第21話 鰐
晴れた空の下、目の前には湿地帯が広がっていた。
トゥールに紹介状をもらって出発後、十日ほど。新しい街に着くと、すぐに協会へと足を運んだ。そこで最初に受けた依頼が、この湿地帯での鰐型妖魔討伐だった。
「ワニって、私見たこと無いわ」
「お前の村は山の中だったからな、そりゃあそうだ。俺だってワニ相手に戦うのは。それ程多くないからな」
「資料見ているだけじゃ、姿がよく分からないのだけれど」
「まあ、でかいトカゲみたいなもんだ。牙があるがな」
トカゲ。アシアラの村では時折食卓に並んでいた爬虫類。炭で焼いたものがほとんどで、両親も他の村人たちも好んで食べていた。特に肝が苦く、舌の幼いアシアラは、それを美味しいとは思わなかった。
好き嫌いはいけないと言われ無理して食べてはいたが、苦手なものは苦手だ。大きいトカゲと聞いて、アシアラの口の中に不快な苦みが広がったような気がした。
「あまり美味しくはなさそうね」
「妖魔だからな。俺は魔石を食う趣味は無い」
「ごめんなさい、あまりトカゲにいい思い出がないのよ」
「苦いし生臭いからな。俺もあまり得意じゃない。酒飲みにはたまらないらしいが、正直舌がイカレてるんじゃないかと思ってるよ」
想像以上の辛辣な物言いに、アシアラは思わず吹き出してしまった。これから妖魔を狩るというのに、どうにも緊張感が薄い。それには大きな原因があった。
トゥール達の管轄している地域を出てすぐ、小型妖魔の群れと対峙した。確かに多くの妖魔たちが逃げてきているようで、少し進むたびに新たな群れとぶつかり、ここ数日はそれらとの戦いに終始していた。
誰からの依頼という訳ではなく、街へ行きつくための戦い。その中で、アシアラも随分と動けるようになり、小型の妖魔程度なら軽く討伐できるようになっていた。
「それで、その鰐型とかいうのはどの辺にいるの?」
辺りを見渡しても広がる湿地の中に数本の川が見えるだけで、妖魔の特徴的な姿は見当たらない。ところどころに細い木が生えているのだが、今回は中型の妖魔である。そんなものに隠れられるはずもない。
「川の中に潜んでるんだと。依頼書にあった目撃地点はすぐそこだ」
そう言ってアルバが指し示す先は、一本の川だった。周囲にある川に比べていくらか幅広く見える。その中にぽつりと、黒い丸が二つ浮かんでいる。随分と遠いところにあり、良く目を凝らさなければ認識できないほどの場所だ。
「……あれじゃないかしら」
「目だけ見えているな。こっちを見ている。かなり離れているっていうのに、用心深い奴だ」
その黒い丸はときおりキョロキョロと動き、またじっとアルバ達を見つめる。それは明らかに生き物の動物の目であり、その周囲には微かにもやが揺れている。
「すごく遠いわね。どうやって狩るの?」
二人は剣しか使えない。一生懸命走ってどうにかなる距離ではない上に、相手は水中にいる。せめて陸上であれば、もう少し対応の幅が生まれるのだが。
「まずは近づけなきゃどうにもならないからな。協会からもらった資料によると、視覚も嗅覚も聴覚も良いんだとさ。だたでさえ妖魔は五感が強いっていうのに、これを強調しているっていうのはよっぽどだな」
「これだけ離れているのに、はっきりと警戒されているものね。私たちだけじゃ、どうにもならないんじゃないかしら? それこそ。どこぞの魔術師の力でも借りないと」
「空中から、ってのは出来ないのか?」
いかに警戒心が強く、色々と鋭敏な鰐型とはいえど。頭上からの攻撃であれば躱せないのではないか。そうアルバは考えた。いくつか武器になりそうなものは持ってきており、簡単な爆薬なども持ち合わせてはいる。
「残念ね。この辺りにある壁はどれも低いわ。向こうの世界でも民家らしきものもないから、同じような湿地が広がっているだけじゃないかしら。それこそ、高いところでもアルバの身長くらいしかないわね」
「それじゃ、上空攻撃作戦は無理だな」
腕を組み、あれやこれやと考え始めるアルバ。アシアラは周囲の状況を見渡すが、やはり十分な高さを確保できるだけのものは見当たらない。
こういった時の作戦は全てアルバ任せになる。経験の差もそうだが、アシアラはあまり考える事が得意ではない。一瞬のひらめきと、それを実行する行動力はあるのだが、それ以外はからっきしである。
しばらく頭を捻っていたアルバだったが、何かを思いついたようで、両手をポンと合わせる。
「アシアラは少し離れておいてくれ。まずは俺がおびき寄せる」
鰐型の妖魔が時折視線を外すものの、基本的には二人の事をじっと見ている。まずはその視界から外れんと、近くにあった草陰に隠れた。
「どうするの? このまま隠れていても、逃げてしまうと思うのだけど」
「俺が透明になって近づく。まずは相手の見えない位置にいかないとどうしようもないからな。あとは、団子でおびき寄せて狩る」
「それ、作戦?」
「まあ見てろって。相手を怯ませるから、そうしたらお前も突っ込んで来い」
考えていた割には、出てきたのは安直な答え。作戦は全て任せているとはいえ、少しだけ心配に思うアシアラであった。




