112.王の最期
ガラガラは2階から飛び降りたが、下がやわらかい芝生だったため、かすり傷を負っただけですんだ。
運動能力の高いマクドールは言うまでもない。
王城の外に出た2人はそのまま城下へ行き、人波にまぎれこんだ。
あとは王都を脱出し、マケランのいる旧ゲニントン公領へ行けばいい。
「誰も俺様に気づいてねえみてえだな」
行き交う住民の様子を観察しながら、ガラガラが言った。
「殿下はずっと引きこもってたから、顔を知られてないんですよ」
マクドールが答えた。「それに王都の住民は、あまり他人に興味を持ちません。みんな忙しいですから」
「忙しいっていうか……殺気立ってるように見えるんだが」
「言われてみれば、そうですね」
「誰かに話を聞いてみようぜ」
「ちょ――」
マクドールが止める間もなく、ガラガラは近くにいた中年の女に声をかけた。
「なあ、今日はなんかあったのか?」
声をかけられた女は不審がる様子もなく、王都の北の城門を指差す。
「何かあったもなにも、あれを見なよ」
「あれ? 城門が閉まってるな」
まだ昼間なのに、扉が固く閉ざされている。普段はあり得ない光景だ。
「龍殺し軍団が城門を閉めちまったんだよ。北門だけじゃなくて、すべての門が閉まってるみたいだね」
「なんで龍殺し軍団はそんなことを?」
「さあねえ。おかげで王都を出ることも入ることもできなくて、いい迷惑さ。うちの亭主と息子は壁の外の畑に行ってるんだけど、この分じゃ帰れそうにないねえ」
ガラガラは女に礼を言ってから、再び通りを進んでいく。
「これって、俺様を逃がさないようにしてるんだよな」
「そうですね。本命は国王陛下の方でしょうが」
「これじゃあ王都から出られねえぞ」
「うーん……いつまでも城門を閉じたままってことはないと思います。物流が止まれば、住民が生活できなくなりますから」
「あ、そうだよな。じゃあ城門が開くのを待って、こっそり出ればいいのか」
「そうですね。他の住民にまぎれて、こっそりと――」
「いやあ、検問があるだろうから、そう簡単にはいかないんじゃないかな」
突然、若い男が話に入ってきた。「それに僕の予想では、デュランは住民を外に出さないと思うよ。龍殺し軍団の造反が外部に漏れれば、他の将校たちが軍を率いてやってくるからね」
マクドールはあわてて背中の剣を抜こうとするが、男の顔を見てホッとした表情になる。
「フィディック、無事だったのか」
若い男は第8期生の将校、フィディックだった。
ヨレヨレのサーコートに薄汚いマント。見た目はパッとしないが、これでも卒業時の序列は第5位で、『堅実』の異名を持っている。
「うん。さっきまで王城にいたんだけど、龍殺し軍団の兵士がぞろぞろと入ってくるのを見て、あわてて逃げ出したんだ」
フィディックは髪をボリボリとかき、盛大にフケを飛ばして答えた。「許可なく王城に軍を入れるなんて、デュランが反乱を起こしたとしか考えられない。巻き込まれちゃ大変だからね」
「おまえは将校だろうが! 親父を守ろうとしなかったのかよ!」
ガラガラは激しい剣幕で問い詰めた。
「申し訳ございません、ガラガラ殿下」
フィディックはすまなそうに頭を下げた。「ですが僕1人じゃどうしようもなかったんです。率いる兵士がいないんじゃ、将校の肩書も意味がありません」
「そうなのか。じゃあ、しょうがねえか」
ガラガラはあっさりと納得した。もともと怒るのは苦手なのだ。
代わりにマクドールがたしなめる。
「でもねフィディック、君は逃げたけど、カードはたった1人で戦ったんだよ」
「カードが? いったい城内で何があったんだい?」
2人はフィディックに、これまでの経緯を説明した。
―――
親衛隊副隊長のエリックは、ランプで前方を照らしながら地下通路を足早に進んでいく。30人の親衛隊員たちも、その後に続く。
彼らが護衛しているのは、王だ。
「まさか王城の地下に、こんな通路があったとは思いませんでした」
エリックは周囲を警戒しながら、王に声をかけた。
「ごく一部の王族しか知らぬ抜け道だ」
ラッセルが答えた。「ランスヘッドには教えていないから、見つかる心配はない」
(こんな状況でも、さすが陛下は冷静だ。陛下さえご無事なら、きっと王家は立ち直ることができる)
カードが副隊長に抜擢しただけあって、エリックは完全に王に心服していた。
「もうかなり歩いていますが、お体は大丈夫ですか?」
「心配はいらん。私の体力は騎士どもにひけをとらぬ。それに、出口はすぐそこだ」
その言葉どおり、しばらく進むと通路は行き止まりになった。そして壁にはハシゴがかかっている。
上から差し込む光で、周囲はほのかに明るい。
「このハシゴを上れば、西門から300メートル離れた古井戸に出る」
「えっ!? ここはもう王都の外なのですか?」
「そうだ」
