにな」


 普段は真面目に仕事をこなす女性兵士たちも、任務を離れればこの有様だ。


「ちょっと、あんたたちいい加減にしなさい。司令官に対して失礼でしょ」


 エセルが注意した。


「何よ。エセルだって、よだれをたらして見てたじゃない」

「そ、そうだけど……私はいやらしいことを考えてたわけじゃないの! ただ、司令官とピット君が仲睦なかむつまじくしてるのをでてただけで……」

「いや、それだっていやらしいでしょうが」


「ううん、あんたたちとは違う」


 エセルはムキになって言い返す。そして近くにいた小太りの女を指さし、


「そういえば、あんた見ない顔だけど、ちゃんと軍務を終えてから来たの?」

「わ、わたしですか!? え、ええと……そのぅ……」


 小太りの女はしどろもどろで、うまく答えられない。


「怪しいわね、下士官を呼んでこようか?」

「そ、それだけは許してくださいっ! シャノン兵士長は怖いんですー!」


 小太りの女は頭を下げて許しを請うた。


「ん? あんたよく見ると、私たちと軍装が違う……」


 彼女が着ているのは将校用のサーコート。そして、胸に光る階級章は――


「げえっ、え、エンシェン少尉!?」


 将校のエンシェンだった。

 戦時には猛虎のごとく勇ましいが、平時は子猫のように弱々しいため、とても将校には見えないのだ。


「し、失礼しましたーっ!」


 エセルは謝罪し、地面に額をすりつけた。




(向こうが騒がしいな。あいつら、何を話してるんだ?)


 マケランはいぶかしげに眉をひそめた。


「おい御主人、あいつらうるさいぞ」

「そうだな」

「オレが叱ってこようか?」

「いや、俺たちが場所を変えよう」


 マケランは訓練場の外に向かって歩き出す。


「御主人は甘いなあ。たまには兵士を怒鳴りつけりゃいいのに」


 ピットはその後を追いながら、やや呆れたように言った。


「非番の時ぐらいは好きにさせてやるさ。軍務を怠ってる時は、厳しく注意するがな」

「ホントかなあ。そういうのは下士官に任せきってるように見えるけど」


(くっ、さすがに俺のことをよく観察してるな)


「ま、まあ、今は平時だからな」


 マケランはごまかすように、親指と中指でメガネの位置を直した。「戦いが始まれば、俺も本気を出すつもりだ」


 黒蛇軍団の任務は、旧ゲニントン公領の治安の維持だ。

 赴任したばかりの頃は盗賊団が暴れたりもしていたが、最近はすっかり落ち着いている。


 マケランは、平和な日々を楽しんでいた。


「ふうん、じゃあそろそろ本気の御主人が見られるかな」

「どういうことだ?」

「最近、オレの野生の勘が告げるんだ」

「おまえは野生だったことなんてないだろう」

「ないけど感じるんだよ。鼻がムズムズするんだ」

「鼻?」


「一言で言えば――」


 ピットは真剣な顔で、王都の方角を向いて言った。


「戦いのニオイがする」

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