↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/38

第32話 スープに浸せば

 お互いに言葉も少ないまま、宿についた。その日は何かを話す気力もなく、ギクシャクした空気の中で早めに食事をとることにした。


 宿に併設した酒場。店主はカウンターの奥で暇そうにしている。まだ遠目に太陽が見える程度には明るい時間だ、仕方がない。


 注文したのは野菜のスープとパン。あいよ、と気のない返事が返ってくる。酒のつまみが多いこの店の中で、まだ体が万全でないアシアラの事を考慮しての選択だった。


 作り置きを温めた程度のものだろう。料理はすぐに運ばれてきた。それぞれの目の前に薄黄色に透き通るスープと黒く固いパンが運ばれてきた。


「相変わらずけち臭い店ね」


 思わずアシアラが愚痴をこぼした。透き通るとはよく言ったもので、実際は具もろくに入っていないだけの素っ気ないものでしかない。それでも店主の計らいか、アシアラの方のパンは薄く何枚かに切られているのは嬉しかった。


「仕方がないだろう。その分ここは安いんだからな。ほら、口を開けな」

「へ?」


 アルバはスプーンでスープをひとすくいすると、アシアラの口元へ腕を伸ばした。突然のことに、アシアラは思わず顔を引いた。


「ちょ、ちょっと! な、何やってるのよ!」


 慌ててしどろもどろになるアシアラ。恥ずかしさからか、思わず顔が熱くなる。そんなアシアラの挙動を不思議そうに眺めながら、アルバはなおもスプーンを差し出す。


「その手じゃスープ飲めないだろう。ほら、俺が飲ませてやるよ」


 当たり前だろう、と言わんばかりのアルバ。確かにスプーンを自在に扱うのは難しいし、力もあまり入らない。しかし、パンに浸して食べれば特に問題ないとアシアラは思っていたのだが……


「し、仕方がないわね! で、でも手を動かす練習もしなくちゃいけないから、明日からは自分で食べるからね!」

「はいはい、わかったわかった。いいから早く食べてくれないか。俺が食べられないからさ」

「うぅ……」


 妙な気恥ずかしさにゴクリと喉がなる。これからスープを飲むというのに、スプーンの上の量では潤せない程に口の中がカラカラに乾いていた。


 ぱくり、と一口。いつも通り味の薄いものだったが、不思議といつもと違う温かさを感じた。二口、三口と口に運ばれるスプーン。そのたびに体温が上がっている気がした。


 四口目を運ぼうとアルバがスープをすくったとき、アルバが思い出したようにパンの皿に手を伸ばした。


「そうだ、スープだけじゃなくパンも……って、そういえば、パンをスープに浸せばその手でも食べられるかもな」

「え、ええ、そうね……確かにそうね! うん、確かに! な、なかなか冴えてるじゃないアルバ!」

「なんか済まないな。余計なおせっかいだったみたいだ」


 ハハハ、と少し照れたように笑うアルバ。そんなアルバに対し、アシアラはアリガトウの五文字を絞り出すのがやっとだった。息が、いや胸が詰まるようで、それしか言葉にできなかった。


 アシアラ自信、自分がなぜこんなにもうろたえているのか分からなかったが、おそらく赤くなっているだろう顔をアルバに見られるのが嫌で、少しだけうつむいた。


「……ばか」


 そうつぶやくアシアラの声は小さかった。


「ん? なんか言ったか?」

「いいえ、何にも! 食べ物飲み込んでから喋りなさいよ、まったく!」


 先ほどまでの重苦しい空気もすっかり消え、二人は質素な食事を楽しんだ。食後にアルバはコーヒーを、アシアラはミルクを注文した。差し出されたコーヒーをすすり、アルバがアシアラに問いかける。


「明日も病院行くんだろ?」

「でも、お医者さんは三日に一度って……」

「それは最低でも、って話だろう。早く治すに越したことはないさ」

「……わかった」


 治療代の事が一瞬頭をよぎったアシアラだったが、アルバが心配してくれているのだからと、それを口に出すことはしなかった。そして、少し早いが就寝することにした。


 翌朝、アシアラは病院に向かった。アルバもついて行こうとしたが、アシアラに止められた。一人でも大丈夫だから、と語気を強めるアシアラに、アルバはうなずく他なかった。

 そうして一人宿に残されたアルバ。思えばアシアラも、懐事情など色々と気にしているのかもしれない。


 そうであれば、アルバにできることは仕事をこなして金を稼ぐことである。まずは道具袋の整理をしようと自らの袋の中をひっくり返した。


「おお、そうだ。アシアラの袋の中も整理しておこう……しばらくは使えないだろうからな、しまい込んでいても仕方がない」


 アルバはそう言いながら、少しだけ寂しい気持ちになった。ともあれ、まずは中身を確認しなければと、アシアラの道具袋の中も全てとりだした。


「なんだこれ?」


 アシアラの袋から取り出した中に、見慣れないコインが一枚あった。


 そこに彫られているものは、燃え盛る炎をまとった犬の絵である。揺らめく毛を逆立てながら遠吠えをしているように見える変わったモチーフの金貨。少なくともこの国の通貨ではない。


 アシアラの私物かとも思ったが、前回の妖魔狩りの時にも中身は確認しており、その時には必要最低限のものしかなかったことは覚えている。


 いつの間にこんなものが混ざってしまったのだろうか。協会で聞けば何かわかるかもしれないとアルバは考え、トゥールの元へと持っていくことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。