第19話 小さなお守りの鈴
しばらく経っても商品棚とにらめっこをしていたアシアラに対し、老婆は痺れを切らせて声をかける。
「お嬢ちゃん、さっきから同じ物見て悩んでるようだけど、まだ決まらないのかい?」
老婆としては怒っている訳ではなくいつも通りに話しかけたつもりだったが、アシアラは大げさに肩をビクリとさせる。
入店時から、どうにもこの老婆が怖かった。厳しさがしみ込んだ顔と姿勢。凛とした雰囲気がその周囲の温度を少し下げているかのように思える。
しかし、どうしようかと悩んでいるうちに声をかけられてしまった。
「ご、ごめん……」
「ごめん? 目上の人にはせめて『すみません』だろうに。まったく、礼儀がなっちゃいないね。それで、さっきから何を探しているんだい?」
思いがけずの急な説教に、アシアラは体を硬直させた。思えば、両親からは可愛がられ、村人たちからは避けられていたアシアラに取って、面と向かって説教を食らうなど初めての経験だった。
老婆の威圧感に気圧され、つい受け答えがしどろもどろになる。
「だ、団子……です」
慣れない敬語。アシアラはすっかり怯えていた。そんなアシアラの様子を見て、老婆は少しバツの悪そうな顔をした。別に脅かすつもりではないのだ。
老婆は出来るだけ穏やかに、それでもアシアラからすれば十分怖いのだが、やさしく棚を指さした。
「なんだい、それなら目の前の棚にあるじゃないか。さっさと持ってきなよ」
確かにアシアラの目の前にある棚には、大量の団子が置いてある。そして、それは多種多様なものがあるようで、それぞれ名前の書かれたカゴに入れられている。そして残念ながら、アルバから詳細を聞いてなかった。
香りから判断しようにも、それらは混ざり合って正確にどれがどれかは分からない。
仕方がなく、アシアラは老婆にすがるような目線を向けた。
「それが、色々種類があって分からなくて……」
「呆れた、自分が買うものも分からずに来たのかい?」
「えっと……お使いで……」
「誰だい? 買う品物の事をちゃんと教えずに、子供をよこしてくるロクデナシは」
おどおどと老婆の言葉を聞いていたアシアラだったが、その物言いが頭に引っかかった。自分はともかく、アルバについて悪く言われる筋合いなどない。それに先ほどから礼儀だなんだと言いながら、この老婆のほうが随分と口が悪いではないか。
ふつふつを沸く怒りが、先ほどまでの怯えをどこかへ消し去ってしまった。
「ア、アルバはろくでなしなんかじゃないわよ!」
つい言葉が出た。急に叫んだアシアラを、老婆は驚いて見つめた。怒られる、と身構えたアシアラに返ってきた言葉は、予想していないものだった。
「なんだい、アルバの知り合いかい」
気の抜けた声を出す老婆。
「あれが買っていくのは、そうだね」
そう言いながら立ち上がると、のっそりとした足取りでアシアラの元へと歩き出す。レジカウンターの脇をゆっくりと進むと、身構えているアシアラを軽く手で払いのけて、棚からカゴを一つ取り出す。
「多分この団子の事だね。それで、いくつ買っていくんだい?」
「えっと……二十個です」
「二十個!?」
それはアシアラがこの店に来てから聞いた老婆の声の中で。一番大きなものだった。
「ついこないだも買ってったばかりのはずじゃないのさ。いったいどうしたっていうんだい?」
「えっと、実は……」
アシアラは恐る恐る先日のことを老婆に話した。妖魔の集団出現があった事、その際にアルバがアシアラを逃がそうとしてくれたこと、その妖魔たちの気を引くためにアシアラが全ての団子を使ってしまった事。
睨むような目に急かされるように、ついつい余計なことまで口にだしてしまう。最後に妖魔に飛びかかってアルバを助けた話をしたときに、不意に老婆の表情が崩れた。
「アッハハハハ、いやいや、驚いたね。お嬢ちゃんがあれの命をすくったなんてね。なかなか強いじゃないか」
その老婆の顔には先ほどまで浮かんでいた眉間の皺が消えていた。豪快というか、闊達というか、その笑い声は歳を感じさせないほどに大きく、店中に響いた。
真正面から褒められて、アシアラは少し気恥ずかしくなる。
「いや、私なんてまだまだ強くなんか……」
「そう謙遜しなさんな、いやいや面白い話を聞かせてもらったよ。あの生意気なチンチクリンが、まさか女の子に助けられてたなんてね。そうだ、ちょっと待ってな」
そう言い残して、老婆は笑いながらレジへと戻る。何か引き出しから取り出したと思ったら、すぐに戻ってきた。歩くたびにわずかにシャリリと音がする。
「……はい、これ。お嬢ちゃんにあげるよ。団子のおまけだ」
そう言って老婆が取り出したのは、細い紐に結わえ付けられた小さな球体だった。先ほどの音の正体はこれだろう」
「これは、鈴?」
「そう。まあ、傭兵のお守りだよ。あれを助けてくれたお礼さね。あんなんでも、うちにとってはお得意様だからねぇ」
「あ、ありがとう……」
感謝を伝えたアシアラだったが、老婆は少しだけむっとした表情で、軽くアシアラの頭を小突いた。
「ありがとう、ございますだろう?」
「ありがとう……ございます……」
その言葉に、満足そうな笑みを浮かべる老婆。
「それでよし! さ、次はちゃんと買うものを教えて貰ってからきなさいな」
いつの間にか老婆の顔は、孫でもみるかのように柔和なものになっていた。しかし、その視線を向けられているアシアラは、残念ながらいまだに怯えていた。




