第18話 閑古鳥が鳴く
それからしばらく、アルバは休息の隙間に報告書の作成を行った。いつもは二、三日で作り上げたものを提出した後、すぐに次の依頼を受けていたアルバだったが、今回はもう七日が過ぎていた。
突発的に発生した対集団戦により普段に比べて消耗していたこともあったが、原因は他にもあった。
そもそも、魔術師団の人間が原因の可能性があるなどと書くわけにはいかず、だからと言って、ただ事実だけを書き連ねるというのも面白くない。何かうまくまとめられないものかと悩みながら、なかなか良い案が浮かばない。
「だからと言って、協会で暇をつぶすことも無いでしょう。それこそ、アシアラちゃんの稽古に付き合ってあげればいいじゃないですか」
「あいつに付き合ってたら、時間がいくらあっても足りないんだよ。今朝も、まだ暗いうちから組手に付き合えって叩き起こしやがって。妖魔を一匹倒して浮かれてるんだ」
「可愛いじゃないですか、一生懸命で」
「そうかねぇ……しかし静かだな、ここは」
眠気に誘われ、アルバは大きくあくびをした。いつもは傭兵と依頼人でうるさいほどのこの場所に、今日は片手で数えられるほどの人影しかない。
「これも、例の魔術師さんのおかげってやつかな。随分と景気が良さそうだ」
「そうですね、平和な事は良い事ですよ。まあ、彼の頑張りのせいで縄張りを潰された妖魔やごろつきが、違う管轄の街や村を襲っているんですけどね」
「どこが平和なんだかな」
「少なくとも、夜中にアルバさんからたたき起こされることは無いですからね。僕の心は平和になっていますよ」
「ひどい奴だ」
そんな話をしていた時、トゥールが別の客に呼ばれた行った。アルバは仕方なく、また報告書へと意識を向けた。
トゥールは客と二言三言交わすと、すぐに戻ってきた。
「なんだったんだ?」
「彼は傭兵になったばかりみたいでしてね。ここ以外に依頼を受けられる場所は無いかとのことでした」
「ここくらいの大きさの街なら、協会はどこでもあるだろうがな」
「取り合えず近くの街まで向かうそうですよ」
「依頼の一つもない協会じゃ、俺達みたいなのは商売あがったりだからな。この状態が続くようなら、俺達も旅に出なきゃいけないな」
そうは言っても、アシアラを引き取ってから約一月程である。当のアシアラもやっと街に慣れてきたという時に離れるのは不安でもあった。
それでも、今アルバが受けられる依頼は、アシアラと共にこなせるものに絞られる。せっかく妖魔を倒して自信を得た直後に、アルバ一人で進めてしまっては勿体ない。
森の一部が炎で焼かれて妖魔が駆除されていることもあって、今ここに並ぶ依頼は基本的に『対人間』のものばかりだ。アルバは、依頼をこなすための障害となるならば人を切ることはためらわない。だからといって、アシアラを人殺しにするつもりもない。
「必要でしたら、他の人に依頼を取られないように、僕が近くの街には話を通しておきますよ」
「そうしてくれると助かる。アシアラが妖魔を倒したと言っても、真正面からぶつかったわけじゃない。今はまだ小型の妖魔と戦わせたいところだ」
「アルバさんが強い妖魔と戦う姿を見せるのも、ある意味訓練だと思いますけどね」
「ここ何日も稼げてないからな。それもありかもしれない。手ごろな奴をいくつか見繕ってくれるか?」
「もちろん。それが仕事ですから。……ところで、そのアシアラちゃんは何をしているんですか? まさか、一人でずっと鍛錬をしているんです?」
「そんなわけないだろう。アシアラには、お使いに行ってもらっているんだ。いつまでも俺と二人でお出かけって訳にもいかないからな」
「お使いですか。何を買いにいったんですか?」
「団子だよ団子。あいつがこの前の妖魔狩りの時に全部ぶちまけやがったからな」
「レイオンの道具屋ですか……」
買い物の内容を聞いて、トゥールは不安げな表情を見せる。レイオンというのは、この街で妖魔関係に使う道具を売っている店の店主の名前だ。気さくで明るい人柄で、街の人々からも好かれていた。
そんな店へ行くだけだというのに、トゥールの表情がさえないのは理由があった。
「今エルガが帰ってきているんですよ」
「それは……アシアラにとってはご愁傷様だな」
トゥールの言葉にアルバは大いに納得した。道具屋の中でアシアラがエルガと出会う姿を想像する。その光景を見てみたいなと、アルバは少しだけ思った。
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アシアラは手元のメモと店の棚を交互に見ながら、額に汗を浮かべていた。先ほどから背中に鋭い視線が突き刺さる。
この店は気のいい男が一人で切り盛りしているという話だったはずだ。しかしいざ店に来てみると、背中をピンと張り厳格そうな顔をした老婆がレジに座っている。
「アルバの嘘つき……」
思わず小声がこぼれた。それはレジまで届くような声ではなかったはずだが、老婆はまるで聞こえているかのように咳をした。
団子を買う、ただそれだけの事だというのに、アシアラは中々それをレジへと持っていけなかった。
「妖魔より怖いかも……」
それも小さな小さな声だった。それでもまた、一つ咳が聞こえた。




