108.少年の覚悟
「剣を教えろだと?」
マケランはピットの言葉に驚く。今まで彼がそんなことを言ったことはない。
「うん。オレ、強くなりたいんだよ」
「男の子なら、そう思う気持ちはわかる。だが、12歳で刃物を扱うのは早い。もっと体が大きくなってからでいいだろう」
「リヴェットさんは、5歳の時に槍で熊を仕留めたって言ってたぞ」
「あいつは普通じゃないんだ。真似をしようとするな」
「そうだよな……」
ピットは悲しげに顔を伏せた。頭の上の耳もペタンと垂れる。
こんな姿を見せられると、マケランはつらい。
「なんで強くなろうと思ったんだ?」
もう少し話を聞いてやることにした。
「御主人のボディーガードをやりたいんだよ。マクドールさんみたいに」
マクドールはマケランの同期生で、王太子のガラガラのボディーガードを務めている。
「御主人は司令官だから、敵にねらわれる立場だろ? だから、そばにいるオレが守らないとって」
こういう殊勝な言葉にマケランは弱い。
だからピットの願いを聞いた方がいい理由を、なんとか考え出そうとする。
(俺のボディーガードはともかく、こいつも自分の身ぐらいは守れるようになるべきだろう)
ピットは兵士ではないが、マケランと一緒にいるからには、戦場に身を置くことになるのだ。
(俺はピットを厳しく育てている。……だからこそ、剣を持たせるべきなんだ)
ピットが嬉しそうに剣を振っている姿を想像して、思わず口元がゆるむ。
(……いや、やっぱり真剣は危険だな。木剣にしよう。それも、できるだけ軽いやつで)
「まあ、いいだろう」
「え? いいのか?」
「ああ、リヴェットに稽古をつけてもらえるよう、後で頼んでおく」
ピットは喜ぶかと思いきや、不満そうに言い返す。
「冗談はメガネだけにしろよ。ペットを育てるのは飼い主の責任だぞ」
「でもリヴェットのほうが俺よりはるかに強いぞ」
「オレは御主人に教えてもらいたいんだよ」
ピットはそう言った後、あわてて付け加えた。「か、勘違いするなよ。オレはただ、御主人の近くにいないと寂しいだけなんだからな」
照れ隠しにしては、妙な言い回しである。
「はあ……わかった。俺が剣を教えてやる」
「御主人……ありがとうございます!」
ピットは深々と頭を下げた。
彼がこんな礼儀正しい態度を見せるのは初めてだ。
「言っておくが、武器を扱うからには俺も優しくはできないぞ。ビシバシいくから覚悟しておけ」
「おうっ!」
この日から、マケランはピットに剣の稽古をつけることになった。
だが、大方の兵士が予想したとおり、それは「ビシバシ」には程遠い内容になるのである。
―――
星空の下、ランスヘッドは天幕の中にいた。
野営にもすっかり慣れたものだ。
今は机に向かって、ランプの明かりの下で資料に目を通している。
デュランが書いた資料で、明日訪問する村の情報が記されていた。
「演説の際、その村独自の地域性や風習に触れて話をしてください。そうすれば住民たちは、より感銘を受けます。殿下が自分たちのことを知ってくれていると、実感できるからです」
デュランがそんな提案をして以来、その通りにしている。
実際、住民たちの表情を見れば、効果は覿面だった。
デュランの能力は疑いようがない。
優秀な軍人であることはわかっていたが、幅広い知識と教養まで持ち合わせているのだ。
「失礼いたします」
入り口の垂れ布が上がり、守り役のグレッグが入ってきた。
「グレッグ、こんな時間にどうした?」
「明かりが付いているので、まだお休みになっていないのかと思いまして」
「これを読んだら寝るつもりだ」
「デュランの書いた資料ですか……」
グレッグはやや眉をひそめた。「あの男を完全に信頼して、よいものでしょうか?」
「おまえもデュランのことは高く評価していたではないか」
「有能な男であることは間違いありません。ですが、彼は我々にすべてを明かしてはいません」
「わかっている。デュランが私に協力しているのは、忠誠心だけが理由ではない」
ランスヘッドはうなずいた。「おそらくは私を王位に就け、自分が実権を握るつもりだろう。14歳の王には、政務を代行する者が必要だからな」
グレッグは驚いた顔を向けた。
