106.ランスヘッドの演説
ランスヘッドはデュランを配下に加えた。
もちろん、すべての将校は王の直属の家臣ということになっているので、公式な主従関係ではない。
それでも王や家臣たちは、彼らが共に行動することを認めた。
血気盛んな14歳の少年がドラゴンを倒した男にあこがれるのは、きわめて自然なことだ。
「あの男は剣技も見事ですが、軍を指揮する能力も一流です。それこそが、殿下にとって大きな力となるでしょう」
グレッグはそう言って、デュランを配下に加えることに賛成した。
ただしランスヘッドもグレッグも、デュランを完全に信用したわけではない。
デュランがランスヘッドに近づいてきたのは、王家の将来を憂う気持ちだけが理由ではなく、立身出世の野望があるのだろうと考えた。
だとしても、構わなかった。
ランスヘッドの目的は、2人の兄を飛び越えて王太子に任命されることだ。
そのためには軍事で実績を上げることがもっとも有効であり、デュランの率いる4000人の常備軍は大きな力となるだろう。
いつかランスヘッドが王位を継いだ時は、彼を王家軍の最高司令官にして応えてやればいい。
ランスヘッドとグレッグはそう考えた。
さすがの彼らも、デュランがラッセル王の弑逆まで考えているとは予想できなかった。
―――
デュランはランスヘッドを連れて、王領内の農村へと旅立った。
同行者はグレッグ、それからキャッピーとレオナ、数人の騎士たちだ。
王の許可も得ている。名目は、ランスヘッドに農民の生活を見学させ、見聞を広めさせることである。
だがデュランは、見聞を広めさせるだけで終わるつもりはなかった。
「今までの王たちは農民のことを、農作物を生産し、税を納めるだけの存在としか見ていませんでした。殿下はそれを真似することなく、直接農民に声をかけ、彼らの支持を得てください」
農民たちの前で演説し、彼らの心をつかむこと。それがデュランの提案だった。
「それはいい考えだ。農業こそが国の基盤なのだからな」
「おぬしは軍人なのに、そんなことにまで気が回るのだな」
ランスヘッドとグレッグは感心し、一も二もなく賛成した。
実はデュランには、彼らの思いもよらない狙いがあるのだが、もちろん話すつもりはない。
そして一行は馬で3日かけて、デュランが手配した村へ到着した。
「このような辺境にも、人がまとまって住んでいるのだな」
今までほとんど王都から出たことのないランスヘッドにとって、見るものすべてが新鮮な光景だろう。
「はい。人口が300人ほどの寂れた村ですが、最初の訪問地としてはふさわしいと思います」
村の中央には短冊状の耕作地が規則正しく並び、その周辺に藁葺き屋根の粗末な家々がポツンポツンと立っている。
あまり裕福な暮らしは送っていないようだが、困窮しているわけでもなさそうだ。
村長には事前に訪問のことを伝え、公共の広場に住民を集めておくように指示を出してあった。
そこへランスヘッドが姿を現す。
王族しか着用を許されない紫のマントを身にまとい、まっすぐに背を伸ばして堂々と住民の前へと進み出た。
その後ろに付き従うのは、いかにも歴戦の騎士といった風貌のグレッグ。
その手には『円環の蛇』の紋章が描かれた旗を捧げ持っている。言うまでもなく、サーペンス王家の紋章だ。
「本物なのか?」
「あの気品……間違いねえよ!」
「ほんとにねえ。あたしらと同じ人間とは思えないねえ」
王子がやってくると聞いて半信半疑だった村人たちは、実物のランスヘッドを見て騒然となった。
神のごとき尊い存在が、目の前に現れたのだ。
(さすがは生まれながらの王族だな。たいした威厳だ)
デュランは傍らでこの光景を見て、満足げに微笑んだ。
「みんな何をしている! 殿下の御前だぞ!」
先頭にいた村長が呼びかけると、村人たちはあわてた様子でひざまずき、地面に額をこすりつける。
その光景を見たランスヘッドは驚き、興奮しているように見えた。
王都の住民は、こんな反応はしない。通りですれ違っても、笑顔で挨拶を交わすだけである。
ランスヘッドがまだ子どもであり、敬意よりも親しみがまさっているからだ。
「皆、立ってくれ。立って私の話を聞いてほしい」
ランスヘッドが呼びかけても、立ち上がる者はいない。とまどった様子で、周囲の者たちと顔を見合わせている。
「わかった、ではそのまま聞くがいい」
