第20話 鈴に込められた意味
夕暮れの街を、アシアラは肩で風を切って歩く。老婆のいた店から少しでも早く離れたいのか、アルバに少しでも早く会いたいのかはわからない。
宿屋の一階にある酒場の入口のドアを開けると、アルバは酒場の主人と談笑していた。
自分が怖い思いをしていた時に笑っているアルバへの苛立ちか、それともその顔を見ることが出来てほっとした気持ちか、複雑な感情にアシアラは顔をしかめた。
ドアの開いた音に気が付いたのか、アルバがアシアラに目線を向ける。隣の椅子をバシバシと叩くと、手招きをするアルバ。ここへ座れという事だろうか。
アシアラはむすっとしたまま、アルバの隣に腰を下ろした。
「どうだ、団子は買えたか?」
「……ちゃんと買えたわよ、いろいろと怒られたけれど。今度からは買うものをきちんと教えて貰ってから来なさいって」
「ああ、やっぱりエルガに会ったのか。分かった、悪かったよ。……次会ったときにどやされるな」
クックッと小さく笑うアルバ。アシアラがあの老婆、エルガに怒られているだろう事は、やはり気が付いていたのだ。
いつか仕返しをしてやろうと心の中で思いながらも、アシアラは買ってきた団子の袋をアルバに渡す。
その団子の袋を持ち上げた時、鈴が音が小さく鳴った。エルガからもらったそれを、アシアラは手首に巻き付けていた。
「あれ、その鈴……」
「お店のおばあさんから貰ったのよ。傭兵のお守りだって」
「そうだな、お守りだ。ちなみに、その鈴の効果とかは教えて貰ったのか?」
そういいながら、アルバは意地の悪そうな顔を見せた。それはアシアラをからかう時によく見せる表情であり、それに気が付いたアシアラに不安を抱かせた。
アルバが何を考えているかはわからないが、知ったかぶりをしても仕方がない。アシアラは素直に首を横に振った。
「いいえ、お守りという事しか聞いていないわ」
「それはな、『魔呼びの群鈴』って道具だ。名前のとおり、妖魔を惹きつける音色をだす。まあ、団子をどっちを使うかは好きずきだけどな」
その説明を聞いて、アシアラの顔がさっと青ざめる。
「なにそれ! おばあさんは私の事だましてたってこと? 妖魔を呼び寄せるようなものをお守りだなんて、ひどいじゃない!」
ぷりぷりと腹を立てるアシアラを、アルバは手で制す。
「ハハハ、待て待て、話は最後まで聞け」
「なによ、まだ何かあるの?」
「その鈴はは、一個だけじゃあ意味がない。そんな小さな音色じゃあ妖魔だって気が付かない」
「意味がない?」
「そう。『群鈴』だって言ったろ。これはある程度の数を束にして揺らすんだ。そうして鈴同士をぶつけると、一個だけの時とは比べ物にならないくらい美しい音が響くんだ」
言われて、アシアラは自分の手首に結んだ鈴を振ってみる。確かにきれいな音はするが、耳を澄ませなければ聞こえない程にかすかなものだった。
これを森の中で鳴らしたところで、気が付けという方が無理だろう。
そうだとすると、その意味のない道具をなぜ老婆はわざわざくれたのだろうか。
「なんでそんなものを私に……」
「だから、お守りだって。ほとんど音のならないその鈴は、反対に妖魔を遠ざけるっていわれている。まあ、縁起を担いでいるんだ」
鈴を見るアルバの目はどこか遠くを見ているようだった。懐かしい思い出がよみがえる。アルバもまた、昔エルガから鈴をもらっていた。幾度も戦う中で、それはどこかへいってしまった。エルガにもう一度貰おうとしても、頑として首を縦に振らなかった。
お前はもう新米じゃないだろうと、軽くあしらわれたのだった。
「気に入られたんだな、よかった。エルガの人を見る目は確かだからな」
その言葉は、誰にも聞こえないくらい小さなものだった。エルガに認められた者は強くなる、なんて話も聞くほどにこの街でも一目置かれている存在の彼女に気に入られるという事は、きっとアシアラも強くなるのだろう。
アルバがそんなことを考えていると、アシアラが何かに気が付いたようにアルバの肩を叩く。
「ねえ、さっきのお守りの話だけどさ」
「妖魔を遠ざけるって言い伝えか?」
「それって、妖魔を遠ざけちゃったら、私妖魔狩りのお仕事出来ないじゃない」
「いいんだよ、細かい事は。まじないなんだから。……っと」
アシアラの『妖魔狩り』という言葉で、アルバは一つ思い出した。先ほどトゥールと話していたことについて、アシアラに話しておかなければ。
「そういえば、言い忘れてた事があった」
「なに? この鈴ってまだ効果がいろいろあるの?」
「違う、妖魔狩りの方だ。最近この辺りの妖魔が例の魔術師に狩られつくしてるみたいでな、全然依頼がないんだ」
「平和でいいじゃない」
「いやいや、確かにそうだが、俺達の食い扶持が亡くなってしまう。それに、この街の協会の管轄からいなくなっているだけで、他の街にはまだいろいろと依頼が来ているらしい」
「じゃあ、この街を離れるの?」
「しばらくな。目指す街は少し遠いところにあるから、しっかり準備をしておいてくれ」
やっと街に慣れてきたアシアラの気を思えば、少しはやった考えだったかもしれない。そう考えて心配していたアルバだったが、アシアラの嬉しそうな瞳をみて、それが杞憂だという事が分かった。
アシアラにとってもこの街が好きになってきていたが、それ以上に新しい旅、新しい街への好奇心が強かった。




