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美術準備室の美人形さん  作者: 雪見桜


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18/20

18.あなたに会いたい


ぼやけたこの視界とさよならする日がやって来た。

詩音先輩に選んでもらった、ベージュの可愛い花柄の眼鏡の受取日。

急いた気持ちで開店時間のずっと前に目覚めてしまった私。

まさか明瞭な視界を手に入れることをこんなに心待ちにする日が来るとは思わなかった。

恋の力はそれだけ偉大、なのかもしれない。


結局開店時間に対してかなり早く家を出た私は、のんびりと街を歩くことにした。

ぼやぼやと、景色は全て境界線が曖昧で多くの色が混ざり合う。

夜になると尚更光が混ざって、少しお手軽なイルミネーションのようになる今の視界。

それが今までの私の心許ない武器だった。

はっきりと見えないからこそ振り絞れた気力だってある。

自らその武器を手放すことは、やっぱり少し勇気がいる。

けれどそれ以上に楽しみな自分がいて、やっと自分の前進を感じることができた。


「いらっしゃいませ。あら、あなたはこの間の」

「こ、こんにちは。眼鏡を受け取りにきました」

「ふふ、お待ちしておりました。こちらどうぞ」


迎えてくれた人は、前に担当してくれた人と同じ。

穏やかに笑んで案内してくれる。

程なくして目の前に持ってきてくれたのは、詩音先輩が選んでくれた可愛い眼鏡だ。


「こちらでお間違いないですか?」

「は、はい! ありがとうございます」

「こちらこそ。かけてみます?」

「良いんですか?」

「ええ、勿論!」


そっと手にとって耳にかけてみれば、途端に輪郭線が現れる。

穏やかな店員さんの、綺麗に磨かれた薄紅のネイルがはっきり見えた。

そっと鏡を差し出してくれて、私の今の顔がうつる。


可愛い眼鏡を付けた、自信なさげな少女がそこにいる。

人より少し地味な、眼鏡以外にオシャレ感のない、普通の少女だ。

凡々の、すぐに人に埋もれてしまいそうな顔。

どう頑張ってもやっぱり自信は持てない。

けれど私の顔は決して暗くはなかった。

思った以上に前向きな表情だと、そう気付く。


「“先輩”に見せてあげないとね?」


じっと鏡を見つめていた私に、店員さんがそう笑った。

見守るように優しい目で、柔らかく。

途端に顔が熱くなって、けれど私はコクコクと頷く。


「はやく、会いたいな……」

「ふふ、可愛い。きっと喜んでくれるわ。自信を持って、ね?」

「っ、ありがとうございます」


優しい言葉に、笑い返した。

1.0になった私の視界は、とても温かな始まりだ。

勇気づけられて、むくむくと欲が湧く。


会いに、行ってしまおうか。

学校が何だかとても遠い。

もう一度はっきりと見える詩音先輩に会いたい。


そうして言いたいんだ。

詩音先輩のように優しく少しずつ育った私の気持ち。

ありがとうと、好きです。

嘘偽りも隠しもない、本当の想いを告げたい。

そうした先の詩音先輩の顔の動きをきちんと見たい。

たとえ残念な結果になったとしたって、全てを見たいんだ。


店員さんにお辞儀をして、店を出る。

足が向いた先は自分の家とはまるで違う方向。

迷うことなく突き進んでいく。

心なしか急ぎ足で。


「理子」


そうすると、なぜだか会いたいその人の声がした。

道中の隅、振り返ればそこになぜだか詩音先輩がいる。

驚いて固まる私に、詩音先輩もなぜだか固まっていた。


白いシャツに黒いズボン。

初めてのデートと同じ格好、やっぱりとびきりカッコいい私服姿の詩音先輩。

数メートルのこの距離感でも顔がはっきり見える。

驚いたように見開くその綺麗な青の瞳とか。

少しだけ開いた口元とか。

額に少しだけ浮かんでいる汗とか。


ああ、今日もまた新しい詩音先輩に会えた。

それがすごく嬉しい。


「詩音先輩」


声はようやく形になって、顔が思わず緩んでしまう。

会えて嬉しい。

名前を呼んでもらえて嬉しい。

新しい表情を見付けて嬉しい。

新たな視界は多くを私に運んでくれる。

そうして視界の先で、詩音先輩もまた目を細め笑ってくれた。


「良かった、会えて。すれ違ったらどうしようかと思った。もう店行ってたんだね」

「もしかして、私に」

「うん、会いに来た」

「詩音先輩、も?」

「“も”?」

「あ、えっと……」


言葉を交わしながら、少しずつ距離が縮んでいく。

嬉しそうに笑ってくれるから、私も嬉しくなって笑みが止まらない。

すぐ間近まで来た詩音先輩の顔。

見上げる形になって、影が落ちる。


「あ、その」


会いに、来てくれた。

約束もしていないのに、会いたいと思ってくれた。

一体、詩音先輩はどれだけ私を喜ばせたら気が済むのだろうか。

もう心も体も有頂天で、これ以上は私の心臓に悪いはずだ。

それでも言いたくて仕方がなかった。


「も、です」

「うん?」

「私も、詩音先輩に会いに来ました」


きちんと言いたいことが言葉になる。


「……うん、ありがとう。俺も理子に、会いに来たよ」

「ありがとう、ございます」


そうやって笑い合う。

心臓はドキドキ煩くて、じんわりと温かい。

忙しないけど落ち着いて、不思議な感じだ。

好きという想いは、そういう初めての感覚を教えてくれた。


そっと手を持ち上げられる。

思った以上に温かな、ゴツゴツした先輩の手。

ぎゅっと握られて、柔く引っ張られる。


「行こっか」

「行く?」

「うん、俺達の場所に」


そうして辿り着いた場所は、いつもの場所。

私と先輩が出会った、美術準備室。

人目を避けてこっそり入った校舎内。

ぱたんと閉まるドアの音がやけに響いた。













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