107.デュランの策略
その後もランスヘッドは各地の農村を訪問し、演説を行っていた。
手配をしているのは、もちろんデュランだ。
今日もランスヘッドに同行し、次の村へ向かっている。キャッピーとレオナも一緒だ。
「御主人様、殿下の演説は日に日に洗練されていってますね。話している内容はヤバイですけど」
デュランの隣で馬を進めながら、キャッピーが声をかけてきた。
「ああ、あいつは本気で民主主義にあこがれているようだ。将来は選挙で国家元首を選びたいなんて、王の耳に入れば大変なことになるのはわかってるだろうに」
「賢いように見えて、まだまだ子どもですね」
「私は選挙をやるのはいい考えだと思うぞ。世襲の王なんて存在は、この国に必要ない」
レオナが馬体を寄せてきて、ランスヘッドに賛同するようなことを言った。
彼女にとって、主家の仇である王家の存続など興味がないのだろう。
「おまえまで、ランスヘッドの演説に感化されたのか?」
「立派なことを言っているではないか。みんな、目を輝かせて彼の演説を聞いている」
「ああ、確かにランスヘッドには演説の才能があるようだな。農民でも理解できるよう、わかりやすい言葉で語っているのが素晴らしい」
「おまえは農民をバカにしているのか?」
レオナは眉をひそめて言った。
「そんなことはないさ。食料の生産者である農民は、国の基盤だ」
デュランは周囲に広がる広大な麦畑をながめて答えた。「そして重要な戦力にもなる。この国の人口の8割以上は農民なんだからな」
「ああ、だから殿下は農民の支持を得るため、演説を行っているんだろう?」
「実はそれだけじゃない。農民が国の基盤なんてのは、表向きの理由だ」
「どういうことだ?」
首をかしげるレオナに対し、デュランはニヤリと笑みを浮かべて問いかける。
「人を堕落させるのに、もっとも有効な方法は何だと思う?」
「酒と女だ」
(こいつは単純だな)
「まあ、それも間違いじゃないが、もっと効果的なのは崇め奉ってやることだ」
ピンと来ない様子のレオナに対し、デュランは真面目な顔で続ける。
「俺も覚えがあるからわかるが、あの年頃の少年が一番嫌なのは、自分が子ども扱いされることだ」
「ああ、確かに殿下はそれを気にしていたな。2人の兄と違って自分には役割が与えられていないと、王に対する不満までこぼしていた」
「子ども扱いしてるのは、王都の住民も同じだ。彼らは城下でランスヘッドに会っても、気軽に声をかけている。英明な王子を愛してはいるが、崇拝してはいないからだ」
「崇拝か……。確かに農民たちは地面に額をすりつけ、まるで殿下を神のごとく崇めている……」
「そうだ。その時のランスヘッドの興奮した顔を見たか? 今までほとんど王都を出ることのなかった少年にとって、世界観が一変するような光景だったろう。神ではない人間が神のように崇められて、増長せずにいられるはずがないんだ」
デュランは自ら仕組んだことにもかかわらず、まるで同情するかのような表情だ。
「だからランスヘッドは自分が神のように偉いと勘違いして、王国では許されざる内容の演説をしたわけか……」
「最近では、王を批判することまで言うようになっている。心に秘めていたことが、表に出てきただけだろうがな」
「タガが外れたわけか」
「1度タガが外れれば、後はなし崩しだ。断言してもいいが、あいつは元々父親を嫌っていた」
「そりゃそうだ。ラッセルを好きな人間など、いるはずがない」
「だったら、自分が父親に取って代わろうと考えるのは当然だ。なにせ自分は、神のごとく崇められるような偉大な人間なんだからな」
ラッセルを殺してランスヘッドを王座に就ける。それがデュランのねらいだ。
だからランスヘッドには、父親と戦う覚悟を決めてもらう必要があった。
「農村に連れて行くことで殿下の心を変えてしまうなんて、やっぱり御主人様はすごいです!」
キャッピーは心からの賞賛を飼い主に向けた。
「都市部ではこうはいかない。教育を受けた小賢しい人間が多いからな。知識人は王にとって邪魔なだけだ」