ランスヘッドは続けた。「今日は愛する国民に会うことができて、とても嬉しく思う。おまえたちは他の国民の食料を確保するため、つらい労働の日々を送っているそうだな。まさに国の宝だ」
「愛する国民……?」
「国の宝……?」
「そんなこと、言われたことねえだ」
村人たちはとまどっていた。
(農奴の生活しか知らない奴らには、理解できなくて当然だ)
彼らのほとんどはこの村で生まれ、一生外へ出ることなく死んでいく。世界は村の中だけで完結しているのだ。
自分が国家に所属しているという意識もない。
王が一番偉い人間なのはもちろん知っているが、自分たちとは縁のない雲の上の存在と思っているだろう。
(だが、この意識を変えなくては共和国には勝てない)
ランスヘッドの即位後、デュランは大規模な徴兵制度を導入するつもりでいる。ここにいる者の多くも、兵士として戦場に出ることになるだろう。
しかし、練度も士気も低い農民兵は指揮官の命令通りに動かないし、いざとなったら恐怖で逃げ出す。
それに対して、ペルテ共和国の軍隊は強い。
場当たり的に集められた傭兵や農民兵ではなく、愛国心が強い国民兵で編成されているからだ。
(王国の住民に愛国心はなかなか理解できないだろうが、せめてランスヘッドのために喜んで死ねる兵士にはなってもらいたいもんだ)
「おまえたちには、夢があるか?」
ランスヘッドはさらに問いかけた。
「私どもが望むのは、家族に囲まれて平穏に暮らすことだけです」
村長が代表して答えた。
「この村を出たい、と思ったことはないか? 農民ではなく、違う生き方もあるのではないか?」
「滅相もございません。私は作物や家畜を育てること以外は、何もできません」
「そう、それこそがこの国の憂うべき問題だ」
ランスヘッドは語気を強めて言った。「おまえたちはこの土地を離れることができないし、違う職業につくことも許されていない」
(厳密に言えば、士官学校に入って将校になるという道もあるけどな)
とはいえ教育を受ける機会のない農民が、入学試験を突破できる見込みはない。
ストラティスラは例外中の例外だ。
「私は王族として、おまえたちをそんな境遇にしてしまったことをわびたい」
ランスヘッドが軽く頭を下げた。
「め、滅相もございません! 殿下のような偉い方が、私どものような下賤の者に頭なんて下げないでください」
村長は気の毒なほどあわてている。
しかし14歳の少年は動じない。
「王族として生まれれば、他人の自由を奪う権利があるのか? 土地を持っている者は、持たない者を支配する権利があるのか? いいや、偉大なる蛇神ムーズはそのようなことを定めてはいない!」
ランスヘッドは拳を握りしめ、声を張り上げた。「私は持てる力のすべてを尽くして、国民に自由をもたらしたいと思う。今日この村に来たのは、その決意を述べるためだ」
(自由ときたか……)
ランスヘッドが何を話すかについては、デュランは干渉していない。
英明と評判の王子ならば、素朴な村人を感動させる演説はできるだろうと確信していたからだ。
思ったとおり、彼の言葉には力があった。誰にも頼らず、自分の言葉で話しているからだ。
「ペルテ共和国は我が国の宿敵だが、見習うべき点は多い。あの国の国民には自由がある。その自由の中には、為政者を選ぶ自由まである。選挙で選ばれた総統は国民の代表として、国民のために働いているのだ」
(こいつは共和国の思想にかぶれていたか。おもしろくなってきたぞ)
デュランは大声で笑い出したい気分だった。
純粋な14歳には、国民が自ら為政者を選ぶという仕組みが、まぶしく見えるのだろう。
しかし、グレッグは眉をひそめている。
サーペンス王国では決して許される発言ではない。
(ランスヘッドもそれはわかっているはずだが……。農民たちから神のごとくあがめられ、全能感に酔ったか?)
少年の声は、ますます熱を帯びていく。
「もちろん、そのような大変革がすぐに可能とは思っていない。まずはすべての国民に教育を施す必要がある。私が王になった時は、ぜひやりとげたい」
ここは周囲との交流がほとんどない辺境の村だ。
ランスヘッドの演説の内容が王都まで届くことは、当分はないだろう。
(だが、いつかは王にバレる)
デュランはその時のラッセルの顔を想像して、思わず口角をつり上げた。




