第15話 飛び出してきた影
「アルバ、なんかいっぱいいるんだけど……」
振り返ったアシアラは頬を引きつらせている。アルバも内心焦っていた。猪型の妖魔が群れで行動しているという話は聞いたことが無い。
他の妖魔の可能性もある。例えば狼型などは群れで行動している姿を見たことがある。他にも報告されたものに近い種類で存在するのかもしれない。
「森から離れるぞ、アシアラ。大丈夫だ。目の高さから見ても、群れているのは小型の妖魔だろう。一匹ずつなら十分対処できる」
必死な形相で頷くアシアラの顔を見ながら、努めて冷静であろうとアルバは思った。初めての討伐でのアクシデントならば経験者がフォローしなければいけない。
「あわてるなよ、相手も警戒している。急に動くとそれにつられて飛び出してくるかもしれないぞ」
「わ、わかったわ……」
強い語気のアルバに、アシアラがそろりそろりと忍び足で森から距離を取る。敵らしきものは草陰からこちらの様子を見ているようで、そこから出てくる様子はない。
十分に距離をとってそれぞれ剣を構える。
「相手の種類がわからん。いつ飛び出してきてもいいように注意しておけ」
じっと森を見つめる二人。額から汗が流れる。いつの間にか団子からの香りは霧散して、全く感じられなくなっていた。
「……あれ? 数が減ってない」
確かにアシアラの言う通り、最初に見た時に比べて三割ほどの数が減っている気がする。少しずつ森へ帰っているのだろうか。そうであればありがたい。トゥールへ連絡を取り、準備を整えることが出来る。
「妖魔、逃げちゃったね」
「正直助かるな。あの数を相手にするのは骨が……」
草陰から覗いていた瞳が完全に消えて一瞬気が緩んだ時だった。先ほどまで大量の目が覗いていたまさにその場所の草が、大きく震えだした。
がさりがさりと嫌な音がする。
不意を突かれて急いで構えなおす二人。その瞬間に森から一つの影が飛び出してきた。
それは一匹の猪だった。妖魔ではない、ただの猪。その背中は何かに引っかかれたように赤い傷があり、痛々しく思えた。
「あれは、本物の猪か?」
「怪我してるわね。可哀想に……手当をしてあげましょう」
「おい、あまり油断するな」
その怪我をした猪を心配し、アシアラが一歩近づいた瞬間だった。
森のざわめきが大きくなる。先ほど猪が飛び出してきた時の非ではない。そして、アシアラが迎撃の態勢を取るための時間もないほどの勢いで、大量の妖魔が飛び出してきた。
草を弾き、葉を散らして飛び出してきたそれは、何匹かは黒い猪であり、それを囲むように十数匹の黒い狼だった。
「アシアラ!」
叫び、走るアルバ。先頭を走っていた狼型がアシアラにかみつく直前、間一髪でそれを蹴飛ばした。
二種類の妖魔を合わせて二十匹ほどだろうか。それらは二人の周囲を囲むように陣取った。こうなってしまっては戦わずに逃げるという事は出来ない。もしも数匹倒して逃げ出したとしても、この村が壊滅的な被害にあう事は想像にかたくない。
「全部狩るしかないな」
「華々しい初仕事だ事ね」
数こそ多いが、それぞれはたいして強いものではない。アルバ一人であれば、無傷ではなくとも大きな怪我をすることなく対応できるだろう。
しかし今回はアシアラがいる。
「なあ、この辺りには透明な壁はあるのか? 例えば空中というか、こいつら妖魔の牙が届かないような場所だ」
「何か所かはあるわね。それを利用するには少しだけ村の方へ移動する必要があるけれど」
「そうか、良かった。お前はそこに逃げていてくれ」
「冗談言わないでちょうだい。私も戦うわよ」
「足手まといだ」
厳しい言葉だが、もともと気負っているくらいに気合に満ちていたアシアラにとってはこれくらい強い言葉のほうがいいだろう。
今はショックを受けてくれていい。この場を無事に抜けられれば次があるのだから。
少しの沈黙のあと、アシアラが渋々といった表情を見せる。
「わかったわ。ただし、アルバが危険だと思ったら降りてくるからね」
「任せとけ、こんな雑魚相手に遅れは取らないさ」
格好つけたことを言いながら、アルバは襲ってきた妖魔を一匹真っ二つに切り裂く。一斉に襲われないように間合いに気を付けながら、アシアラが逃げられる場所を目指して徐々に移動する。
「そうだアルバ、団子を一個もらえないかしら」
「別に構わないが、何に使うんだ」
アシアラは何か思いついた様子だった。何をする気か分からないが、この状況で袋を漁る事は出来ない。周囲への注意が散漫になってしまう。
腰のベルトから袋を外し、そのままアシアラに渡した。
「じゃあ、任せるよアルバ!」
そう言って、アシアラは地面を強く蹴った。まるで階段を上るように、家の屋根よりも高い位置まで駆けあがった。
それを見て、アルバは二度剣を振った。アシアラの動きにつられて追いかけようとした二匹から魔石をはじき出す。
それでもまだまだ数は多い。どうにかして注意をそらさなければ、一斉に襲われでもしたらたまらない。
足の運びか、剣でフェイントをかけるか。多少は効果があるだろうが、どれ程のものだろうか。アルバが思考をめぐらせていると、頭上から大きな声がした。
「妖魔ども、くらえ!」
そんなアシアラの声と共に、パン!と何かが破裂するような音がする。その直後、爽やかな香りが周囲をふわりと包み込んだ。