「おまえは国民への教育も邪魔だと思っているのか?」
レオナはデュランに厳しい目を向けた。
「俺は民主主義には興味がないからな。民衆は支配者を疑うことなく、自分の人生を送っていればいい。きっとそのほうが幸せだ」
「キャッピーも知識人が大嫌いです! 本ばかり読んでる人間は悪い奴です!」
「おいキャッピー、俺だって誰にも負けないほど本を読んでるぞ」
「もちろん御主人様は違いますよ」
キャッピーは当然のように答えた。「知識人の中でもヤバいのは、メガネをかけてる奴です。間違いなく邪悪なことを企んでます」
―――
マケランは指でメガネをクイッと押し上げてから、机の上に算数の答案を置いた。
「32点だ。まだまだだな」
もっとがんばれと言いたげに、机に向かうピットに告げた。
「机の上のホコリが気になって、集中できなかったんだよ」
ピットは妙な言い訳をした。「なあ、勉強の前に掃除をさせてくれよ。御主人の部屋が汚いことが、オレには許せないんだ」
「掃除なら、後で俺がやっておく」
「おい御主人」
ピットは腕まくりをして、意気込みを示した。「オレの耳がピンと立ってるうちは、御主人に掃除なんてさせないからな」
(どうやら、従者としてのプライドにかかわる問題のようだ)
「はあ……わかった。今日の勉強はここまでだ。好きなだけ掃除をしろ」
「よっしゃ! でもその前に……なんか忘れてないか?」
「なんだ?」
「オレはがんばって算数の勉強をして、テストまで受けたんだぞ。ちゃんと褒めてくれよ」
「とても褒められる点数じゃないぞ。特に文章問題は全問不正解だ」
「仕方ないじゃないか。オレはまだ簡単な文章しか読めないんだから」
ピットは、かわいく口をとがらせた。
「うーん、まだおまえには難しかったか」
(ピットは飲み込みが早いから、ついハードルを高く設定してしまったかもしれないな)
「つまり問題が難しすぎたにもかかわらず、オレはよくがんばったってことだよな? さあ褒めろ、やれ褒めろ」
ピットは席を立つと、マケランの腹に頭突きを敢行した。
「むぎゅっ! お、おい、何するんだ!」
「なでやすいように頭を差し出してやったんだよ。32点だから32回な」
どうやら、頭をなでろということらしい。
(やれやれ、仕方ない)
「よくがんばったな」
マケランは頭をぐしゃぐしゃとなでてやった。
するとピットの顔は、どんどんだらしなくゆるんでいく。
「ウヘヘヘヘ。首もなでていいぞ」
「はいはい」
言われたとおり、両手で首をはさんで前後にさする。
「ふへーん」
トローンとした目つきに紅潮した頬。そしてしっぽはピンと跳ね上がる。
実に幸せそうだ。
(俺の教育方針は間違っていない……はずだ)
マケランとしては、ピットを厳しく育てているつもりである。読み書きと算数を教えることにしたのも、彼の将来を考えてのことだ。
しかし兵士たちには、「司令官がピット君に厳しくしてるのを見たことがありません」と返されている。
そうかもしれない。
「それじゃあ、間違えたところは後で復習しておけよ」
32回以上なでてから、そう命令した。
ウェアドッグは飼い主の命令には必ず従うので、こう言っておけば復習する。
「うん、わかった」
ピットは素直にうなずいてから、嬉しそうに掃除を始めた。
その間にマケランは読書をする。
エンシェンが将校の仕事を分担してくれるようになったため、マケランも自分の時間を多く持てるようになっていた。
「よし、終わった」
しばらくしてピットが掃除を終えた。きれいになった部屋を見て、満足そうに微笑んでいる。
「ご苦労だった。それじゃあ、今日は何をして遊ぶ?」
マケランは本から顔を上げ、たずねた。
ピットは従者だが、ペットでもある。子どものウェアドッグには遊ぶ時間が必要なのだ。
「そのことなんだけど……実はやってみたいことがあるんだ」
「なんだ?」
ピットはマケランの反応をうかがいながら、恐る恐るといった様子でお願いをする。
「御主人、オレに剣を教えてくれよ」




