第14話 妖魔の足音
雲一つない快晴の元、二人は目的の村へ向かっていた。最近少しずつ日の照り始める時間が遅くなり、そよそよと頬を撫でる風が気持ちいい。所どころに黄色や赤色の入った広葉樹達が、夏の終わりを感じさせた。
相変わらずの細く長くのびる道を進む。資料を手にしたアシアラは、相変わらず理解できない文字列達と格闘していた。きっと昨日は眠れなかったのだろう。少しだけ腫れぼったい目をしている。
「そんなに紙ばっかり見ていても、たいして戦いの役にたたないぞ」
「う~ん、そうね。やっぱりよく分からないわ」
「文句はトゥールに言ってくれ。あいつの作る依頼書は小難しくてな」
「わかった。次会ったとき文句を言ってやるわ」
「おう、その意気その意気」
そう笑っていたアルバだったが、さすがに今の知識のままで妖魔狩りというのもまずいと考え、簡単な説明をすることにした。
いくら比較的に弱い猪型とは言えども、普通の人間や野生動物などに比べれば十分に脅威となる。少しの油断で大怪我を負ったという話もよく耳にする。
「前回の俺の戦いを憶えてるか?」
「もちろんよ。お団子を投げて、ささっと近づいてポンって感じ」
「まあ、間違ってはいないがな」
雑な説明だが、アシアラは何故か自信満々に胸を張る。それを横目に、アルバは少しだけ声のドーンを落とした。
「あの戦い方は忘れろ」
その言葉について、アシアラは意味を理解できなかった。これ以上ないほどの手本をまじかで見て、さらにその戦い方をマネしてきたのだ。理解しろというほうが無理だった。
「意味が分からないわ。一瞬で、一撃で倒すなんて完璧な戦い方じゃない」
「あれはどうやって倒したのか理解しているか?」
「そうね、妖魔の体の中にある石を弾き飛ばしていたように見えたけど。あれが弱点ということでしょう?」
「そうだな。正解だ」
「じゃあ……」
「だからこそ、忘れろ。弱点を簡単につかせてくれる敵なんかいない。十分な経験と、それを活かせるだけの直感力が無ければ、ああはいかない」
アルバが妖魔を狩り始めて、一体どれ程を打倒してきたのだろうか。この猪型のものもまた、何十体と倒してきたのだ。
「どうやって倒せばいいのよ」
「ちゃんと説明するさ」
アルバは資料を手に取って、あるページをアシアラに見せる。そこには妖魔の特徴が記されている。
「妖魔の倒し方は二つある。一つは体の中から魔石を取り出す。砕いてもいい」
「もう一つは?」
「体を作っている煙みたいなやつを、ひたすら削る。ああ見えて触れるし、剣だって通る。ある程度削れてしまえば、あいつらは自分の体を維持できなくなる」
「でも、そうなったら逃げちゃうんじゃ……」
「まあ、たいていの妖魔はそうだな。うまく引き付けないといけない。その点、直情的に突っ込んでくる猪型はそれがやりやすい」
資料に書かれている猪型妖魔の特徴として、一度敵として認識すると、相手が動かなくなるまで突進し続けるというものがあった。その外にも気性の粗さなども書かれており、よほどの事が無ければ逃げないようだった。
だからこそ、アシアラにとっての練習台としてちょうどいいとアルバは考えていた。今のアシアラなら下手を打たなければ簡単に倒せる。それに、すぐそばにアルバも控えているのだから、取り逃すことは無いだろう。
その後もより詳しい特徴や立ち回り方などを教えているうちに、目的の村についた。面識のある相手だけに、すぐに被害状況と契約内容の確認を終えた。
そのやりとりの隣でアシアラがやる気に満ちた顔をしていたので、依頼主は少しだけ不安そうな表情を見せた。
「被害状況も前回に近い。違いと言えば夜に荒らされている事が多いらしい」
依頼主の説明の中で、その一点だけが少し気になった。前回は昼夜どちらかに偏ってはいなかったらしいが、妖魔の個体が変わると習性も変わるという事だろうか。
これほどまでに短い間に同じ依頼主の対応をしたことが無かったアルバにとっても、それは初めての知識だった。
今回の報告書に書く内容は、いつもより濃いものになりそうだとほくそ笑んだ。
前回に近い状況という事もあって、作戦もまた前回同様のものである。
「相手をおびき寄せる処は前と同じだ」
腰の袋から団子を取り出すと、それをアシアラに渡した。割ると妖魔を引き付ける香りを放つ道具。それに釣られたところを討伐する。
「あの畑の間くらいかしら」
「ああ、大丈夫だと思うぞ」
アシアラは小さく頷くと、畑の中のあぜ道へ向けて団子を放り投げた。それは綺麗な放物線を描き、目標の随分手前に落ちて割れた。
「不格好な投げ方だな」
「……うるさいわね」
恥ずかしそうに俯くアシアラと、それを見てにやりと笑うアルバ。しかしすぐに二人に顔に警戒の色が浮かぶ。
団子の香りに誘われて、妖魔の足音が近づく。その音は明らかに一匹だけのものではなかった。そして村と森との境目にある背の低い木々の隙間から、無数にも思えるほどの瞳が覗いていた。




