111.その忠義、堅固なり
「マクドール、どうだ?」
ガラガラはマクドールの背後から声をかけた。その背には『双剣』の異名通り、2本の剣が交差するように括りつけられている。
「3人の騎士が巡回してます。こっちは無理ですね。別のルートから逃げましょう」
マクドールは廊下の角から戻ってくると、蚊の鳴くような声で答えた。
敵に見つからないためというより、彼はもともと声が小さいのである。
「おまえなら、3人ぐらい倒せねえか?」
「相手の強さがわからないので……なんとも」
「そっか……」
(ああ……なんで俺様が命を狙われるんだよ)
ガラガラは恐怖で叫び出したい気分だった。
騎士たちが部屋に踏み込んだ時、彼らがいなかったのは偶然だ。
食料貯蔵庫へ行き、酒を物色していたのである。
昼酒はメロディアに禁止されているため、完全な隠密行動だった。
そしてワインを2本くすねて3階の部屋へ戻ってくると、中から複数人の怒鳴り声が聞こえてきた。
「ガラガラはどこだ!」
「早く始末しろ!」
「いないぞ!」
「まさか、危険を察知して逃げたのか?」
バタンバタンと乱暴に家具を倒す音も聞こえた。
どう考えても異常な事態に、2人はあわてて逃げたのである。
「軍装から判断するに、たぶん龍殺し軍団の騎士です」
マクドールは警戒しながら廊下を歩きつつ、推測を述べた。
「なんだっけ、それ?」
「デュランが率いる軍団です。兵士のほとんどは、王家の家付騎士です」
「つまり、デュランが俺様を殺そうとしてるってことか? なんでだ?」
「国王陛下の命令……ですかね?」
「んなわけねえだろ! いくら昼間っから酒を飲んで引きこもってるからって、親父がそんなことを――」
「シーッ!」
マクドールが口に指を当てたので、ガラガラは黙った。
「このあたりに人の気配はないですが、大声は出さないでください」
「わ、悪い」
2人は再び、慎重に廊下を歩く。
「陛下の命令じゃないなら……えーと、デュランが謀反を起こしたってことになりますね」
マクドールがささやいた。
「そんな……親父は無事なのか?」
「たぶん――いえ、きっと大丈夫です。親衛隊がそばについてますから。隊長のカードは僕の同期生で、『忠士』という異名で呼ばれるほどの男です」
(ああ、あの怖そうな奴か)
何度か会ったことがあるが、顔が怖いのであまりいい印象は持っていない。
「じゃあ親父は大丈夫として、ばあちゃんが心配だ。ちょっと様子を見にいっていいか?」
王太后メロディアのことだ。
「うーん、やめておきましょう。きっとそこにも敵がいます」
「じゃ、じゃあ、ランスヘッドと合流しようぜ。あいつは頼りになるからな」
「いえ、おそらく黒幕はランスヘッド殿下です」
「な、なんだって!? だってあいつは俺様の弟で――」
「シーッ!」
再びマクドールに注意され、あわてて口を閉じた。
「殿下は引きこもって酒ばかり飲んでたので知らないでしょうが、最近のランスヘッド殿下の行動は目に余るものでした」
マクドールの説明によれば、ランスヘッドは領内の農村をめぐって、王を批判するような演説をしていたらしい。
その間、腹心としてずっと付き従っていたのがデュランだ。
「国王陛下はランスヘッド殿下とデュランを呼び出し、厳しく追及するつもりでした。返答次第では死罪もあり得たとか」
「……マジか」
「ここでは誰も頼れません。逃げることだけを考えましょう」
「逃げるって、どこへ?」
「まずは城下へ。そしてなんとかして王都を出ます。その後は……どうしましょうか。すいません、そこまで考えてません」
マクドールも、さほど頼もしいわけではなかった。
「よし、じゃあマケランのところへ行こう。あいつならきっとなんとかしてくれる」
迷いのないガラガラの提案に、マクドールはうなずいた。
「そうですね。マケランを頼るのは悪くない選択です。旧ゲニントン公領はかなり遠いですけど」
2人はそんなことを話しながら、2階へ下りる階段にたどり着いた。下りた先をまっすぐに進めば、玉座の間だ。
さらにその先を進んで1階に下りれば、大手門に出る。
「慎重に1段ずつ下りてください」
マクドールはそう助言すると、先に下りて行った。
ガラガラはうなずき、手すりに手をかける。
「あっ」
非常事態に動転して忘れていたが、食料貯蔵庫を出た時からずっと両手にワインのビンを握りしめたままだった。
それに気付かずに手すりを握ろうとしたため、ワインを落としてしまう。
ガシャアアン!
