表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/20

11.少しだけ理解できました


「え、失敗?」


教室に戻ると「どうだった?」と聞いてくれる桃ちゃんがいた。

申し訳なく思いながら、素直に事実を告げる。

付け足すように慌てて言葉を繋げた。


「あの、でもね。ぐっすり眠ってたから」

「ああああ、なんて間の悪い。珍しく頑張るからもう」

「頑張る?」

「ほら、今日午前中から来てたでしょ? たぶん疲れ果てたんだと思うよ」


そうして返ってきた桃ちゃんの答えに首を傾げる。

午前中から来てた。

だから疲れ果ててしまった。

その言葉に少しだけ心配になったのだ。


「“人形さん”、もしかしてどこか」

「あー、うん。体は元気、なんだけど」


思わず尋ねると、珍しく桃ちゃんが言い淀む。

もしかすると繊細な話だろうか。

そう思って、それ以上は聞けなかった。


詩音先輩の噂はたくさん耳に届く。

どこにいたとか、何をしていたか、とか。

そのなかで初めて知ったこともあった。

例えば、学校に来ない日も多いとか。

授業に参加していないことも多いとか。

桃ちゃんの言っていたことと繋がりがあるのならば、きっと事情があるのだろう。

踏み込んで良いことなのか分からなくて簡単には問い返せない。


桃ちゃんはそんな私を察して苦笑した。

「ごめん」と、悪くもないのに謝って。


「流石にプライバシーだからさ、本人の口から言うことかもって思って」

「う、うん。その通りだね。ごめんね」

「全然だよ! でも、そうだな……理子ちゃんには少しだけ」

「え?」

「“人形さん”はさ、心までもが人形な訳じゃなくて普通の人なんだよ。少しだけ分かりづらいだけで。間が独特なだけで」

「……桃、ちゃん?」

「誰だって疲れたら動けないし眠くなる。“人形さん”は、少しそれが人より溜まりやすいだけ」


内緒ねと、桃ちゃんはやっぱり苦笑いだ。

いや、もしかして心配?

