113.王都脱出
王都を囲む城壁の最上部に、少女が1人立っていた。
その手には、彼女の身長を超える長さの長弓が握られている。
たった今、王の頭を撃ち抜いた弓だ。
「王といっても、普通の人間と何も変わらない」
素っ気なくつぶやいた少女の名は、ミリエール。
デュランの仲間のエルフだ。
フードを目深くかぶっているのは、エルフ特有の長い耳を隠すためだ。
排他的なサーペンス王国では、亜種族であることは知られない方がいい。
もっとも、今は周囲に人はいない。
さっきまで壁上にいた兵士たちは、キャッピーの遠吠えを聞いて降りていった。王を捕らえて手柄を立てるためだ。
しかし、王はたった今ミリエールが仕留めた。彼らに残っているのは、残った親衛隊員を始末するというつまらない仕事だ。
「キャッピーはうまく王を追い立てた。でも一番偉いのは、王を殺したわたし」
自ら誇る通り、神業的な弓の腕前を持つ彼女でなければ、到底不可能な仕事だったろう。
ここから王までの距離は、300メートルはあったのだ。
高所からとはいえ、常識的に考えて狙撃が可能な距離ではない。
エルフ族には弓の名手が多いが、ミリエールはその中でも別格だった。
「疲れた。寝よ」
彼女はつぶやき、壁上を後にした。
―――
ガラガラたちは脱出できそうな場所を探して、王都をさまよっている。
とりあえず、逃げるには馬が必要だ。
しかし、ガラガラとマクドールは突然王城を出てきたため、金を持っていない。
「とりあえず馬屋へ行きましょう。お金は僕が立て替えておきます」
フィディックが、3頭の元気そうな馬を買ってくれた。
「すまねえな」
「構いませんよ、後でマケラン君に請求しますから」
「ワウゥゥゥゥン! バウゥゥゥゥン!」
その時、獣の遠吠えのような声が聞こえた。
「なんだ? 今の声は?」
「ウェアドッグですね。城壁の外から聞こえたので、住民のペットではないと思います」
(そういえば、ピットもよく遠吠えをしてたな。でも今の声は……あんな無邪気な感じじゃない)
ガラガラは嫌な予感がした。
「あれを見てください」
マクドールが向こうを指さした。
龍殺し軍団の兵士たちが、一斉に西の方へ走っていく。馬に乗っている者もいる。
「何かあったようですね。殿下、とりあえず僕たちも行きましょう」
「お、おう」
フィディックの言葉に従い、彼らは馬に乗って兵士たちの後を追った。
たどり着いた先は西門だった。そこには騎乗した大勢の騎士たちが集まっていた。
「これから門を開けて、騎士たちが出ていくようです」
マクドールが言った。
「どこへ行くんだろうな」
「この状況で動くとすれば、王か王太子を見つけたんでしょうね」
フィディックが推測を述べた。「王太子はここにいるので、王のほうでしょう」
(親父が王都の外へ? どうやって……あっ!)
「思い出した! 王城の地下から西門の外へ続く通路があるんだよ!」
ガラガラは、王族だけが知る抜け道について2人に説明した。
「なんでそんな大事なことを、今まで忘れてたんですか」
マクドールが非難するように言った。
「だ、だって、俺様には関係ない話だと思ってたし……。そ、それより親父を助けねえと」
ガラガラは焦って言ったが、フィディックは首を振る。
「お気持ちはわかりますが、僕たち3人では無理です」
「そんな」
その時、近くにいた騎士たちの会話が聞こえてきた。
「王はすでに弓で殺されたらしいな」
「ああ、誰がやったかは知らんが、手柄をとられたのは残念だ」
「せめて残った親衛隊員を、1人も多く殺してやるさ」
(親父が……殺された……?)
