第31話 リンゴの皮むきくらいはできる
熊型の妖魔を退治してから数日が経ち、アルバとアシアラは街へ戻っていた。アシアラの両手のやけどは重度なもので、村の設備では満足な治療を受けられなかったためだ。
街へ戻った二人は、協会、もといトゥールに腕の良い医者を紹介してもらい、診察を受けに病院を訪れていた。
「こりゃひどいな」
それが、アシアラの手を見た医者が最初に行った言葉だった。
「少し痛いが、我慢してくれよ」
そう言いながら、医者はアシアラの手を両手で包むように握る。すると、指の隙間から淡い光が漏れ出てくる。初めは痛みで眉間にしわを寄せたアシアラだったが、その表情は少しずつ落ち着いていった。
暖かく、少しだけくすぐったい。ふよふよと不規則に揺れる治療魔法の光を眺めながら、アシアラは自らの手の感覚がおぼろげながらも戻って来ていることを感じられた。それを両手それぞれ行うと、赤黒くただれていた両手は、まだ腫れや黒ずみは目立つものの、随分とましなものになっていた。
「……治ったのか?」
「まあ待ちなさいって。ほれ、これが持てるかい? お嬢さん」
気が気ではない様子のアルバの問いを押さえて、医者は引き出しから一本のスプーンを取り出してアシアラに差し出した。それを何気なく受け取ろうとしたとき。
カラン
そのスプーンは一秒すらもアシアラの手の中に納まることはなく、床を鳴らした。
「まあ、まだ無理か。この通り、皮膚はかなり回復したから見た目は戻ったけれど、筋肉やら神経やらも焼けてしまっているからな。治療が終わるにもしばらくかかるだろう。栄養をしっかりとって安静にしておけば、一か月もあれば生活に支障はなくなるはずだ」
一か月で治る。その言葉を聞いて、二人は安堵した。しばらくは不便な生活が続くだろうが、また元の生活に戻れるのなら、我慢できる。
そう思っていた矢先、医者の次の言葉に二人の笑みは凍り付いた。
「ただし、もう妖魔狩りなんかは出来ないと思ったほうがいいな」
「……どういう事だ?」
噛みついたのはアルバだった。
「つい今しがたの自分の言葉を忘れたのか? 一か月で治ると言ったばかりじゃないか!」
「俺は『生活に支障はなくなる』って言ったんだよ。普通の生活はな。そこには剣を振り回すことなんか含まれちゃいない。はっきり言って、お嬢さんの握力は最大限戻っても元の三割程度にしかならない」
「三割だと……」
「トゥールからお嬢さんの事は聞いている。今までも細身の軽い剣を使ってたんだろ? それなのに握力が半分以下じゃあ、ナイフだって満足に扱えないだろうよ。リンゴの皮むきくらいはできるだろうけどね」
あの時炎の中に消えていったアシアラの剣。確かにあれは、細身で軽く扱いやすい、小柄なアシアラのために選んだものだ。あれの半分以下で妖魔に対抗できるような軽量武器など、アルバは思いつかなかった。
剣が持てない、アルバと共に戦えない。アシアラはその事実が飲み込めないでいた。それでも、軽く握るだけで激痛が走る両の手が、いやでも現実を押し付けてくる。
二人はそれ以上医者に対して何か言う気力も起こらず、ただ諸注意を受けて病院を後にするだけだった。憶えている内容は、三日に一度は来るようにとだけ。他に言われたもろもろは、すっかり頭の中から飛んでしまっていた。
「まあ何にしても、両手が使えるようになるってだけでも良かったな」
「そうね」
「しばらくは安静に、だってな。しっかり治してもう一度鍛えれば、きっと剣だって持てるようになるさ」
アルバは必死でアシアラを励まそうとしている。アシアラもそれはわかっていて、無理に笑顔を作っていたが、アルバの目を見られないでいた。
ただでさえアシアラは引き取ってもらった身だ。やっと役に立てるようになったと思った矢先に、またタダ飯食らいに戻ってしまった。それも、やけどの治療代のオマケ付きだ。アルバはきっと『気にするな』と言ってくれるだろうが、その後ろめたさが心に影を落としていた。
そしてもう一つ。アシアラには、その後ろめたさ以上にアルバの目を見られない理由があった。
アルバの目に宿る黒い光が怖かったのだ。
明るい言葉と表情を浮かべるアルバだったが、その瞳はそれと裏腹に怒気が満ちていた。それはこの街に戻ってくるまでの道中でも感じていたが、日に日に強くなっている気がする。
理由は明らかだ。あのフレイとかいう魔術師のせいである。アルバが気を失っている間に帰ってしまったため、アルバはまだ彼の正体を知らない。あの日、アルバが気絶から起きた直後に一度目があったが、その怒りの深さに身がすくんでしまった。
結局、フレイの事についてはあの後一度も話題に出せていない。アルバが爆発しないように抑えている感情の火薬庫にたいして、アシアラの一言が炎をくべる結果となるかもしれない。それが、どうにも恐ろしかった。