「殿下はそこまで察しておられたのですか」
「グレッグ、私をあなどるな。王になるなら、デュランのような野心を持った家臣も使いこなせねばならぬ」
「王、ですか。殿下は民主主義を理想としておられるのでは?」
ランスヘッドは各地の村を回って、ペルテ共和国のように選挙で国民の代表を選出するべきだと訴えていた。
「もちろんそうだが、すぐにできることではない。まずはすべての国民に教育を施し、政治に興味を持たせねばならない。
まだ小さな子どもたちが、一日中農作業をしているのを見ただろう。あんなことは即刻やめさせたい。
だからこそ、私は王になる。全国民が参加する選挙を行えるまでは相当な時間がかかるだろうが、死ぬまでには実現したいものだ。幸いなことに、私には多くの時間が残されている」
「ですが、ラッセル陛下もまだ39歳です。仮に殿下が王太子に指名されたとしても、後を継げるのはまだまだ先になるでしょう」
「グレッグよ」
ランスヘッドの目つきが、剣呑になった。「父上に、王の器量があると思うか?」
「なんと……?」
言葉に詰まるグレッグに対し、ランスヘッドは続ける。
「各地の農村をめぐっていてわかったが、父上は地方にまったく目を向けていない。農民たちがどんなつらい生活を送っているか、想像しようとすらしていないのだ」
「それは、そうかもしれませんが――」
「私は、父上が自然に死ぬのを待つつもりはない」
「殿下、いけません!」
グレッグは強い口調で諫めた。「英明な殿下が、愚かな2人の兄よりも下に置かれていることは、私も納得していません。ですが、反逆などは――」
「反逆ではない。私が父上に代わって王になることは正当であり、蛇神ムーズもお認めくださる」
ランスヘッドは当然のように答えた。「なぜなら、国民がそれを望んでいるからだ」
「殿下……」
「それにグレッグよ。私は国民の前で、この国を民主制に変えることを主張している。これは王制の廃絶と同じことだ。つまり私は、すでに反逆者なのだ。父上が知れば、間違いなく私を殺すはずだ」
グレッグは呆然と口を開けた。
「殺すなど……殿下は血のつながった息子なのです。そのような非情なことができるわけがありません。王太后陛下も反対なさるでしょう」
「父上には感情がないし、祖母上は王家の存続を何よりも大切に思っておられる方だ。私を許すはずがない」
メロディアはガラガラが暗愚であることを知っている。それでも彼を王太子にすることを王に進言した。
王家の安定のためには長子相続が重要だと考えているからだ。
ならば、野心を持つ弟を生かしておくことは、どう考えても危険である。
「……おっしゃるとおりです」
グレッグは苦しげにうなずいた。「つまり殿下は危険を承知の上で、農民たちの前で演説をしておられたのですか」
「当然だ。もちろんこれはデュランにそそのかされたわけではない。私は自分の意志で、この国を変えようとしている。そして私には、その力がある」
「…………」
今まで聞いたことのない主君の自信満々な言葉に、グレッグは悲痛な顔で黙り込んだ。
そんな彼の肩に、ランスヘッドは優しく手を置く。
「グレッグ、誰よりも信頼するおまえにだけは、反対してほしくない。その命、私に預けてくれないか?」
毅然としながらも、どこか不安そうなランスヘッドの顔を見て、グレッグは感極まって涙を流した。
「はっ! 私は何があろうと殿下の味方です! こんな老人の命でよければ、いかようにもお使いください!」
その時、天幕の外が騒がしくなった。
2人が何事かと思っていると、文官の服装をした男と従者が入ってきた。その後ろにはデュランもいる。
文官は従者が差し出した桐の箱の蓋を開け、中から1通の書状を取り出した。
「ランスヘッド殿下、国王陛下よりの御書状にございます。至急、王都へお戻りください」
書状は深紅の絹紐で束ねられ、結び目には赤い封蝋で王の印章が捺されている。
父から子への私信ではない。国家の正式な文書だ。
文官は封を解くことなく、そのまま書状をランスヘッドに差し出した。
「思ってたより、早くバレたみたいですね。まあ、あれだけやれば当然か」
横からデュランが、場にそぐわない軽い口調で言った。