気付いて、詩音先輩のそれまでを思い返して、私は結局頷くだけにとどまった。


詩音先輩に何か事情があることは分かった。

それを桃ちゃんが心配していることも分かる。

その原因も過去も、私には分からない。


けれど詩音先輩も、もしかしたら私と近いのかもしれない。

いつも穏やかに受け入れてくれる人だけれど、案外必死に毎日を頑張っているのかもしれない。

そんなことを思う。


「でもショックだったろうな、“人形さん”」

「え?」

「だってさあ、せっかくの理子ちゃんとの時間を寝過ごしちゃったんだからさ。1日唯一の時間なのに」

「えっと」

「まあいつも独り占めなんだから、良いけどね! ふふふ、でも絶対落ち込んでるね」


冗談混じりに桃ちゃんが言った。

明るい声で笑って、詩音先輩をいじってる。

とても温かい声で表情で。


ああ、きっとこうやって桃ちゃんは詩音先輩を支えて来たんだ。だから詩音先輩も桃ちゃんにあんなに気を許している。

兄妹の絆を見た気がした。

そしてやっぱり桃ちゃんに嫉妬してしまった自分が恥ずかしい。


……大事にできるかな? 今度こそは。

そう思って、私はごくりと息ごと飲み込む。


「桃、ちゃん」

「うん?」

「傲慢、だったら教えて欲しいんだけど。“人形さん”の迷惑だったら怒って欲しいんだけど」

「え? なに?」


衝動のような、けれど今までにない思いを桃ちゃんに告げる。


「え? え? だ、大丈夫?」

「や、やっぱり迷惑かな?」

「いや全然! でも理子ちゃんが大丈夫?」


相変わらず私を気遣い心配してくれる桃ちゃんに、気付けば笑っていた。

どうやら私の中に芽生えた覚悟は中々に強いらしい。

こくりと頷く私に桃ちゃんも頷き返してくれる。


「じゃあ、放課後一緒に行こっか」

「……桃ちゃんも? でも、内緒じゃ」

「理子ちゃんも一緒なら話は別。……なーんか、恥ずかしくなっちゃった自分が」

「え?」

「ううん。それこそ内緒」


そうして私たちは放課後一緒に階段をひとつだけ降りた。

そこは2階。2年生の教室がある場所だ。

授業は全て終わってるから、人の数はまばら。

それでもそれなりの人数が廊下にいて、学年の違う色のリボンを付けた私達を数名がチラッと覗いていた。


すでに私の心臓は普段の2倍速く動いている。

足が痺れて手は冷たい。

それでも、足が後ろを向くことはなかった。

まっすぐと、詩音先輩を向いている。


「2組……あ、あそこだ」

「う、うん。桃ちゃん、ありがとう付いてきてくれて」

「何の何の! それにずっと手繋いでくれるしご褒美!」


強く握りしめてくれる桃ちゃんの存在もまた大きかった。

頷きあってドアへと向かう。


「ん、あれ1年生? 何か用?」


入口まで歩いた私達に気付いてくれたのは、見知らぬ男の先輩だった。

気さくな感じの、そんな人。

それでも私の心臓は早鐘で、緊張しすぎて手が震え始める。

ぎゅっと目を閉ざし、けれど後ずさることなく私は再度その人を見上げた。


「あ、あの。さ、佐々木詩音先輩は、いますか?」

「え、佐々木?」


きょとんとした顔の先輩に頷いて、ちらりと教室の中を覗く。

目的の人は、すぐに見つかった。

噂に聞くままに、多くの人に囲まれている。


「佐々木ならあそこ。呼ぼうか?」


私達に応対してくれた先輩は、とても親切な人だった。

私達に見えるように体をよけて、そうして取次をしてくれようとしている。

けれど流石にそこまで甘えてしまうのはいけないような気がした。

……ううん、そうじゃなくて、私が嫌だ。

自分の足で、自分の声で、会いにいきたい。

その視線をこちらに向けるきっかけは私でありたい。

そう思うくらい気持ちが強くなっていたことに、ここで初めて気付く。


詩音先輩と一緒にいる女の先輩達は、とても大人っぽく綺麗だった。

遠目だから、私の視界でははっきりと周りの先輩達を認識することはできない。

けれど長い髪、細身の体、少し気崩した感じの制服。

何から何まで真面目一辺倒な恰好をした私とはまるで違う。

雰囲気だけでそう分かった。

楽し気な明るい声に、詩音先輩の相槌が聞こえる。

やっぱり人の声を、好意を、取りこぼさず受け止める優しい人なのだろう。

詩音先輩の周りに流れている空気はひたすらに綺麗で穏やかだ。


……嫉妬、してしまうな。どうしても。

どうしたって私はあの先輩達のように、垢抜けることはできない。

あんな風に人の心まで明るくさせられるようなハキハキとした声をあげられない。

挙動不審で、震える手足を叱咤するのが精いっぱいで、身に付ける制服だってきっちり校則通りにしか着られない。何もかも余裕やゆとりとは縁遠い。

融通が、ききにくい。

詩音先輩のような器を持たない私には、あの自由な感じの先輩達が眩しく映った。

敵わないなんて当然のように思いながら、それでも心はモヤモヤと胸やける。

苦い顔をしながら、ただただ眺める私。


「ちょっと待っててね、呼んでくるよ」


けれどそんな声が響いてハッと我に返った。

慌てて下がりかけた視線を上げれば、見知らぬ男の先輩がやっぱり親切に笑ってくれる。

その優しさに感謝して、私はやっと自分を取り戻した。

ギュッと力強く握りしめられた手を握り返せば、横で桃ちゃんも私を励ますように頷いてくれる。

