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美術準備室の美人形さん  作者: 雪見桜


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12/20

12.宿題リベンジ


いつもお昼にだけ会っていた美術準備室。

陽が少し傾いて、少しだけ部屋は赤くなっていた。

ただでさえ薄暗い部屋が、さらに暗くなっている。

けれど室内はいつもと違う陽気さを連れていた。


「なるほど、ここが詩音の逃げ場所」

「桃……、なんでまだいるの」

「うわ、そんな邪険に扱わないでよ。ごめんって、大笑いしちゃって」

「別に邪険には、していない。ただこの場所は2人が良い」

「ここに連れてきたの詩音でしょ? どうしてここ選んだの」

「……他に邪魔されたくなかった」

「いや、私っていう邪魔者いるし。まあ気は利かせないけどね!」

「別に、邪魔者ではない」

「……全く、本っ当ーにこのお人好し兄貴はっ」


桃ちゃんがいるだけで、空気がぱっと華やぐ。

相変わらず仲良しな2人は、やっぱりお互いをよく分かっていてお互いに気を許しているのだろう。

2人にしか生まれない空気感、温かい雰囲気がここには詰まっている。


羨ましいな。

そうは思うけど、もうモヤモヤはしなかった。

詩音先輩は桃ちゃんが大切で、桃ちゃんも詩音先輩が大切で、そうやってお互いを思い合う姿は眩しい。

ふふふっと、思わず笑みがこぼれるほどに。


「……やだ、今日の理子ちゃん本当に鋭い凶器。大丈夫? 詩音グサグサ刺さってない?」

「……刺さってるからここにいる」

「初対面のスガ先輩? にも刺さってたね、ちょっと」

「…………やっぱり喧嘩、かな」

「あはは、楽しそうじゃん。良かったね」

「嬉しく、ない」


とてもとても複雑そうに眉を歪める詩音先輩。

薄暗い、少し距離のある位置でもはっきりと読み取れるほど表情のある詩音先輩に不謹慎だと思いながら嬉しくなった。


「ねえ理子ちゃん、どうしてそんなに嬉しそうなの?」

「え? あ、えっと……」

「うん」


相変わらず私は自分の気持ちを外に出すのが苦手で、問われて視線を感じれば尻込みしてしまう。

それでも何とか顔をあげて口を開いた。

この人達ならきっと大丈夫、受け入れてくれる。

そう分かったから。


「新しい顔がたくさん見れて、嬉しいなって」

「……ちなみに、どっちの」

「どっち? 詩音先輩も桃ちゃんも、2人の雰囲気も、全部だよ」

「それでニコニコなの? なにそれ天使!」


桃ちゃんは変わらず優しくて温かくて、ギュッと抱きしめてくれる。

いつも挙動不審な私はいつだって言葉を発するのにテンポが遅れてスムーズな会話が難しい。

それでもじっと待って私の言葉を待ってくれる。

だから私も怖がることなく言葉を返せた。


詩音先輩も桃ちゃんも一緒。

人とは違う速度でしか動けない私を、それでもきちんと待って受け止めてくれる。

こんなに温かな人達に見つけてもらえただなんて私は本当に幸運なんだろう。

ううん、温かな人達だから私に気付いてもらえたのかも。

それをきちんと繋げていきたいと、だから思う。

私のことを大事にしてくれた2人を、私も大事にできるようになりたい。


「……桃」

「なに、詩音。そんなに私が理子ちゃんと気軽に抱き合えるのが羨ましい?」

「…………桃」

「ふふん。友達の特権ですから。私が女の子で理子ちゃんと同じクラスの友達って特権ですからね」

「……友達って言葉、嫌いになるかも」

「もう、違うでしょ詩音。何でこんな時にヘタレなのよ」

「別に、ヘタレでは……ない」

「周りけん制しまくって本人にだけ肝心なこと言えないのは十分ヘタレだよ」


仲良く喧嘩する2人。

素の、お互い気を遣わずの会話にやっぱり私からは湧いて来る気持ちは羨ましさと微笑ましさ。

柔らかくて温かくて優しい空気はとてもとても居心地がいい。


けれど、これではきっと駄目なんだ。

大事にしたいなら、私もきちんと返さないと。

だから詩音先輩のクラスにまで向かったのだから。

私が今やるべきことは、ここで2人からの優しさを受け止めることではない。

きちんと言葉にすることだ。

心で思うだけじゃなくて、行動にすること。


グッと、私は詩音先輩の両手を自分の両手でつかんだ。

何の脈絡もなく握りしめた先で、詩音先輩は目を丸くしている。

ぼやけた視界の先、水色に近い青の目がゆらゆらと揺れているのが分かる。

そうして私に感情を見せてくれることが嬉しかった。

“人形さん”のままでは分からなかった、詩音先輩の一面。

発見するたびに嬉しくなるのは、詩音先輩のことをもっと知りたいと思うから。

好き、だから。


「理子? どうしたの」


詩音先輩も、桃ちゃんと同じく私の突飛な行動を否定しないでくれた。

掴んだ手は離さずに、目を合わせ聞いてくれる。


大きく深呼吸。

そうしてやっぱり一拍必要な私を、詩音先輩は責めない。

あんなにたくさん私や詩音先輩に話しかけてくれていた桃ちゃんは途端に静かになって、背を押してくれているのだと分かった。

