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黒蛇の紋章  作者: へびうさ
第3章 激動の王国

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107.デュランの策略

 その後もランスヘッドは各地の農村を訪問し、演説を行っていた。

 手配をしているのは、もちろんデュランだ。


 今日もランスヘッドに同行し、次の村へ向かっている。キャッピーとレオナも一緒だ。


「御主人様、殿下の演説は日に日に洗練されていってますね。話している内容はヤバイですけど」


 デュランの隣で馬を進めながら、キャッピーが声をかけてきた。


「ああ、あいつは本気で民主主義にあこがれているようだ。将来は選挙で国家元首を選びたいなんて、王の耳に入れば大変なことになるのはわかってるだろうに」

「賢いように見えて、まだまだ子どもですね」


「私は選挙をやるのはいい考えだと思うぞ。世襲の王なんて存在は、この国に必要ない」


 レオナが馬体を寄せてきて、ランスヘッドに賛同するようなことを言った。

 彼女にとって、主家の仇である王家の存続など興味がないのだろう。


「おまえまで、ランスヘッドの演説に感化されたのか?」

「立派なことを言っているではないか。みんな、目を輝かせて彼の演説を聞いている」

「ああ、確かにランスヘッドには演説の才能があるようだな。農民でも理解できるよう、わかりやすい言葉で語っているのが素晴らしい」

「おまえは農民をバカにしているのか?」


 レオナは眉をひそめて言った。


「そんなことはないさ。食料の生産者である農民は、国の基盤だ」


 デュランは周囲に広がる広大な麦畑をながめて答えた。「そして重要な戦力にもなる。この国の人口の8割以上は農民なんだからな」


「ああ、だから殿下は農民の支持を得るため、演説を行っているんだろう?」

「実はそれだけじゃない。農民が国の基盤なんてのは、表向きの理由だ」

「どういうことだ?」


 首をかしげるレオナに対し、デュランはニヤリと笑みを浮かべて問いかける。


「人を堕落させるのに、もっとも有効な方法は何だと思う?」

「酒と女だ」


(こいつは単純だな)


「まあ、それも間違いじゃないが、もっと効果的なのは()()()()()()()ことだ」


 ピンと来ない様子のレオナに対し、デュランは真面目な顔で続ける。


「俺も覚えがあるからわかるが、あの年頃の少年が一番嫌なのは、自分が子ども扱いされることだ」

「ああ、確かに殿下はそれを気にしていたな。2人の兄と違って自分には役割が与えられていないと、王に対する不満までこぼしていた」

「子ども扱いしてるのは、王都の住民も同じだ。彼らは城下でランスヘッドに会っても、気軽に声をかけている。英明な王子を愛してはいるが、崇拝すうはいしてはいないからだ」

「崇拝か……。確かに農民たちは地面に額をすりつけ、まるで殿下を神のごとく崇めている……」

「そうだ。その時のランスヘッドの興奮した顔を見たか? 今までほとんど王都を出ることのなかった少年にとって、世界観が一変するような光景だったろう。神ではない人間が神のように崇められて、増長せずにいられるはずがないんだ」