頷き返して、私は震えてしまう声のまま「ありがとうございます」と答えて首を振る。

そうして向けた視線は一直線だ。


「し、詩音先輩!」


大きな声を出すのは、とてもとても勇気がいった。

けれどそれでもとじっと詩音先輩を見つめる。

周りにいる人達ごと、みんな何事かと視線をこちらへ返すのが分かった。

見つめ続ける先、詩音先輩の表情は分からない。

ただすぐにカタンと音を立ててその場を立ち上がったのだけ確認する。


「おお、すご……君、大人しそうなのに勇者だね」


ぽつりと感心したように呟いたのは目の前の先輩。

見上げている間に、脇から影が落ちた。

気付けばすぐそこに詩音先輩がいる。

表情が分かるほどに近い位置だ。

ずいぶんと驚いたように目を丸くしていた。


「佐々木。何この子ら、知り合い? お前の知り合いって初めて見たけど」

「妹。……と、………その友達」


ざわざわと教室内が一瞬でざわめく。

「妹!?」「似てない」と、そんな言葉と共に視線を感じた。

その様子を見て前に出たのは桃ちゃんだ。


「初めまして、兄がお世話になってます! すみません、突然」


桃ちゃんが明るい声で挨拶すれば、「え、そっち?」とそんな声が届く。

私に届いているのだから桃ちゃんも聞こえているはずなのに、何てことないようににこりと笑っていた。

……強い。そして、カッコいい。

対して私は、少し情けない。


「……桃。手」

「なに、詩音? 私が理子ちゃんとずーっと手繋いでるのそんなに羨ましい? 残念でした」

「…………桃」

「そんな怖い顔しないでよ。理子ちゃんがすっごく勇気出してここまで来たんだからさ」


詩音先輩と桃ちゃんの会話はいつも通りだった。

何故だか好戦的な桃ちゃんと、なぜだか恨めし気な詩音先輩。

端から見ればずいぶんと珍しい光景なのだろう、さっきよりも周囲から視線が集まっているような気がした。

ざわざわと声が重なって、もうその内容を聞き取ることができない程だ。


「えーっと、理子ちゃんって言うの君?」

「え? あ、は、はい!」

「佐々木に用事があるのって君だよね。なんか面白い光景だからこのまま見てたいけど、良いの? これほっといて」

「あ、えっと……」


詩音先輩と桃ちゃんが睨み合いをしている間、ずっと私達の応対をしてくれていた先輩が間を取り持つように話しかけてくれる。

ああ、この先輩もとても優しい。

必要以上に怖がることなんて、なかったのかも。

自分から行動すれば、きちんとこうして相手をしてくれる人だっているんだ。

ほっと安堵してしまって、ふっと笑みがこぼれる。

体の震えが途端に和らいだ。


「ありがとうございます。でも、2人が楽しそうに話しているの、見ているの好きだから」

「……うわ、これは中々」

「え?」

「いや、うん。……ごめん、何か知らんけど地雷踏んだのは分かったからそんな視線こっち向けんな佐々木。お前そういうキャラじゃないだろ」

「キャラとかどうでも良い。どうして理子と楽しそうに話してるの、須賀」

「ほったらかしにされてて心許なさそうだったからだろっ、確かに可愛いとは思ったけど」

「……喧嘩、する?」

「だからキャラじゃないだろ、お前の!」


気付けば私達の会話に詩音先輩が加わっていた。

須賀先輩、それがこの人の名前。

詩音先輩と気さくに話しているところを見ると、仲が良いのかな?

詩音先輩の表情も言葉もあまり見たことがないものだったから、桃ちゃんと同じく須賀先輩もまた詩音先輩が心許せる人なんだろう。

新しい詩音先輩に、また出会えた。

それだけで勇気を出して良かったと思う。


一度こぼれた笑みが止まらなくて、ついつい緩んだ顔のまま先輩達を見上げてしまう。

ギューッと強く手を握りしめられたのは直後だった。


「理子ちゃん、だ、駄目! そういう可愛い顔は、駄目! 被害が甚大、甚大だよ!」

「桃、ちゃん?」

「お願い、これ以上私の好敵手を作らないで! 私は独り占めする時間がもっと欲しいの」

「えっと?」


なぜだか涙目で見つめられて、首を傾げるしかない。

桃ちゃんをひたすら眺めて、桃ちゃんの言葉の意味を考える。

けれど答えが出てくる前に、もう反対側の手を強く握られた。


「……あっち」


すごくすごく、不機嫌そうな声がする。

はっと見上げれば、やっぱり不機嫌そうに口元を歪める詩音先輩だった。

そうしてグイっと強く手を引かれたものだから、つられるようにして足が動く。

慌てて須賀先輩に頭を下げてお礼をした。

バイバイと手を振ってくれたけれど、片手を詩音先輩に、もう片手を桃ちゃんにホールドされて返せない。

代わりに何度も頭をぺこぺこと下げた。


「……須賀、好み?」

「え?」

「俺の方が、顔は良い……はず」

「ブッ」

「……桃」

「いや、だって、あはは! 嫌なんじゃなかったの? 散々、ははははっ」

「…………桃」


2人の会話の意味が、よく掴めない。

詩音先輩がとても不機嫌で、桃ちゃんがとても楽し気なのは分かるのに。

結局分からないままに、手を引かれて辿り着いたのはいつもの場所。

私達が毎日会っている美術準備室だった。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