「嘘だろ……」
ガラガラの顔面は蒼白になり、その肩はガクガクと震えだす。
「殿下」
フィディックはいたわるように声をかけた。「殿下が今できる親孝行は、逃げることです。生き延びて力をたくわえ、いつかお父上の無念をはらしましょう」
「西門が開くなら、逃げ出すチャンスです」
マクドールも同意した。
「そ、そりゃわかるけどよ……今はまだ、心の整理が……」
「残念ながら、心の整理をしている暇はありません」
フィディックは優しく言い聞かせる。「今は逃げることだけ考えてください。殿下には王統を受け継ぎ、謀反人たちを討伐するという責務があるんです」
「あ、門が開きます!」
ギイッと扉がきしむ音とともに、西門が開いていく。
騎兵が待ちかねたように、外へと飛び出していく。
「もう話している時間はありません! 行きますよ!」
フィディックはガラガラの馬の尻を、剣の鞘で強打した。
「おわーーーーっ!」
ガラガラの馬が驚いて駆け出す。フィディックとマクドールもその後に続き、城門を走り抜ける。
「ま、待て! おまえら何者だ!」
「おい、脱走者がいるぞ!」
「なに!? 誰1人王都から出すなとの命令だ、追え!」
3人に気付いた騎士たちが追ってきた。
しかしそれはごく一部で、大半の騎士は親衛隊を討ち取ることを優先した。
脱走したのが王太子だとは、誰も思わなかったのだろう。
そして誰も気付かなかったが、この混乱に乗じて城門を出た人物がもう1人いたのである。
その人物はガラガラと騎士たちを尻目に、誰もいない方角に向かって馬を駆けさせた。
「――早くマケラン司令官に伝えないと」
―――
――玉座の間。
デュランはランスヘッドやレオナらと共に、善後策を話し合っている。
そこへ兵士がやってきて、王と親衛隊員は全員死んだことを報告した。
「王は城外にいたのか?」
「はい。近くにあった古井戸が王城へ通じていたようです」
(やはり秘密の抜け道があったか。キャッピーとミリエールを配置しておいて正解だったな)
「そうか、父上が死んだか……」
ランスヘッドは目を閉じ、右手の人差し指を天に向けてクルクル回した。せめてその魂が、蛇神ムーズの元へ召されてほしいとの願いの表れだろう。
「それにしてもミリエールとかいう女、城壁の上から標的を射貫くとは、さすがエルフは弓の達人よな」
グレッグがミリエールを称えた。
デュランは今まで秘密にしていたミリエールの存在について、ついさっき彼らに明かしていた。
ドラゴンや魔法使いに比べれば、エルフは受け入れられやすいと判断してのことだ。
実際、その通りになった。
ランスヘッドは、ミリエールを仲間とすることを認めたのだ。
(ランスヘッドが認めたなら、兵士たちも受け入れる。これでミリエールも戦力として使えるようになるな)
デュランはほくそ笑んだが、続く兵士の報告を聞くや、不快げに眉を吊り上げた。
「3人が王都から逃げ出しただと?」
「はっ、西門が開いた隙を突いて逃げたようです。3~4騎が後を追っていますが」
(役に立たない奴らだ。俺かレオナが現場で指揮をとるべきだったな)
「その3人は何者だ? 何か特徴はないのか?」
ランスヘッドが兵士に問いかけた。
「1人は背中に2本の剣を差しており、1人は汚らしいサーコートを着ていたそうです。サーコートは王家軍のものです。残りの1人は……これといった特徴がなかったとか」
「王家の将校が逃げたのか! 一大事ではないか!」
レオナが怒声を上げた。
「ちっ、マクドールとフィディックだな」
デュランは舌打ちをした。「ということは、もう1人はガラガラということになる」
「ガラガラを逃がしてしまうとは……」
ランスヘッドが深刻な顔で言った。
「後を追った騎士たちが、ガラガラを討ち取ってくれることを願うしかありませんな」
グレッグが願望を述べたが、デュランは首を振る。
「マクドールとフィディックが一緒にいるなら、期待しないほうがいい。数騎程度では返り討ちにあう」
デュランは、同期生であるマクドールとフィディックの実力を知っていた。
「まずいことになったぞ」
レオナはデュランに厳しい目を向けた。「ガラガラは暗愚とはいえ、その身分は王太子だ。彼こそがラッセルの正統な後継者と判断する者は少なくないだろう。何より、王を殺したのが我々だと奴らが触れ回ったら――」
「いや、そうはさせない」
「何か、考えがあるのか?」
「ああ、すぐに王国中に布告を出す。犯罪者のガラガラを見つけ次第、捕らえるようにと」
「犯罪者だと?」
「そうだ」
デュランは薄く笑った。
「罪状は――王殺しだ」




