110.デュラン vs. カード
カードに「動くな」と言われたからといって、律儀に従う必要はない。今は王を追うことが最優先だ。
しかし、誰も動かなかった。
――いや、動けなかった。
騎士たちは多かれ少なかれ、王を裏切ったという後ろめたさがある。
忠義のかたまりのようなカードを前にして、気をのまれているのかもしれない。
(だったら、俺が殺すしかない!)
「ハアアァァッ!」
デュランは強く床を蹴ってカードとの距離を詰め、大上段から剣を振り下ろす。
ギィィィンッ!
渾身の一撃を、カードは剣で受け止めた。
「王家の敵、滅すべし!」
そのままデュランの剣をはね上げ、傷つくことを恐れずに踏み込んでくる。
デュランは紙一重でいなし、距離をとる。
(こいつ……強い)
剣技ではデュランがはるかに上だ。
しかしカードは、王のためなら喜んで死ぬという異常者である。
それに対し、デュランはこんなところで死ぬつもりはない。
その覚悟の差が、技術の差を埋めていた。
「どうしたデュランっ! 気持ちで負けるな!」
レオナだ。
「デュラン、おまえの強さを私に見せてくれ!」
「おぬしの戦い、しかと見届けてやるぞ!」
ランスヘッドとグレッグも激励する。
デュランとカードは互いに位置を変えながら、激しく剣を打ち合わせる。
期せずして、一騎打ちの形になっていた。
「司令官、勝ってくれ!」
「ドラゴンを倒したあんたなら、そんな男は相手にならないはずだ!」
「俺たちがここにいるぞ!」
騎士たちも口々に声援を送る。
(おまえら、応援してないで加勢しろ!)
そう思うが、戦いの作法を重視する騎士が、一騎打ちに介入するはずがない。
(こいつのねらいどおりってわけか。ただの忠義バカではないな)
カードはこうなることを見越して、1人で残ったのだろう。
すでに王と30人の親衛隊員たちは、玉座の間からいなくなっていた。
「おいカード。いつまでもここにいていいのか?」
デュランは激しく斬り結びながら、声をかけた。
「かまわんさ。陛下はエリックたちが守ってくれる」
死ぬ覚悟のカードは、腰を落としてまっすぐに剣を突き出す。
「おまえは状況が見えていない」
しかしデュランは余裕をもってその剣を払い、距離をとった。「親衛隊長の仕事は、王を逃がして終わりじゃない。この城には、他にも守るべき人物がいるはずだ」
「……王太后陛下と、王太子殿下か」
「そうだ。王太后はともかく、ガラガラは生かしておく意味はない。すでに10人の騎士が、ガラガラの部屋に向かっている」
「なにっ……!」
カードの表情に、あせりが生まれた。
心の迷いは、体を硬直させる。
「そこだ!」
デュランの突きが一閃する。
「グハッ!」
カードの胸を、剣がつらぬいた。
(勝った、か)
デュランは相手の腹を蹴り飛ばして、剣を引き抜く。
カードは開け放たれた扉から、廊下まで吹っ飛んでいった。
「ゴホッ……!」
床の上に仰向けに倒れたカードは、激しく血を吐いた。剣も取り落としている。
騎士たちから安堵の声が漏れた。
「レオナ、おまえたちは王を追え!」
「わかった!」
レオナはほとんどの騎士を引き連れて、玉座の脇の扉から出て行った。
ここに残っている騎士は、50人ほどだ。
「殿下は私と共に、王太子の部屋へ!」
デュランはランスヘッドに声をかけてから廊下に出ると、階段に向かって駆け出す。
しかし――
「うわっ!」
突然バランスを崩し、前方に倒れ込んだ。
カードの手が、デュランの足を払ったのだ。
「どこへ行く……蛆虫。俺はまだ戦えるぞ」
カードはヨロヨロと立ち上がった。
その壮絶な姿に、周りに集まってきた騎士たちが言葉を失う。
カードの胸からは、激しく血が噴き出していた。
「バカな……? 俺の剣は間違いなく心臓をつらぬいたはずだ。なぜ死なない!?」
デュランは驚愕に目を見開きながら立ち上がり、丸腰のカードに向かって剣を構えた。
「陛下は……エリックがきっと守ってくれる。俺の仕事は……貴様を王太子殿下の部屋へ行かせないことだ」
ヒューヒューとかすれた息をしながらも、普通にしゃべっている。あり得ないことだ。
「すでに10人の騎士たちを向かわせたと言っただろう! 俺が行かなくても、どうせガラガラは助からん!」
「いや……殿下のそばにはマクドールがいる。10人程度の騎士なら……あいつがなんとかするはずだ」
「双剣のマクドールか」
デュランたちの同期生のマクドールは、正式にガラガラの護衛となっている。
(確かにあいつはそこそこ強かったが、それでも10人に勝てるはずがない)
だが、ガラガラを逃がすことに専念するならどうだろうか?