ありがとうと、心の中でお礼を言う。

そうしてやっと、私はそれを口にした。


「宿題、考えてきたんです」

「宿題? もしかして、それでわざわざ教室まで?」

「お昼……言いそびれてしまったから」

「……ごめん。俺も心底がっかり、寝過ごすなんて」

「あ、いいえ! いいえ、そうじゃなくて! 私に勇気が足りなかったからで」


ギュッと手の力を込めて詩音先輩を見上げる。

優しい人はやっぱり優しくて全然自分には非のないことでも謝ろうとするから、必死に否定する。

私の「いいえ!」と詩音先輩の「ごめん」が何度か重なった。

それでも手は離さず、目も離さず。

何だか不思議な時間が過ぎていく。

そうして少し経った頃、ようやくその言い合いが不毛なことにお互い気付いた。

ふっと小さく笑い声が私と詩音先輩の両方から漏れる。


「宿題、教えてくれる?」


そうして詩音先輩が誘導してくれたから、私は大きく頷いた。

もう言葉に迷うことはない。


「メガネ」

「うん? 眼鏡?」

「はい。眼鏡、一緒に選んでくれませんか?」


きちんと笑ってお願いができた。

相変わらずぼやけた0.5の視界の先で、けれど近距離だから詩音先輩がきょとんとした顔をしているのが分かる。

その丸くなった目元が少しずつ少しずつ、細くなっていく。

緩やかに、優しい形を壊さないままに。

言葉を繋げる勇気が湧いた。


「1.0以上の視界で見える詩音先輩が、見てみたい……です」


ほくろはあるだろうか。

その目は一重なのか二重なのか。

はっきりとした視界の先の小さなところをもっと知りたい。

その言葉は、さすがに変態みたいだから言えないけれど。


「……うん、それはもちろん大歓迎」


詩音先輩は少しの沈黙の後にそう返してくれた。

目を緩めて、少しだけ口角が上がって、笑ってくれているのだと分かる。

けれどどことなく戸惑いの色を浮かべたその声に、少しだけ不安がよぎった。

同時にバシンと、手で大きく何かを叩いたような音が響く。

訳が分からないままにぐるぐると辺りを見渡すと、次の瞬間には何故だか詩音先輩の身長が前かがみになって低くなっていた。


「桃……、本気で痛い」

「当たり前でしょ、痛いようにしたんだから。もう、だからどうして肝心なところでヘタレるの詩音!」

「……背中、押すにしても物理で押さないでくれる」

「あはは、もう一回必要?」

「……ごめん。ありがとう」

「よろしい」


……何だか兄妹の上下関係が少しだけ、見えた気がする。

けれどどこかやっぱり微笑ましくて私の顔はゆるゆると緩んでしまう。

温かな空気は変わらない。


「理子」

「は、はい!」

「ありがとう、宿題。喜んで一緒に選ばせて」

「っ、ほ、本当ですか? ご迷惑ではないですか?」

「全然。すごく嬉しいよ」


そうして改めて承諾してくれた詩音先輩に、顔の緩みは限界を越えた。

恥も外聞もなく、ただただ本心のままの、ひたすらに素のままの表情が浮かぶ。


「ありがとうございます!」


いつになく大きな声で返した私に、詩音先輩が息をのむのが分かった。

私らしくない言動にきっと驚いたのだろう。


それでも私は自分の顔をもう制御できない。

ずっと悶々と悩んで、言っても大丈夫だろうかと不安を抱えて告げた宿題だったのだ。

もし迷惑だったらどうしようとか、私に無理やり付き合わせてしまうのではないかとか、色々と悪い想像ばかり浮かんでいた。

けれど詩音先輩は「嬉しい」と言ってくれたから。

嫌だとは一言も言わなかったから。

私の方が何倍も嬉しかった。


「…………ごめん、理子」

「詩音、せんぱ」

「ごめん、無理もう」

「っ!? せ、せんぱ」

「ちょ、ちょっと詩音!? いきなり箍(たが)外さないでよ!?」

「無理、本当無理。なにこの可愛い生き物」

「それは全面的に同意するけど!」


ぎゅっと強く強く抱きしめられる。

背の高い詩音先輩の、細くて強くてゴツゴツとした感触。

少しだけ汗ばんだ背中に手が届く。

少しだけ聞こえる自分とは違うリズムの心臓。

詩音先輩の匂いが、少しだけ遅れて鼻に入り込む。


……やっぱり私、とても変態なのかも。

ドキドキと自分の心臓が激しく動いて主張していた。

嬉しい気持ちと、強張る気持ちと、ぐるぐる混ざって抑えられない。

落ち着かないはずなのに、もっとこのままだなんてそんな欲張りな気持ちが湧いてくる。

やっぱり私はいつも通り石のまま。


「デート、だね」

「で、でーと?」

「そう、デート。眼鏡、一番かわいいやつ選ぼう」


最後にそんな上機嫌な言葉が耳に届く。

デート。

デート。

……デート?


何度も言葉が脳内でリピートされて、ようやく意味が浸透した。

かちりと固まり、ボンっと自分の中のどこかが破裂する。

体中、熱くて仕方がない。


「で、デート……」


うわ言のように何度も口にしてしまった私に、嬉しそうな笑い声が届くのはもう少し先のことだった。










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