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第22話 五点減点

 ゆっくりとした深呼吸を数回の後、一際大きく息を吸ったアルバの姿は徐々に消えていく。相手を怯ませると言っていたが、先ほど見た限りでは相当な距離があったはずだ。まさかそこに近づけるほどの肺活量は無いだろうし、急に呼ばれてもすぐに追いつけるとは思えない。


 静かだった。草陰にしゃがんでいるアシアラにとって、気配を消しているアルバが何をしているのかを知るすべはない。

 遠いとはいえ、妖魔の視線に捕らえられていた状況で、ただ待つというのは息が詰まる。


「ふぅ……待たせたな」


 じっと身をかがめていたアシアラの隣に、アルバがいきなり現れる。


「うわっ! びっくりした……」


 思わず大声を出しそうになり、どうにかそれを抑える。声を息と共に飲み込んで、小声でアルバに耳打ちする。


「どうだったの? もう倒しちゃったの?」

「そんなわけないだろう。ちょっとした罠を仕掛けてきただけだ」


 手持ちの道具にはたいしたものは無かったが、アルバは妙に自信がありそうだった。アシアラはそれを見て、また心配の気がもたげる。


「罠って言っても団子でしょ?」

「まあな。とりあえず置いてきた」

「……その手に持っているのは何? 紐のように見えるけれど」

「直ぐに分かるさ。少し静かにしてもらえると助かる」


 アルバは口に人差し指を当てて、トントンと唇を叩く。じっと何かに耳を傾けるアルバをみて、アシアラも息を殺して身構える。


 周囲の音に耳を傾けると、そよそよとう風の流れが聞こえてくる。草はやわらかく揺れていて、先ほどの妖魔の位置に比べてアルバ達が風上にいるという事が分かる。

 その風のかすかな音の中に、何かを踏みしめる音がする。これは妖魔の足音だろうか。しかし、その音だけでは距離はつかめない。


 その時、シャラリと音がした。聞き覚えのある鈴の音である。その瞬間アルバは立ち上がり、ある一点を見つめる。

 そして、確信めいた表情と共に手に持った紐を強く引っ張ると、少し離れた距離から破裂音が聞こえた。


「行くぞ!」

「えっ?」


 急に走り出したアルバの後を、一瞬遅れてアシアラも追う。立ち上がった時に目に入ったものは、プスプスと上がる一本の煙と、その付け根でのたうつ鰐型の妖魔の姿。

 それはアシアラの想像していたより随分と近くで起きた爆発だったようだ。


 匂いで誘い、鈴の音で感じ、火薬を発破する。あまりにも単純な仕掛けではあったが、それを五感が鋭敏はこの妖魔の隙をついて仕掛けたという事実にアシアラは驚かされた。

 その上、効果は抜群だ。爆発に飛ばされたのか、妖魔は腹を空に向けて足をばたつかせている。


 妖魔が姿勢を戻す前に、アルバが一撃を入れる。それは尾をかすっただけで、それほどのダメージは与えられなかった。続いて二撃目を入れようと体を回転させたアルバだったが、その剣の先は空を切った。


 一瞬早く、妖魔は態勢を戻していた。ぬかるんだ地面に潜るかのように、姿勢を深く沈めている。そけぞったところを切るつもりだったアルバにとって、それに対応して剣でとらえる事は出来なかった。


「くそっ! 仕留めきれなかった!」


 着地と同時に、舌打ちをするアルバ。相手は想像していたよりも動きが機敏だった。これは少しやっかいかもしれない。


 先ほどの剣の感触でわかった。この妖魔の体は固いようで、崩れた態勢で剣を振るっても体を貫く事は出来ないかもしれない。

 アルバもアシアラも小柄である。それこそ、全体重を乗せなければ魔石を貫く事は出来ないだろう。しかし、それ程の隙を作るには並大抵なことでは難しい。


「火薬もつかってしまったからな……」


 独り言が虚しく響く。後方から足音がする。アルバの元へアシアラが追いついたのだ。土をはじく鈍い足音だったそれが、不意に軽い音になる。

 その音の変化を聞いて、アルバは姿勢を低く構える。妖魔はじっとアルバを見つめ、その視線はアルバの動きに合わせてゆっくり下がる。


 右手には細身の剣、そしてもう左手にはいつものナイフではなく、束ねられた鈴。その鈴を地面すれすれまで下げて、ゆらゆらと揺らす。妖魔の目がそれを追っていることが分かる。


 相手はこちらの動きに合わせるつもりで様子を見ているようだ。一歩でも踏み出したら、相手はどんな行動に出るのだろうか。

 勢いよくかみついてくるか、強靭な尾を振るか、全力で逃げるのか。


 そのどれも、選ばせるつもりは無かった。


「アシアラ、首の真ん中だ」

「わかってるわよ」


 妖魔がアルバに気を取られているうちに、上空へと昇っていたアシアラ。途中で軽くなった足音は、空へと駆け上がったものだとアルバは気が付いていた。


 そして、最大限自分に注意を引き、アシアラの一撃を呼ぶ。不意に上空から聞こえたアシアラの声に反応した妖魔だったが、態勢を変えることも許さぬ間に、アシアラの剣はその首を貫いていた。

 固い物が砕ける音がする。それは、魔石を捉えた音だった。


「五点減点だな」


 着地の瞬間少しだけ態勢を崩したアシアラに、アルバは労いの言葉をかける。


「次は着地のポーズも考えておくわ」


 鰐の姿をかたどった妖魔が徐々に霧散する姿を眺めながら、アシアラは喜びの言葉で声を弾ませた。

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