第十七話∶君の妥当-②
【石山日菜子】
気付いたら、じゃない。
ずっと意識はあった。
ただ、何もする気になれなかっただけ。
咲子が歩上君にぼんやり変わって、その後に歩上君が怯えて一生懸命私の名前を呼んでいた。
でも指一本でも動かしたら何か不幸なことが起きる気がして怖かった。
きっとそれって誰しもが持っていることだと思う。
あれは、死ぬのが堪らなく怖くなって家から出られなくなる例のアレの、言ってみれば究極形みたいなものだった。
でもそれにあんなに強く縛られたことも、他の人と同時にそうなったことも、不思議だ。
看護師さんの合間を縫って歩上君が近付いてくる。
また幻覚か何かなのかな。
「石山さん。大丈夫??」
「え、あれ?本物??なの?」
「あぁ、うん。多分、本物ってことになるのかな。」
「もしかして、ずっとあれから付き添ってくれてたの?あれ?でもあの時は咲子が⋯。え、でもそんなわけないし⋯。」
「その辺のことも含めて僕は謝らなくちゃいけないんだ。こんな時でどうかと思うけど、落ち着いたらどこかで少し時間もらえないかな。」
「別に今からでもいいよ。なんでか逆に今は凄くポジティブな気分なの。おかげで身体の調子も普段より良い感じなんだよね。」
「そっか、ありがとう。じゃあそれに甘えるけど、シンドイと思ったり何か異変を感じたら必ず教えて欲しい。頼んでばかりだけど、それでいいかな。」
「いいよ。」
「ありがとう。それでもう一つ頼みたいんだけど、他に人のいないところで話せないかな。」
「え、うん、そっか。いいよ。屋上にでも行こうか。」
屋上は誰もいないってわけじゃなかったけど、風が強くて一番風下に場所が広く空いてたから、その辺で話すことにした。
歩上君の話は突拍子もないものだった。
超能力でわたしもみんなも巻き込んで振り回してしまった。
だから悪いのは全部自分なんだって。
それで、罪滅ぼしのためにわたしの為に何かしたいみたい。
たしかに最近は異常なことが立て続けに起き過ぎている。
歩上君の話はそれを説明出来るものであるようにも思える。
でも証拠は何もなく、彼か誰かが思いついたフィクションを聞かせられているのかも知れない。
「なんか、君ってマヌケだよね。その話が本当であっても、そうでなくても。でも嘘だった場合、何にしたって遠回し過ぎて目的が見えてこないしね。⋯⋯もう一度聞かせて。君の話、それ本気で言ってるの?」
「うん。」
歩上君はわたしを真っ直ぐ見た。
「わかった、信じる。それで罪滅ぼしでわたしのために何かしたいんだよね。」
「何でも言って欲しい。覚悟は出来てる。」
わたしは深く溜め息をついた。
「じゃあ、週末にうちにきて落書き消したり貼り紙剥がすの手伝ってちょうだい。それで全部チャラってことで。あとうちの家族にその能力の話をするの禁止ね。」
「え。え?!そんなことでいいの?」
歩上君は子犬のように戸惑っている。
「いいの。それでチャラ。」
「だ⋯⋯だって⋯」
「だって咲子と過ごした時間はわたしの時間だもの。」
「え?」
「わたしの大事な時間なの。咲子との楽しかった時間も、悲しかった時間も、謝りたい気持ちも、全部わたしの大事なものなの。君のものではないから。」
「え?⋯あ⋯の⋯。」
「そもそもで、君の能力はシンクロであって洗脳ではないんでしょ。わたしに取り付く島があった、それは事実だった。たしかに咲子に腹を立てていたわ。君が途中で何か関わったのかも知れないけど、わたしは咲子を一生忘れたくない。それはわたしのものなの。だから落書き消すの手伝ってくれれば十分。わたしに関しては全部それでチャラ。⋯⋯あー、なんかやっぱり疲れてきちゃった。今日はもうお終いでいいかな。」
「ちょっ⋯⋯。」
彼は凄く深刻な顔してたし、多分簡単に引き下がりそうになかったから、わたしは強引にきり上げて一方的に病室に戻った。
「いい?週末はうちで手伝いね。こき使ってあげるからちゃんと来てよね。」
そう言って病室のドアを閉めた最後の瞬間まで歩上君はオロオロしてた。
わたしの腕にくっついて屈託なく笑う咲子の笑顔がふと過ぎる。
なんか似てるかも。
そう、くすりと笑った自分に戸惑った。