ガラスの割れる盛大な音が、周囲に響き渡った。
「なんだ、今の音は!」
「あっちに誰かいるぞ!」
男たちの野太い声が、階下から聞こえた。
「ま、まずい! 殿下、上に戻ってください!」
「お、おう」
ガラガラはあわてて体勢を変えようとするが、ワインで足を滑らせる。
「わーっ!」
「ちょ、何やって――」
落ちるガラガラと、支えようとするマクドール。
2人はもつれあって階段を落ちていった。
これでガラガラが怪我をしなかったのは、マクドールがかばったからだ。
「誰だ!」
落ちた先には龍殺し軍団の騎士が2人いて、厳しい声で誰何してきた。
「あ、おまえはガラガラ――」
シュッ!
騎士が言い終える前に、マクドールの左手の剣がその喉を切り裂いていた。
間髪入れずに右手の剣が、もう1人の騎士の首をはねる。
「さあ、急いでください!」
マクドールはガラガラの手をつかんで引き起こした。
(うわあ……この人頼もしい)
2人は目の前の廊下を全力で走る。
どこかから聞こえてくる荒々しい足音は、今の騒ぎを聞きつけた敵だろう。このまま大手門まで突き進むしかない。
角を曲がると、廊下がまっすぐに延びていた。
あたりは静まり返っており、人の気配はない。
――と思いきや廊下のずっと先、玉座の間のあたりで、1人の男が両腕を左右に広げて立っているのが見えた。
ガラガラはビクッとして立ち止まる。
「大丈夫です。あのきらびやかな軍装は、親衛隊だと思います」
マクドールの言葉に、ホッと胸をなで下ろす。
「そ、そうか。おいおまえ、俺様を助けろ」
男に近づきながら呼びかけるが、その体はピクリとも動かない。
「…………!」
何かに気づいたのか、マクドールが走り出した。
そして近くで男の顔を確認すると、凍りついたように動かなくなった。
ガラガラも急いで近寄って、その男の顔を見る。
見覚えがあった。
「確かこいつは親衛隊長の――」
「彼がカードです」
「ああ、でも……」
カードは血まみれの状態で、立ったまま死んでいた。
胸の傷が、剣で突き殺されたことを物語っていた。
(人間が立ったまま死ぬって、昔話では聞いたことがあるけど、ホントにあるんだな)
「あっ、親衛隊長が殺されたってことは、親父は……」
玉座の間の扉は、開け放たれている。のぞいてみるが、中に人の気配はない。
しかしマクドールは王の安否よりも、カードが気になるようだった。
そうしているうちに、複数人の足音が近づいてくる。
「ま、まずい。早く逃げようぜ」
走り出そうとするガラガラの手を、マクドールはガシッとつかんだ。
「ど、どうした?」
「彼の左手を見てください」
「ん?」
よく見ると、カードの左手の人差し指は、窓の向こうを指差している。
まるで「そっちに何かがある」と教えるかのように。
「彼の顔も見てください」
ガラガラはカードの顔を見た。
「視線が、窓に向いてるな」
「はい。おそらく彼が殿下に残したメッセージです。この窓から城下へ逃げろ、ということです」
「ここからって……2階だぞ? 飛び降りろってのか?」
マクドールはコクリとうなずいた。
「そんな……危ねえだろ。大怪我するかも」
「このまま大手門へ行く方がよっぽど危険です。デュランは城の出入り口に多くの人間を配置しているはずです。カードはそれを教えてくれている……ような気がするんです」
「教えるって……まさか、自分の死体で……!?」
「たぶん、死に際に敵の配置を知ったんでしょう。それで殿下が逃げるべきルートを指し示すように体を動かしてから、死後硬直で固まった……」
「いやいや、そんなこと――」
「僕だって信じられないですよ。でもカードなら……やりかねないんです。彼は最期まで、殿下を守ることしか考えなかったんです」
(信じられねえが……マクドールがここまで言うならそうなのかも)
ガラガラは覚悟を決めた。
「わ、わかった。ここから飛び降りるぞ」
「はい。殿下の使命は生き延びることです。そして生き延びたなら、死ぬ瞬間まで忠義を尽くした男のことを決して忘れないでください」
ガラガラはうなずき、窓枠に手をかけた。




