109.クーデター
王城の玉座の間。
デュランの目の前で、王と王子が対峙していた。
玉座から見下ろすラッセルと、一歩も引かずに立つランスヘッド。
久しぶりの親子の再会にもかかわらず、両者とも敵を前にしたかのような鋭い目つきだ。
王の左右に立ち並ぶ金色のマントの親衛隊員たちも、ランスヘッドに厳しい目を向けている。
その中でも『忠士』の異名を持つ隊長のカードは、悪魔のごとき凶悪な形相だ。
――常にこの顔だが。
デュランはランスヘッドの後ろで、グレッグと並んで片ひざをつきながら、ちらっと王の顔に目をやった。
(……これは、相当にご立腹だな)
ラッセルの眉間には、いつも以上に深いしわが寄っている。
感情がとぼしいと言われがちな王だが、怒りだけはわかりやすい。
「ランスヘッドよ」
王は冷たい声で問いかけた。「おまえは連日のように農村をめぐって、農民たちの前で演説をしていたそうだな」
「はい」
ランスヘッドは簡潔に、そして堂々と答えた。
「その演説では、『この国を共和国のような、王のいない国にしたい』と主張したとか」
「はい。すぐにというわけではありませんが」
「さらには、私の悪口も言っていたそうだな。『王は国民の生活にまったく目を向けていない』などと」
「その通りです。私はこの目で彼らの暮らしを見て、それを実感しました」
ランスヘッドが堂々と答えるたび、王の眉間のしわはどんどん深くなっていく。
「何か言い訳があるなら、聞こう」
ラッセルの詰問の声は、厳しかった。
「すべては、サーペンス王国の未来を憂えての発言です」
「未来だと?」
「先の北部諸侯の反乱からも明らかですが、すでに人心は父上から離れています。
南部と西部の諸侯たちが改めて忠誠を誓ってきたのは、その反乱を鎮圧した平民将校たちの力を恐れたからであって、父上に心服したわけではありません」
ランスヘッドは滔々と、王を批判し始めた。
「また民衆には、自分たちがサーペンス王国の国民であるという自覚がありません。だから愛国心もありません。これ以上暮らし向きが悪くなれば、彼らは自分たちを苦しめている存在、つまり王家を倒すために立ち上がるでしょう」
舌鋒はさらに鋭くなる。
「ペルテ共和国は、今も王国を併呑するという野心を捨てていません。これは王国が決して一枚岩になれないことを知っているからです。
器量のない人間が玉座に座っている限り、不和の種はまかれ続けます。
このまま父上が王として統治を続けていては、王国は滅びるのです」
(よく言った)
デュランは手を叩いて称えたい気分だった。
「お、おまえは自分が何を言っているかわかっているのか!?」
ラッセルは怒るよりも、驚いているようだ。
まさかここまで息子に厳しく非難されるとは思わなかったのだろう。
「はい。私は父上に代わって王となり、この国に住む者たちを導くつもりです」
ラッセルの形相が、殺気を帯びていく。
(さて、そろそろランスヘッドを捕らえろという命令を出すかな?)
と思いきや、その矛先はデュランに向けられた。
「ランスヘッドをそそのかしたのは、おまえだな?」
(ほう、意外に鋭いな)
「私は何もしていません。すべてはランスヘッド殿下が自ら考え、決めたことです」
デュランは立ち上がり、ニヤリと笑みを浮かべて言った。「ですが陛下が王にふさわしくないのは、誰もが思ってることですよ」
あまりにも不遜な言葉に、ついに王の怒りが爆発する。
「親衛隊、その者たちを捕らえよ!」
「はっ!」
王の命令に応え、真っ先に動き出したのは隊長のカードだ。
今までのやり取りを聞いていて我慢の限界だったのだろう。怒りをむき出しにして、こちらに向かってくる。
30人の隊員たちも、その後に続く。
「止まれ! 親衛隊よ!」
ランスヘッドが声を張り上げた。「私はまだ父上に言うことがある! そのまま話を聞け!」
その声は、父親よりもはるかに威厳があった。
親衛隊員たちは、王子であるランスヘッドの言葉をないがしろにはできず、足を止める。
しかし、カードだけは止まらなかった。
「王家の敵、滅すべし!」
カードは剣を抜くと、迷わずランスヘッドの脳天に振り下ろす。
キイィィン!
