第34話 目指すもの、できる事
「タダモノじゃない事は何となくわかっていたが、そんな大層なヤツだったとはな」
「僕も実際に戦っているところを見たわけではありませんが、伝え聞く話をまとめると化け物としか言いようがないですね」
「まあ、確かにすごかったな。炎の魔法なんてマッチ棒程度の便利技くらいにしか思っていなかったんだがな」
「僕は想像がつかないですね。知っている範囲で魔法を戦闘に利用している傭兵はいますが、小さな火の玉で妖魔の注意を引いたりするような使い方でした。あれはあれで使いやすそうでしたが」
トゥールが親指と人差し指で円を作る。その火の玉とやらの大きさなのだろう。それを投げるというだけでも、出来る人間は少ない。そもそもほとんどの魔法は体から少しでも離れた瞬間あっという間に消えてしまう。
トゥールはその円を指さして、その指先を奥のカウンターへ向けた。その距離まで投げた、ということだろうか。それを見たアルバは、いやいやと頭を横に振る。
「そんなちっぽけなものじゃない。ヤツが使っていた魔法は火柱だったよ」
「火柱? 手のひらからそんなもの出したところで何に使うんですか、戦ったのは熊型の妖魔でしたよね?……火薬か何かを組み合わせたりしたんですか?」
「いやいや、単純だぞ。妖魔の足元から、デカい火柱ですっぽり包んで燃やしたんだ」
一瞬、トゥールはアルバの言っていることが理解できなかった。魔法を敵の足元から出現させるというのも、それが妖魔を焼き尽くすほどの威力だということも、およそ想像の範囲を超えていた。いままで見てきた魔法と呼ばれるものとは、あまりにもかけ離れていたのだ。
「すっぽり包むほどの火柱ですか」
思わず聞き返す。アルバは、当たり前とでもいうようにうなずいた。
「……本当に化け物なんですね」
言いながら、トゥールは妖魔を包む火柱を想像していた。この前道を歩いていた時に、火事を見かけた。木製の小屋が一つ半焼した以外はたいした被害はなかったが、久しぶりに大きな炎を見た記憶がある。
あれでは、熊型の妖魔など倒せるとは思えない。頭の中の火柱がどんどん大きくなっていく。
「凄まじかった。一撃だった。あれほどの炎は見たことがないな。どうすればヤツを倒せると思う?」
「はあ、難しいんじゃないですかね」
妖魔を包む火柱を想像しながら、トゥールは空返事をした。アルバがさらりととんでもないことを言っているのだが、その言葉は耳を右から左に抜けていた。
「トゥールは、魔術師団に近づく方法を知らないか?」
「それなら魔術師団に入るのが一番早いんじゃないですか?」
何も考えず、反射で適当な返事をするトゥール。
「……って、いったいなんの話でしたっけ」
はっと我に返ったトゥールは、アルバが目を輝かせていることに気が付いた。何か邪悪な笑顔を浮かべているのだ。嫌な予感がする。いや、確信かもしれない。
「もしかして僕、何か変な事いいました……?」
「いや、トゥールの言う通りだ。何事も単純に考えるのが一番だな」
一人で納得している様子のアルバ。
「決めた、俺は魔術師団を目指す。あのクソ野郎を一発ぶん殴らないと気が済まないからな」
そう言いながらも目の光は揺れている。明るく見せてはいるが、これはアルバの精一杯の空元気だ。アシアラの両手が使えなくなってからはどこか暗い表情を見せることも多い。
「いやいやアルバさん、何を言っているんですか。馬鹿な事言わないでくださいよ」
アルバの言葉が冗談とわかっているからこそトゥールは、つとめて明るく返した。お互いの声色と表情とは裏腹に、なんだかギクシャクした空気が漂っている。
「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは……いや、俺自信も分かってはいるんだよ。だがな、そうでも言っていないと気が済まないんだ」
声に込められた力が一段弱くなる。これがアルバの本心だろう。それに対してトゥールは言葉が出なかった。
その後、アルバは報告書の残りを黙々と作り上げた。
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病院でのリハビリから帰ったアシアラだったが、宿にアルバの姿は無かった。もしや、まだ協会にいるのではないかと思い、足早に向かう。
アシアラの考えは当たっていた。協会の窓際の席にアルバの姿があり、トゥールとの会話が漏れ聞こえてくる。
所どころ聞こえづらいが、あの時の妖魔を包んだ火柱の話をしている事はわかった。その映像が脳内で再生され、両手のやけどが嫌に痛む。フレイと名乗ったあの男は、自らを魔術師団の一員だと言っていた。
そのことは、まだアルバに伝えられていない。だから、アルバはあの男の正体を知らないはず。そう思っていたからこそ、アシアラはアルバの言葉に驚かされた。
「決めた、俺は魔術師団を目指す。あのクソ野郎を一発ぶん殴らないと気が済まないからな」
聞こえてきたのはアルバの吐いた物騒な言葉だ。アルバが魔術師団を目指す、そんな事を急に言い出すというのならば、その理由は一つしかない。
結局アシアラは、アルバに声をかけるでもなく宿に戻った。言葉を交わすのが、何となく怖かったからだ。
そしてそんな道すがらアシアラはずっと考えていた。アルバが目指す道ならば、どうにか力になりたい。しかし、こんな両腕の自分に一体何が出来るのだろうかと。