(やはり、俺が行くべきだな)
しかしカードの死を見届けずして、この場を離れる気にはなれなかった。
「カードよ。父上も兄上も、おまえほどの勇士が命を賭して守るほどの価値はないのだ」
ランスヘッドが諭した。声が震えているのは、カードの忠誠心に感動しているためか。
「父上には人間らしい感情がないから、おまえの忠義に感謝することはないだろう。兄上はそれ以上の愚か者で、日々を遊び暮らすことしか興味がない」
「ランスヘッド……おまえは何もわかっていない」
カードは血を吐きながら言い返した。「俺が陛下に忠誠を捧げているのは……陛下が人格者だからでも……能力が高いからでもない。ガラガラ殿下も同様だ」
「では、なんのためだと?」
「陛下は王であり、ガラガラ殿下は王太子だ。それ以外に……理由は必要ない」
「何も報われずに死ぬとしてもか?」
「報酬を期待する忠誠は……忠誠ではない!」
迷いのない強い言葉に、騎士たちが声にならないうめき声を上げた。
それは騎士の在り方そのものの否定だった。
ランスヘッドも何も言い返せず、顔を伏せた。
「見事!」
目をうるませながらカードを賞賛したのは、グレッグだ。
(感動してる場合か!)
デュランはこの場にいる全員を、なぐりつけてやりたかった。
「何が忠誠だ! こいつは自分に酔ってるだけだ!」
そう叫びたいところだが、カードを侮辱するようなことを言えば、彼らの怒りはデュランに向けられるだろう。
(すぐにカードにとどめを刺さなければ)
とは思うものの、今のカードに近づくのは危険だと本能が告げていた。
相手は瀕死の状態で、武器も持っていないにもかかわらずだ。
デュランは剣を構えたまま、相手が先に動くのを待ち続ける。加勢は期待できない。
互いににらみ合ったまま、永遠にも感じられるほどの時が流れ――
「デュラン、そこまでだ」
後ろからのグレッグの声に、ハッとなった。
カードは今にもつかみかからんばかりに、両腕を左右に広げている。
しかしその顔からは、もう生気が感じられない。
「こいつ、立ったまま……」
その立ち姿に、誰も目を逸らせなかった。
デュラン以外の者たちは、ひざまずいてカードに敬意を表した。
「司令官!」
廊下の向こうから騎士たちが走ってくる。王太子の部屋へ向かっていた者たちだ。
「どうした? ガラガラは仕留めたのか?」
デュランは気を取り直し、彼らに問いかけた。
「いえ、部屋には誰もいませんでした」
「なんだと? 隠れているんじゃないのか?」
「そう思って部屋中を探したのですが、見つかりません。ほんのりと酒の匂いが残っているので、少し前にはいたと思うのですが」
「たまたま外に出たのか? ちっ、運だけはいい奴だ」
とはいえ王城にいることは間違いない。城の出入り口には見張りがいるからだ。
(だが数人の見張りなら、マクドールが倒してしまうかもしれない)
ガラガラはまったく王族に見えない男だ。城下に出られれば、住民の中にまぎれてしまう恐れがある。
「殿下、城内でガラガラが行きそうな場所に心当たりはありませんか?」
「あの兄の考えることなど、見当もつかぬ」
「そうですか。とはいえ広い城内を探し回るには、人員が足りない……」
「とにかく王城から逃がさないことだ」
グレッグが意見を言った。「出入り口を固めることを優先してはどうだ? そうすれば行き場がなくなり、いずれ姿を現わすだろう」
(確かに、それが確実だな)
「わかった、そうしよう」
デュランはうなずいた。「では私は大手門の守りを担当するので、殿下はグレッグと共に裏門をお願いします。それ以外の者たちは――」
デュランはこの場にいる騎士たちに配置を指示していった。
――その時、死んだはずのカードの手がピクリと動いたことには、誰も気付かなかった。