王都の城門には、デュランが兵を配置しているはずだ。
しかし王都の外へ続く地下道があるとは、さすがに予想していないだろう。
「では、まず私が登ります。陛下はその後に続いてください」
「うむ」
エリックは先頭でハシゴを登っていった。
かなりの高さを登ったところで、頭上に格子状のふたがあった。これが井戸の出口だろう。
下から押し上げると、ふたは簡単に開いた。
外へ出て、新鮮な空気を吸い込む。
草の匂い。井戸の周囲は高い木々に囲まれていた。
王都の方角に目を向けると、高くそびえ立つ城壁とその下部にある西門が、木々の間から見えた。
まだ昼間なのに門が閉まっているのは、王を逃がさないためだろう。
しかし王はハシゴを登り終え、今まさに王都の外に出た。
「うーむ。逃げるには馬が必要だな」
ラッセルはエリックの隣に立つと、周囲を見渡して言った。
「馬はどこかで調達いたしましょう。それで、どこへ落ち延びるかですが」
「王領内は危険だ。諸侯も信用できぬ。少々遠いが、北部へ行こう」
「わかりました。では、エルインズにいるマンバ殿下を頼られてはどうでしょうか? あそこにはストラティスラ殿の常勝軍団も駐屯しております」
エルインズはノクトレイン家の公都だった町だ。北部の重要拠点であるため、第2王子のマンバを派遣してある。
「いや、あのランスヘッドが裏切ったからには、マンバもどこまで信用できるかわからぬ。元々、何を考えているかよくわからん奴だ」
「では、どういたしましょうか?」
「かなり遠いが、ラブレーへ行こう。あそこにはマケランがいる」
ラッセルがもっとも信用できると判断したのは、マケランだった。
「わかりました。では夜が更けるのを待ってから移動しましょう」
「うむ」
一行は暗くなるのを待つことにした。
周囲は木々に囲まれているので、じっとしていれば見つかることはないだろう。
――と思いきや、夕日が辺りを赤く染め始めた頃、事態が動いた。
「ワウゥゥゥゥン! バウゥゥゥゥン!」
獣の長い鳴き声が、あたりに響き渡る。さほど遠くではない。
(犬? いや、狼か?)
エリックはあわてて周囲に目をやる。
「この声は、ウェアドッグだ」
ラッセルが低い声でささやいた。
ウェアドッグの遠吠えは10秒ほど続いてから、止まった。
(犬ならともかく、こんなところにウェアドッグがいるのは不自然だ)
何かまずいことが起こっている。
城壁の上に目を向けると、哨戒兵があわただしく走っているのが見えた。
(まさか今の遠吠えは、味方への合図か?)
「陛下、ここは危険です。離れましょう」
「うむ」
エリックたちは立ち上がったが、そこへ――
「おとなしく降伏した方がいいですよ、陛下」
木立の間から、若い女のウェアドッグが楽しそうな顔で近づいてきた。「もちろん降伏しても、殺しますけどね」
「おまえは、デュランの犬だな」
ラッセルは相手を問い詰めた。
「はい、キャッピーといいます。どうやってここまで来たのかはわかりませんが、キャッピーの鼻はごまかせませんよ」
「おのれ、反逆者の犬が!」
親衛隊員の1人が斬りかかるが、キャッピーはヒラリと宙返りをしてかわした。
「フフッ、ずいぶんのんびりした剣ですね。親衛隊って、そんなに弱くてもなれるんですか?」
「何を!」
「挑発に乗るな!」
エリックは部下を制してから、王に声をかける。
「陛下、急ぎましょう。できるだけ王都から離れます」
「うむ」
エリックたちは走り出す。
「逃がしませんよ!」
しかし、いつの間に移動したのか、キャッピーが前方に立ちふさがった。その手には短剣が握られている。
「邪魔だ!」
エリックが斬りかかるが、キャッピーはまたしてもヒラリと身をかわした。
そして距離を取ると、挑発するように短剣をペロリとなめた。
本気で戦う気はないようだが、王の安全を考えれば無視することはできない。
(援軍が来るまでの時間稼ぎか)
キャッピーはエリックたちを翻弄するように、近づいたかと思えば離れる動きを繰り返す。おそるべき身体能力だ。
(くっ、こんな奴の相手をしている暇はない。早く逃げないと敵がやってくる)
王都にチラッと目を向けるが、まだ西門は閉じたままだ。
しかし今にも門が開いて、馬に乗った騎士たちが出てきそうな気がする。このような見通しのよい平地では、騎兵の攻撃を防ぐことはできない。
(待て――見通しのよい平地だと?)
さっきまでは、高い木々に囲まれた場所にいた。
しかし今、周囲にさえぎるものはない。城壁の上からも丸見えだろう。
エリックの総身が粟立つ。
(まさか――誘い出された!?)
獲物を狩人の弓の射程まで追い立てる。
それが「狩猟犬」の仕事だ。
一瞬、風の音だけになる。
ドスッ。
後ろから鈍い音。
エリックが振り返ると、ラッセルの頭蓋に矢が突き刺さっていた。




