第33話 正体を知って
協会へのドアを開くと、中はにぎわっていた。少し前まではわざわざ隣街まで依頼を受けに行かなければならない程に閑古鳥が鳴いていたというのに、いったいどうしたことだろう。
依頼人や傭兵たちの隙間を、案内人たちがばたばたと忙しそうに走り回っている。そんな慌ただしい景色の中で、視界の端にトゥールを見かけたアルバは素早く駆け寄った。
カウンターの端、ひたすら書類の確認をしているようだ。奥の部屋でやればいいのにと思ったのだが、ドアの向こうからもばたばたと喧噪が聞こえるため、どこで作業をしても大差はないのかもしれない。
「トゥール、いったいどうしたんだ? 随分と忙しそうだが」
「ああ、アルバさん。これはですね……」
あいづちを打ちながらも、書類から目を離さない。かかれた文字をなぞる指先の動きが、気持ち悪いくらい早い。
「以前お話した例の魔術師が王都に戻ったらしいんですよ。同じタイミングで、彼から逃げていた妖魔や賊たちがまた戻ってきたみたいでして」
器用な事に、書類整理の手を止めることなくトゥールは話している。少し怖いなとアルバは思った。
「一気に依頼が来たこともそうなんですけど、このところ暇をしていた傭兵たちも嗅ぎつけたみたいでして、仕事をもらいに集まってきたんですよ」
「それでこの状態か。長らくここに通ってるが、こんなに人がいるところは初めて見るな」
「私がここに配属されてからでも初めてですよ。正直、てんやわんやです」
そう言いながら、トゥールは疲労に満ちた笑みを浮かべた。彼らは皆、大変そうではある。懐に余裕があれば宿に戻ったところだが、アルバも何か依頼を受けなければ生活がままならない。
「忙しいところすまないが、俺も仕事を探していてな。何かいい依頼はないか?」
「すぐにご案内するのは厳しいですよ。まあ、夕方には落ち着いていると思うので、そのころ来てもらってもいいですか?」
「まあ、仕方がないな。わかった。また後で来るよ」
「適当に良いの見繕っときますよ」
「ああ、助かる……っと、そうだ。トゥールに聞きたいことがあったんだ」
アルバは、ここへ来たもう一つの目的であるコインの事を思い出した。袋から取り出すと、燃える犬がきらりと光る。
「コイン、ですか? あまり見かけない図柄ですが」
「ああ、先日熊型の妖魔と戦った後にな、アシアラの道具袋の中に紛れていたんだ。この国の貨幣でもないし、何かわかればと思ったんだが」
「う~ん、私も見たことはないですね。夕方までに調べておきますよ」
「余計な仕事を増やしてすまないな」
「いえ、構いませんよ。これくらい」
アルバはもう一度トゥールに礼を言うと、協会を出た。アシアラが病院へ行っていることもあって、やることのないアルバは一人で街の中をぶらぶらと見回ることにした。
街は広い。色々な店があり、色々な誘惑がある。そこに、アルバにとっての大きな誤算があった。
近くの露店から漂ってくる肉を焼く香りに鼻をくすぐられる。店先に並ぶ剣や、窓からチラリと見える、壁にかけられた何枚ものマント。みずみずしい野菜と色鮮やかな果物につい目を奪われる。
見ているだけでも楽しい。確かに、楽しいのだが物足りない。しかし、金がない。
脂のしたたる肉をほおばりたい。新鮮な果物にかぶりつきたい。丁寧に手入れしている剣とナイフだが、そろそろ新しいものに買い換えてもいいかもしれない。マントだって、いくつものツギハギだらけで、随分と使い古したものになっている。
しかし、金がないのだ。ここはぐっと我慢するしかない。
商店が並ぶ道を進みながら、なぜこの道を選んでしまったのか。アルバは後悔していた。これならば、宿で仮眠でもとっていたほうが良かったかもしれない。
多くの誘惑に後ろ髪をひかれながら、元来た道を戻るアルバだった。
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結局、アルバは協会の中で待つことにした。アシアラの怪我などもあって、先日熊型と戦ったときの報告書がかけていない。どうせ時間がかかるのであれば、端のテーブルを借りてこの場で済ませてしまおう。
がやがやとうるさい中でも、集中すれば案外気にならないもので、報告書が仕上がるころには、日は傾いていた。
「お待たせしてすみません、アルバさん……あれ、報告書ですか? お邪魔でしたかね」
「いや、大丈夫だ。ちょうど書き終わった」
書き終えた報告書をトゥールに渡す。依頼は隣街で受けたものだが、協会の方で処理しておいてくれるという。
「さっそくだが、何か俺が受けられそうな依頼はあったか?」
「もちろんありますよ。ただ、先にこっちをお伝えさせてください」
そういって、トゥールは懐からコインを取り出した。
「何かわかったのか?」
「ええ……ところで、これはどうやって手に入れたものですか?」
「さあな。いつの間にかアシアラの道具袋に入っていたものだ。アシアラが病院にいってから見つけたから、特に話も聞いていないしな」
そうですか、と、何か考えるように顎をさわるトゥール。
「では、先日の熊型妖魔を討伐したときに何か変わったことはありませんでした?」
トゥールの問いに、アルバの顔が曇る。どうしても、あのフードの男を思い出してしまう。そのたびに、どす黒い何かが胸を締め付ける。
「その報告書にも書いているが……ほら、三枚目の頭だ。共闘者がいてな。赤く長い髪と並ではない程の筋肉が目立つ、変な男だった」
「随分と苦々しく話すんですね」
「そいつが、アシアラの両手を焼いた男だからな」
「……やはり、そうですか」
アルバは耳を疑った。やはり、とはどういう事か。トゥールはあの男の事を知っていたというのだろうか。
「アルバさんが持ってきたコイン。あれは『炎の魔術師』フレイの紋章です。アシアラちゃんの腕を焼いたのは、魔術師団の一人ということです」
国王直属の、この国最強と言われる魔術師団の団員がアシアラの仇。それは復讐の炎を燃やしていたアルバにとって、重い事実だった。




