第30話 アルバの怒りと依頼完了のサイン
「おい、大丈夫か! アシアラ」
「う、あぁ……」
アルバは素早くアシアラの肩に手を回す。手首から先を焼かれたアシアラは、声にならない声を漏らしながら大粒の涙を流している。すぐに治療をしなければと、アルバはアシアラを抱きかかえた。
「だい、じょうぶ……歩ける、から……」
アルバの腕の中でアシアラは無理な笑顔を作って見せる。大丈夫なはずがない。それは火柱に照らされたアシアラの額に浮かぶ脂汗からも見て取れる。
その笑顔を見てアルバの心はざわついた。それが焦りなのか、それとも悲しみなのかはアルバ自身にも分からなかった。しかし、遠くから聞こえてきた能天気な声のせいで、感情の針は怒りへと大きく振れた。
「お~い、二人とも! 足止めご苦労! ははっ、どうだい俺の魔法の威力は!」
ローブの男が満面の笑みでアルバ達へ手を振っている。あまりにも対照的なアシアラの笑顔との差に、アルバは心の中に黒いものを感じた。
男に対しては言いたいことがいくつもある。それでも、急いでアシアラを治療するほうが先だ。
男と合流し村へと戻る。傷ついたアシアラの姿を見ても、心配の言葉も謝罪の言葉もない男に対してアルバは鋭い目線を向けるも、まるで気にする様子もない。
熱くなる頭をどうにか抑えながらも、男への怒りは泉のように沸き出てくる。それが爆発したのは、依頼人と合流したときの男の言葉が引き金だった。
村へ着くとすぐに依頼人の元へ向かった。依頼人は両手が焼かれたアシアラを見て、大慌てで治療師を呼びにいこうとしたのだが、その背中をローブの男の声が引き留めた。
「ちょっと待ってくれよ。先に完了書にサインをくれ。俺はさっさと街に帰りたいんだ」
その言葉を聞いた時、アルバは一瞬その意味が分からなかった。依頼人も含め、その場にいる全員が目をきょとんとさせ、まるで時を止めたようだ。ただ一人、不機嫌そうに髪をかき上げている発言者をのぞいて。
「おい、なんで黙ってるんだよ。そのガキの治療も時間かかるだろ? 付き添う義理もねえし、さっさと帰らせてくれよ。腹が減ってぶっ倒れていた分、早く帰らなきゃいけないんでな」
その直後、アルバの頭の中は真っ白になる。気が付くと男の胸ぐらをつかんでいた。
「ふざけんじゃねぇ! 誰のせいでアシアラが怪我したと思ってんだ! ぶっ殺されてぇのか!」
爆発した感情のままに怒声を浴びせるアルバだったが、男は少し驚いた程度でしかなかった。
「お前の魔法がアシアラを巻き込んだんじゃねぇか! なんでそんな態度でいられるんだよ」
「落ち着けよ。サインをもらったら俺はさっさと帰るからよ。さっきも言ったけど、俺も急いで帰らなきゃいけないんだよ。それに、こうしている時間ももったいないだろ、急いで治療したいんだろ?」
「アルバ……もういいから……」
アルバをなだめるアシアラの声は、怒りにのまれた保護者のそれと比べて随分と静かなものだった。ただ、それはあまりにも非情なローブの男に対しての落胆も含まれているものだ。
アシアラがアルバを止めたのはもうひとつ理由があった。二人の身長差はひどいものがある。まるて大人と子供だ。胸ぐらをつかんで凄むアルバの姿は、怒りのボルテージに反比例するかのように滑稽なものだ。
男の顔しか見えていないアルバは気が付いていないが、胸ぐらをつかまれた瞬間から、男は握りこぶしを作っていた。
もしも、もう少しアルバが食い下がるようなら、その拳は鋭く降りぬかれるのだろう。先ほどの熊型の妖魔と比べても遜色ないほどの一撃がアルバを襲うに違いない。そんなアシアラの制止も効かず、アルバの怒りは収まらない。
「よくねぇよ! こいつに謝らせないと気が済まな……」
アルバの姿を後ろから見ていたアシアラは、アルバが小さくジャンプしたように見えた。そしてうなり声にせき止められて、その言葉の続きは空気と共に消えた。
どさり
アルバは力なくその場に崩れ落ちた。男の拳が、アルバの腹に一撃をめり込ませたのである。呆れたように髪をかき上げる男の後ろで、依頼人は体を震わせておびえていた。
「待たせたな依頼人。さ、早くサインをくれ」
それを断ることなどできる訳もなく、依頼人はすぐに書類を持ってきた。
「……確かに、受け取った」
男は満足そうな表情を浮かべると、アシアラに笑顔で手を振った。
「それじゃ、アルバによろしく言っておいてくれ。治療頑張れよ!」
「……」
アシアラは無言のまま男をにらんでいる。男はばつが悪そうに首筋を掻いた。
「すまないな。ただ、急がなきゃいけないのは本当だ」
「……」
「まあいいや。俺はフレイ。これでも『魔術師団』で一番強いんだぜ。もしも王都に来ることがあったら俺の名前を使うといい」
そしてフレイはアシアラの装備袋にコインを一枚入れると、そのまま村から去っていった。




