最終話 空蹴りの魔女
「バカなことだなんて、ひどいわ」
ほんの少しだけ涙を浮かべ、消え入りそうな声を出すアシアラを見て、アルバは酷く後悔した。真正面から向き合うべき話なのだと理解した。適当な言葉がアシアラを傷つけてしまったのだと思い、喉が渇くのを感じた。
「私、すごく考えたの。どうすればアルバの力になれるだろうかって……それに、アルバに謝らなければいけないことが一つあるわ」
「謝らないといけないこと?」
「昨日、アルバは協会にいたじゃない。病院の後に宿にいないアルバを探していて、そこで聞いてしまったの……アルバ、魔術師団を目指すんでしょう? ぶん殴るなんて、物騒な言葉も聞こえたわ」
アルバはあの時トゥールに語った内容を聞かれていた事に軽く動揺しながらも、なぜアシアラの瞳にこれ程の熱がこもっていたのか合点がいった。
「アルバは私のために……いいえ、私のせいで危険な道を進もうとしている。それなのに私は見ているだけしか出来ない。それどころか、この不自由な手では迷惑でしかないわ」
「そんなことを考えていたのか」
ありえない。のど元まででかかったその言葉を飲み込んで、アルバは頭を横に振った。アルバがアシアラのことを迷惑だなどと思うはずがない。それでもアシアラはその事で悩んでいたのだ。
それを否定することは簡単だ。アルバが言葉にすればいい。しかしそれでは、アシアラは納得しないだろう。くすぶった思いは鉛のように心の毒となる。
それに、自ら考え抜いて一つの答えをだしたのだ。久しぶりにアシアラの心からの笑顔を見た気がした。ゆっくり休めと、傷をいやせといったところで、アシアラは苦悩を続けるだけだ。時間が解決するかもしれないが、それは随分と先の事だろう。それ程長い時間を悩み続けることがアシアラにとって良い事とも思えない。
先ほどオトリと聞いた時、アルバの頭に浮かんだ光景。上空で妖魔を引き付けるアシアラと、地上でその妖魔たちを狩るアルバの姿に強い可能性を感じた。アシアラの両手以上に、その心をいやすためには他に選択肢がないのだと思った。
アシアラの言葉を受けて色々な思いが頭に浮かぶ、思わず両手の拳に力が入っていた。決断しよう。後ろ向きな考えなどやめて、アシアラの覚悟を形にすることを一生懸命に考えよう。
「魔術師団を目指すのはアシアラのせいなんかじゃない。俺のちんけなプライドがそうさせるだけだ。だけど、俺の力じゃ難しいこともわかっている。昨日の妖魔と戦って、それが痛いほどによくわかった。……だから力を貸してくれないか、アシアラ」
アルバが言い終えると同時に、アシアラの目から涙がボロボロとこぼれた。泣き顔を見せるのが恥ずかしいのか、両手で顔を隠した。
「私、頑張るから。ぜったいぜったい頑張るから」
「ああ、よろしく頼む……頼りにしとくからな」
「うん!」
アルバの言葉に、アシアラは涙と鼻水でぐしゃぐしゃな笑顔で元気に頷いた。そんなアシアラは直ぐに泣きつかれて眠ってしまった。その顔は、今までにないほど幸せそうな寝顔だった。
そして翌朝、黄金の摸造剣を片手に浮かれるアシアラと、今後の戦い方について話し合うことにした。
「そうと決まれば、色々と考えないとな」
「いくらこの剣が目立つとはいっても、ずっと惹きつけるのは難しいもの」
「確かにずっと上空にいたら、妖魔達の興味が他に行くかもしれないな。だからといって降りてきても危険なだけだ」
「そうだ、アレを使えばいいんじゃないかしら」
「確かにな、だったらコレもその剣の柄に結ぶといいかもしれないな」
作戦を考えるというのは楽しいもので、それが形になるのにはそれほど時間はかからなかった。
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数日後、アルバは街から少し離れた森の中にいた。そのすぐ近くの街道で、商人の馬車が狼型妖魔の群れに襲われたのだという。護衛をつけられる者たちは大丈夫でも、木っ端商人たちはこの街道を利用することが出来ずに困っているというのだ。
対象の妖魔の巣が森の中という戦いづらい場所であり、かつ数が多いということで、他にも何名かが依頼を受けているのだという。せっかくの稼ぎが減る前にと息を巻くアルバのすぐわきに、緊張で顔が強張っているアシアラの姿があった。
妖魔の巣は、森の中央の岩場にあった。その周辺は若干開けた場所となっていて、上空には流れる雲が見える。アシアラの実力を出すには十分な場所だ。
「いつまで緊張しているんだ。昨日あれだけ準備しただろう」
「仕方がないじゃない。久しぶりの実戦なんだから」
そうして深呼吸をすると、背負った大きな包みをほどいて、黄金の剣を取り出した。その柄頭には。『魔呼びの群鈴』が結ばれている。そしてアルバは団子をアシアラに渡すと、それを潰してスカスカな剣の刀身に開けた穴へと入れた。
「それじゃ、行ってくる」
「ああ、期待している」
そういって上空へ駆けだしたアシアラ。その姿を、シャラリという鈴の音が追いかける。
「よし、俺もひと暴れするか」
空の上で鳴り響く鈴の音と、振りまかれる団子の香り。それに釣られるように、岩陰から妖魔たちが姿を現した。それを確認すると、アルバは大きく息を吸い込んだ。
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「おい、なんだアレ」
アルバ達と同じ依頼を受けた傭兵たちが妖魔の巣に辿り着いたのは、二人が戦い始めてすぐの事だった。遥か上空で、一人の少女が躍っている。その体に不釣り合いなほどに巨大な黄金の振ると、地上の妖魔から魔石が弾き飛ぶ。
信じられないものを見ている。あれよあれよという間に妖魔たちが狩られていく。魔石の一つでも持って帰らないと金は入ってこないが、あの得体のしれない攻撃の中に飛び込んで狼型妖魔程度の魔石を拾いに行く気もしなかった。
「バケモノだ、アレは」
そんな少女の姿を眺めているうちに、すべての妖魔が息絶えていた。そしてその傭兵たちは何も出来ずに街へ引き返した。何も持ち帰らないまま戻ってきた傭兵達に対して、協会で案内人達はその理由を尋ねると、皆口をそろえてこう言った。
「魔女がいたんだ」
「魔女?」
「空を蹴るように舞う魔女がいた。そいつが妖魔を全部狩ってしまった」
空の上でステップを踏みながら、縦横無尽に空を駆ける魔女アシアラ。それはすぐに皆の話題の種となり、噂は瞬く間に広がった。そんな彼女はいつしか『空蹴りの魔女』と呼ばれるようになっていた。その傍らに、常に一人の小柄な傭兵を連れているのだという。




