第36話 いつも通り?
アシアラが武器屋からの帰路で心躍らせているころ、アルバは近くの村からの依頼で妖魔を狩っていた。
「ああ、やはり一人だとキツイもんだな」
四年、一人で妖魔と戦ってきた。その立ち回りも受けるべき依頼のレベルも完璧に把握しているはずだった。それがどうだ、たかが数匹相手に肩で息をしているではないか。
アシアラとともに戦い始めて数カ月だというのに、いつの間にかそれが当たり前になっていた。背中を預けられないということが、これほどの負担だったのか。
「俺があいつを守ってたつもりだったんだがな」
自虐的に笑い、構えた剣を鋭く振りぬく。どうにか全ての妖魔を倒しきると、大きく深呼吸をした。
「……帰るか」
誰が聞いてるわけでもないそれは、小さな溜息とともに漏れた。依頼主とのやり取りを手早く済ませると、アルバもまた帰路についた。アシアラとは対照的に、何か心に重いものを感じながら。
帰り道でもずっと、アルバはアシアラについて考えていた。最近、彼女の表情に影が落ちているように感じる。話していてもどこか沈んでいるというか、遠慮しているというか。はっきりと言えない気持ち悪さが、まるでアルバの腹の中でうごめいているようだった。
宿の明かりが見えた時も、そんなもやもやした感情を抱いたままだった。部屋の窓からアシアラの影が見える。ずっと部屋にいたのだろうか。あの手では何をするということもないだろう。ゆっくりと休むことこそが一番なはずだ。
そんなことを考えながら、部屋のドアをゆっくりと開く。そんなアルバの目に飛び込んできたのは、何か自信ありげな表情を浮かべるアシアラと、その隣にある大きな袋だった。
「……ただいま」
アルバの口から出た言葉は、いつも通りのそれだった。
「おかえりなさい、アルバ」
アシアラもまた、いつも通りに返す。そんないつも通りの言葉に、アルバはゴクリと唾を飲んだ。胸がざわつく。アシアラの手が乗ったその袋がなぜか怖かった。
たじろぐアルバを横目に、アシアラはその袋の中身を抱える様に取り出した。剣。嫌味なくらい金色に輝く、アシアラの胸ほどの高さまである大きな剣。ランプの明かりが反射して目が痛くなるほどのそれと、その隣で満足気に笑うアシアラの対比に、アルバは一つ溜息をついた。
「……それは?」
「もらった。アルムさんのところで」
そうだろう。とアルバは胸の中では思っていた。見覚えのある悪趣味な剣だ。それに、アシアラはこんなものを買う金など持っているはずもない。あのジジイめ、余計なことを。そう毒づくのをどうにか我慢する。
「そんなデカいもの、よく持って帰れたな。誰かに手伝ってもらったのか?」
「いいえ、違うわ! とっても軽いのよ」
そう言いながら、アシアラは嬉しそうに剣を持ち上げる。重そうな見た目のそれを、細腕の、しかも両手を満足に使えないアシアラが軽々と扱っているのだから、なんとも不思議な光景だ。
そんなアシアラを見ながら、アルバの心には一つの疑問が浮かんでいた。声に出せない疑問。
何のために、買ってきたんだ。
いや、それはアルバもわかっている。だからこそ聞くことが出来ない。
きっとアシアラはともに戦いたいのだろう。アルバの役に立ちたいのだと、常々言っていた。しかし、今は無理をしてほしくない。ゆっくりと休むべきだとアルバは考えている。
剣を手に入れた理由を聞いてしまえば、アルバはきっとそれを肯定することになる。アシアラの目が、表情が、その決意のほどを物語ってる。
今のアルバの頭の中には、炎の魔術師への復讐の熱がこもっている。妖魔と戦い始めて、人は切らないという信念のもとに生きてきたアルバにとって、その思いはひどくゆがんだものであった。
悩んでいた。葛藤はもちろんあった。それでも、アシアラの両手を見るたびに心がざわついた。そのうさを晴らすための目的でしかないものに、アシアラを巻き込みたくはない。
「アルバ、あのね……」
言うな。と唇を噛むアルバ。どうかその先を言わないでくれ。きっと、背中を預けたくなる。頼りたくなる。ともに歩きたくなる。
「この剣、すごく目立つでしょう? これで妖魔は倒せないけれど、オトリくらいにはなれると思うの」
「オトリ……?」
敵を切ることが出来ないアシアラが、一生懸命考えた答えがこれだったのだろう。戦う力がないのに、敵の気を引くという危険な役回り。確かに空の上を闊歩できるアシアラに対して攻撃を届けられるものは多くはないだろう。
それにアルバの透明化の力を使えば、アシアラに気を引かれている敵を一方的に倒すことも可能かもしれない。今日戦ってきた妖魔たちの姿が淡く頭の中に浮かび上がる。
そして、アルバは苦虫をかみつぶしたように顔をゆがめると、首を横に振った。一瞬でもそんなことを考えた自分を殴りたくなる。
「バカを言うな。そんな危険なことをさせられるはずがないだろう」
当然、その提案を素直にうなずけるはずがない。きっと冗談だろうと、軽くあしらおうと半笑いで返す。そしてチラリとアシアラの顔を見た時、目が合った。
その瞬間、背筋がぞっとするのを感じた。