デュランはすかさず割って入り、剣で受け止めた。
その間にランスヘッドはグレッグに誘導され、後方へと移動する。
「おいおい忠士、相変わらず狂ってるな。この場で殺せとは命じられてないだろ?」
「黙れ蛆虫!」
体格に勝るカードは、刃を合わせたまま体を押してきた。
(くっ、重い……! パワーはこいつの方が上か。だが――)
キンッ!
デュランは相手の剛剣を受け流し、素早く距離をとる。
しかしカードも即座に踏み込み、デュランの胸に剣を突き出してくる。
デュランは体をひねって相手の剣をかわすと、靴でカードの腹を蹴りつけた。
「ぐっ……」
さすがのカードもうめき声を上げ、一瞬動きを止める。
その隙をついてデュランは、ランスヘッドのいる後方へと駆けた。
しかし安堵する間もなく、他の隊員たちも剣を抜いて迫ってきた。
彼らははっきりと、王子であるランスヘッドに対しても殺意を向けていた。
指揮官が迷わないからこそ、部下も迷わないのである。
親衛隊は30人で、デュランたちは3人。これでは相手にならない。
バァン!
その時、玉座の間の扉が激しい音を立てて開かれた。
「総員、突入!」
レオナの号令とともに、剣と盾で武装した男たちが入ってきた。
デュランの麾下である龍殺し軍団の兵士たちだ。
その数、およそ500人。
デュランはこんな展開になることを見越して、突入の用意をさせていたのである。
「おいレオナ、来るのが遅いぞ!」
「すまん。直前になって迷う奴がいて、説得に時間がかかった」
龍殺し軍団の兵士のほとんどは、王家に仕える騎士である。
敬愛するデュランの命令といえども、王への反逆にためらうのは無理もない。
「お、おまえら何者だ! ここは軍が入っていい場所ではないぞ!」
ラッセルが玉座から立ち上がり、震え声で怒鳴りつけた。
「陛下、こいつらは龍殺し軍団の騎士どもです!」
カードが答えた。
「なんだと!? 騎士ともあろう者が、恩を忘れて反逆するというのか!」
この王の言葉に対し、騎士たちはいきり立って言い返す。
「先に我らを裏切ったのは王家の方だ!」
「そうだ! 王家はタイパン王の代から騎士を邪魔者扱いしてきた!」
「我らの主君は、デュラン司令官だ!」
王家は軍の指揮権を、騎士から平民将校に移そうとしていた。そして騎士は徐々に人数を減らす方針だった。
それは誰もが認める事実である。
「くっ、デュランを王都に残したのが失敗だったか……!」
他の将校たちの多くは、新しく手に入れた北部領に派遣している。
4000人の龍殺し軍団を止められる戦力は、王都には残っていなかった。
「殿下、よろしいですね?」
デュランが確認すると、ランスヘッドは黙ってうなずいた。
王を殺してもいい、ということである。
「エリック! すべての隊員を率いて、陛下を王都から落ち延びさせよ!」
カードはエリックという名の副隊長に指示を出した。
「はっ! すべての隊員を率いて陛下を王都から落ち延びさせます!」
エリックは復唱した。
「隊長はどうなさるのですか?」などという無駄なことは聞かなかった。
「さあ陛下、こちらへ!」
エリックは呆然とするラッセルの手を強引に引き、脇の扉へと向かう。
(王を王都から逃がすわけにはいかない)
もちろんデュランは、すでに王都の城門をすべて閉ざし、多くの兵士も配置している。
とはいえ城門は外敵の侵入を防ぐためのものであり、内部からの攻撃を想定してはつくられていない。
30人の親衛隊が死に物狂いになれば、突破することは不可能ではなかった。
(あるいは、王しか知らない抜け道が存在する可能性もあるな)
「この場で王を仕留めるぞ!」
デュランは味方に声をかけ、自ら駆け出そうとするが――
「動くなっ!!」
カードの発した大音量で、玉座の間が震えた。
その迫力に威圧され、デュランと500人の騎士はピタッと動きを止めた。