 デュランは自ら仕組んだことにもかかわらず、まるで同情するかのような表情だ。


「だからランスヘッドは自分が神のように偉いと勘違いして、王国では許されざる内容の演説をしたわけか……」

「最近では、王を批判することまで言うようになっている。心に秘めていたことが、表に出てきただけだろうがな」

「タガが外れたわけか」

「1度タガが外れれば、後はなし崩しだ。断言してもいいが、あいつは元々父親を嫌っていた」

「そりゃそうだ。ラッセルを好きな人間など、いるはずがない」

「だったら、自分が父親に()()()()()()()と考えるのは当然だ。なにせ自分は、神のごとく崇められるような偉大な人間なんだからな」


 ラッセルを殺してランスヘッドを王座に就ける。それがデュランのねらいだ。

 だからランスヘッドには、父親と戦う覚悟を決めてもらう必要があった。


「農村に連れて行くことで殿下の心を変えてしまうなんて、やっぱり御主人様はすごいです!」


 キャッピーは心からの賞賛を飼い主に向けた。


「都市部ではこうはいかない。教育を受けた小賢しい人間が多いからな。知識人インテリは王にとって邪魔なだけだ」


「おまえは国民への教育も邪魔だと思っているのか?」


 レオナはデュランに厳しい目を向けた。


「俺は民主主義には興味がないからな。民衆は支配者を疑うことなく、自分の人生を送っていればいい。きっとそのほうが幸せだ」

「キャッピーも知識人が大嫌いです! 本ばかり読んでる人間は悪い奴です!」

「おいキャッピー、俺だって誰にも負けないほど本を読んでるぞ」


「もちろん御主人様は違いますよ」


 キャッピーは当然のように答えた。「知識人の中でもヤバいのは、メガネをかけてる奴です。間違いなく邪悪なことを企んでます」




―――




 マケランは指でメガネをクイッと押し上げてから、机の上に算数の答案を置いた。


「32点だ。まだまだだな」


 もっとがんばれと言いたげに、机に向かうピットに告げた。


「机の上のホコリが気になって、集中できなかったんだよ」


 ピットは妙な言い訳をした。「なあ、勉強の前に掃除をさせてくれよ。御主人の部屋が汚いことが、オレには許せないんだ」


「掃除なら、後で俺がやっておく」


「おい御主人」


 ピットは腕まくりをして、意気込みを示した。「オレの耳がピンと立ってるうちは、御主人に掃除なんてさせないからな」


(どうやら、従者としてのプライドにかかわる問題のようだ)


「はあ……わかった。今日の勉強はここまでだ。好きなだけ掃除をしろ」

「よっしゃ! でもその前に……なんか忘れてないか?」

「なんだ?」

「オレはがんばって算数の勉強をして、テストまで受けたんだぞ。ちゃんと褒めてくれよ」

「とても褒められる点数じゃないぞ。特に文章問題は全問不正解だ」

「仕方ないじゃないか。オレはまだ簡単な文章しか読めないんだから」


 ピットは、かわいく口をとがらせた。


「うーん、まだおまえには難しかったか」


(ピットは飲み込みが早いから、ついハードルを高く設定してしまったかもしれないな)


「つまり問題が難しすぎたにもかかわらず、オレはよくがんばったってことだよな? さあ褒めろ、やれ褒めろ」


 ピットは席を立つと、マケランの腹に頭突きを敢行した。


「むぎゅっ! お、おい、何するんだ!」

「なでやすいように頭を差し出してやったんだよ。32点だから32回な」


 どうやら、頭をなでろということらしい。


(やれやれ、仕方ない)


「よくがんばったな」


 マケランは頭をぐしゃぐしゃとなでてやった。

 するとピットの顔は、どんどんだらしなくゆるんでいく。


「ウヘヘヘヘ。首もなでていいぞ」

「はいはい」


 言われたとおり、両手で首をはさんで前後にさする。


「ふへーん」


 トローンとした目つきに紅潮した頬。そしてしっぽはピンと跳ね上がる。

 実に幸せそうだ。


(俺の教育方針は間違っていない……はずだ)


 マケランとしては、ピットを厳しく育てているつもりである。読み書きと算数を教えることにしたのも、彼の将来を考えてのことだ。


 しかし兵士たちには、「司令官がピット君に厳しくしてるのを見たことがありません」と返されている。

 そうかもしれない。


「それじゃあ、間違えたところは後で復習しておけよ」


 32回以上なでてから、そう命令した。

 ウェアドッグは飼い主の命令には必ず従うので、こう言っておけば復習する。


「うん、わかった」


 ピットは素直にうなずいてから、嬉しそうに掃除を始めた。

 その間にマケランは読書をする。


 エンシェンが将校の仕事を分担してくれるようになったため、マケランも自分の時間を多く持てるようになっていた。


「よし、終わった」


 しばらくしてピットが掃除を終えた。きれいになった部屋を見て、満足そうに微笑んでいる。


「ご苦労だった。それじゃあ、今日は何をして遊ぶ?」


 マケランは本から顔を上げ、たずねた。

 ピットは従者だが、ペットでもある。子どものウェアドッグには遊ぶ時間が必要なのだ。


「そのことなんだけど……実はやってみたいことがあるんだ」

「なんだ?」


 ピットはマケランの反応をうかがいながら、恐る恐るといった様子でお願いをする。


「御主人、オレに剣を教えてくれよ」

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